第105話 なお、チョキの出番はないとする

 志音は私の顔を見て、頭がおかしいと、そう宣った。


「はぁ?」


 自分の立場が分かっているのだろうか。こいつは今まさに、急所に凶器を突き付けられている状態なのである。

 志音の体、鳩尾の辺り、胸の下の僅かな隙間、制服と体の間に、まきびしを呼び出したのだ。あいつの物言いに頭にきたので、アームズを少し大きくする。


「いでーーー!!」

「誰の頭がおかしいって?」

「だからお前」

「アームズ消したってことは負け認めたんでしょ。じゃあ下僕でしょ。ご主人様って呼んで」

「ご、ごしゅ、じんさま……」

「あんたにそんな風に呼ばれると気持ち悪いわ」

「こんな理不尽なことってねぇよ」


 自らが叩き落とした手首をベンチ代わりにして、志音は腰を下ろした。バグを見上げながら呟く。


「分かってんだろ。あたし、マジで手助けしねーかんな」

「うん」

「あたしはな、お前が勝つときってのは、あたしを出し抜いてなんとかバグを撃破したときだと思ってたんだよ」

「うん。バスケに例えるなら、マークを躱してシュートを決める、みたいな?」

「あぁ。でも、お前は邪魔だからってマークしてきた人間を殴り飛ばすような真似をしたんだよ」

「むしろ私に殴り飛ばされたくて邪魔してきたんでしょ?」

「何食ったらそんな変人になれるんだ?」


 そう言って志音は呆れたように笑った。こいつは私の変人さを目の当たりにすると喜んでいるように見える事がある。そんなことで喜んでるこいつの方が変だと思うんだけど。


「腹は?」

「ずっと痛いよ」

「最後にもう一回だけ聞くけど」


 バグが私を踏み潰そうと接近してくる。しかし、志音は自分がターゲットになっていない事を悟ると、立ち上がる事なく喋り続けた。


「帰る気は?」


 横に飛んで踏みつけを回避、痛む腹部を押さえながら私は宣言する。


「ない」


 それを聞くと、志音はまた満足そうな顔をした。私を帰還させたいのかそうじゃないのかはっきりしろ。

 でもこんな問答を今ここで続けても無意味だ。自分の体がどうなるかも分からないし、私はとっととバグと決着をつけなければいけない。


「なぁ、夢幻」


 志音が話しかけてくるけど、返事はしなかった。向こうも、それで構わないと言うように、勝手に話し続ける。


「出会ったときも言ったけど」


 飛んでくるロケットパンチには、大きくしたまきびしを正面からぶつける。かなり重たい手応えだ。志音はこんなものを軽々といなしていたのか。

 しかし、呆けている時間はない。通常サイズのそれを、バグの手首があった空洞に潜り込ませる。そしてできるだけ奥まで進めると、目一杯巨大化させた。


「あたし、やっぱお前のこと好きだよ」


 小さな火花が上がり、それが花火になる。バグの右手が潰れた。ノイズ混じりのモザイクが、肘から先を失ったバグにまとわりつく。この調子なら、大して動かなくてもどうにかなりそうだ。

 志音の告白? いや別に告白じゃないでしょ。あいつも言ってたけど、出会った頃にも言われてるし。一息ついた私は、気まぐれに志音の独白紛いの発言に返事をした。


「知ってる」


 右腕を破壊されて焦ったのか、バグは腕を開いて、何かの準備を始めたようだ。随分前から気にならなくなっていたガションガションという音が、次第に大きくなって再び存在をアピールする。

 何かがくる、そう確信した瞬間、胸部の装甲が観音開きにガコンと開いた。


「わお」

「夢幻、逃げろ!」


 振り返ると、志音は既に背を向けて駆けていた。何がくるか分からないけど、あいつは大丈夫そうだ。つまり私は私の事だけ考えればいいんだ。

 この土壇場で、志音が私を置いて逃げた事を、心の何処かで嬉しく感じた。やっと対等に扱われた気がして、誇らしかった。


 胸部から何本ものミサイルが発射される。あー、いるいる、そういう感じのロボ、いるよね。走って逃げる気は毛頭ない。痛くて走れないし、そもそも走れたとしても、私の足じゃもう手遅れだろう。

 足元に転がっている無数の手首。握り拳の隙間にまきびしを滑り込ませると、破壊しない程度に大きくする。


「夢幻!!」


 ミサイルが地上を激しく焼いた。爆煙が上がり、先程の菜華のベースの音ほどではないにしても、音と振動が腹に響く。


 風が土煙をどこかに連れていく。バグは私を倒したものだと思い、完全に活動を停止していた。志音は駆け寄って私の姿を確認している。ちょうどバグのがごろごろと転がっていた辺りだ。いやその辺に居たら絶対死んでるじゃん。あんたパーなんじゃないの。


「こっち」

「あ!?」


 志音は顔をあげると驚いたように大袈裟にリアクションした。私はまきびしの力で浮かせたに座っていたのだ。

 立とうかとも思ったんだけど、不安定そうだし、風の抵抗ヤバそうだし、落ちたら洒落にならなさそうなので、咄嗟に座ることを選んだ。


「おまっ……!」


 驚いたのは志音だけではない。バグですら慌てて、可動できる左腕をこちらにかざした。そして飛んでくるパンチ。ワンパターンか。

 まぁ慌てたんだろうから仕方ないか。私は先程と同じようにパンチをまきびしで撃ち落としつつ、左手内部に小さいそれを潜り込ませた。奥まで行ったところで巨大化させる。


 バグは両手を肘から失い、ただ立っていた。足で踏みつけることはできるだろうけど、戦っている私は浮いてるし、全く相手にならない。

 ミサイルで破壊されなかった数少ない拳を、同じようにまきびしで制御する。


「あんたが消えるまで殴るから」


 ここまで持ち込めば消耗戦になっても仕方が無いと割り切ることができた。派手に動かなくていいなら、それでいい。ただ時間以内にデリートさえできれば。


 私は何度かバグの拳を顔にぶつける。いじめてるみたいで気分は良くないんだけど、多分普通にアームズをぶつけるよりも、こっちの方がダメージが大きいと思うんだよね。おっきいし重いし。

 高く浮かせてから落とすように振り下ろす。打撃の度に甲高い音と火花が散る。

 五回目くらいだろうか、眩しかったバグの目の光が明滅して消えた。膝から崩れ落ち、そして大きな音を立てて彼は倒れる。モザイクに包まれて、存在すら跡形もなく消えた。


 私はというと、当然に乗ったままだった。


 おわかりだろうか。


 彼の消滅と同時にも消えたのである。


 ひゅっと10センチほど体が落ちる。


 でも、大丈夫。アームズが私を受け止めてくれ


 うん、大丈夫じゃない。


 まきびしが私の尻にぐさりと刺さった。


「いだい!!!!!!!!!!」


 絶叫しながら空に放り出される。あまりの痛みにまきびしを消したのだ。

 地面に叩きつけられる事になるけど、臀部に穴が一つ増えるよりマシ。私は痛む尻を押さえながらも、着地に備えた。


「っと!」

「ぐぇ!」


 突如服が引っ張られて首が締まる。

 は? なに?


 襟元に首を締められる格好になりながら下を見ると、私は浮いているようだった。

 そして徐々に地面が近付く。なるほど、志音が私の服に、薙刀の柄を引っ掛けて受け止めてくれたのか。


 着地すると、尻を押さえて横になる。志音が駆け寄る音が聞こえる。


「大丈夫か!?」

「いたい!」

「お、おう……」

「お腹とか首とか耳とかおしりが痛い!」

「もうほぼ全身じゃねぇか」


 志音に黙って体をさすられていると、カバンの中の端末が震えた。

 恐る恐るメールを開くと、そこには「いいねー! あと2体! 頑張れ!」と書かれていた。思わず地面に叩き付けそうになったが、その前に志音が私から端末を取り上げる。


「最後までよく読め。冗談、帰ってきて、って書いてあるぞ」

「言っていい冗談と悪い冗談があるでしょ」

「まぁ、なんだ。お疲れ様」

「うん。あ」


 志音は自分の端末を取り出すと、ボタンを押して振動を止める。


「あたしも帰還していいらしい」

「はぁ!?」

「大きい声出すなよ……ま、なんだ。帰ろうぜ」


 私はこんなに苦労したのに?

 バグを撃破してない志音が、いや、バグを守ってすらいたコイツが帰還……?

 もう意味がわからない。私は理不尽さに打ちひしがれながら、横になったまま帰還した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る