第104話 なお、ドリブルしようとしてボールを蹴り飛ばすとする
私達は二足歩行のメカと睨み合っていた。全長は10メートルくらいありそうだ。大きくて立派なのはいいんだけど、ガガガとかガションガションという音が絶えず体内から響いているのが気になる。
故障寸前なの? だったら今すぐ壊れてくれて構わないよ。っていうか早くして。
敵の出方を窺うように、私達は無言のままバグを見つめていた。そして、志音がぽつりと言う。
「なあ、提案がある」
「なに?」
「お前、意地でも帰らないんだろ」
「当たり前でしょ。っていうか、もうこうなったらどの道無理じゃん」
「まぁな」
そう、帰れない。
帰りたいけど、帰れない。
なんかカントリーロードみたいになっちゃった。それもこれも全部志音が悪い。
「勝負しないか?」
「はぁ?」
「あたしとお前で。どっちがあいつを倒すか、だよ」
馬鹿げた提案だと思ったけど、なるほど、無理に私を帰そうとするよりも、そっちの方が遥かに健全で効果的だ。
こっちは大きなハンデを背負ってるし、こういうハンデを背負うのはどっちかっていうとあいつの方な気がするけど。
それでも、庇護下に置かれているよりもよっぽど気持ちがいい。私はこの日、初めて志音の提案を快く飲んだ。
「上等」
「言ったな。手は抜かないぞ」
「当たり前だって。抜くの毛だけで充分だよ」
「あたしになんてモン抜かせようとしてんだよ」
志音はそう言いながら、アームズを呼び出した。薙刀だ、こんなものまで扱えるのか、コイツ。
名前を呼ばないところを見ると、イメージし慣れているようだ。いや、あいつくらい慣れたら、何でも声に出さずに呼び出せるのかも。まきびししか呼び出せない私には、その感覚は全く分からないけど。
待ってられるか、大きく腕を振り回すバグがそう言ってる気がした。攻撃はかなり大振りだが、一撃がデカい。地面にめり込んだ腕を引き抜いて、黄色い眼光を光らせる。あれはLED。絶対そう、やたら眩しいし。
「あぶねぇから退いてろ!」
「はぁ!?」
私の抗議の声も無視して、志音はバグを自分に引きつけた。今のような大きな一撃は避け、手首から切り離されて飛んでくるロケットパンチはバシバシと叩いて落とす。
ロボットの握り拳は、持ち主のところに戻る事なく地面に落ちる。見た限り、無尽蔵に生えてくるようだ。
志音の足元が手だらけになりそうだけど、それはそれで好都合なので良しとする。すっ転んで隙だらけになれ。
志音の視界の外れから、大きくしたまきびしをロボに向けて飛ばした。手加減やおふざけなどするつもりはない。最初から全力だ。
しかし、それは激突する前に、ぎゅんと伸びた薙刀の柄に突き飛ばされた。岩に埋まって抜けなくなったので、そのままゲームオーバーだ。一度呼び出しを解除して、再呼び出しをする。
私はその作業の最中、まだ痛む腹に、軽く手を当てながら叫んだ。
「なにすんの!」
「どっちが倒すかを競うんだろ! あたしがお前の攻撃を邪魔すんのは当然だろ!」
「っざけんな!」
妙な提案をしてきたと思ったら、そういうことか。やっとあいつの狙いが分かってきた。志音はこの戦いを長引かせるつもりだ。恐らくは、出来る限り長く、私の側に居る為に。
一緒にいれば容態を把握できるし、襲いくる脅威から守ることもできる。だけど、こいつの世話になることは私が拒否している。側にいる為には、戦いを長引かせるしかない。
え、こわ。こいつどんだけ私のこと好きなの。ドン引きする私をよそに、志音は私とバグ、両者の攻撃を難なく防ぐ。落ち着くと、如意棒のように伸縮自在な薙刀を元の長さに戻す。そして、肩に乗せて手を回した。
はぁ〜? 何その舐め腐った体勢。
「なぁ、夢幻」
「何、小路須」
「なんで名字呼びなんだよ!?」
「あんたが名字から名前にスイッチしたでしょ? だから私もそうしようと思って」
「いやお前はそのままで良かったんだよ! 距離感じんだろ!」
ぎゃーぎゃーと私を怒鳴りつけながらも、志音はバグの攻撃をひらひらと躱す。
バグさん、諦めて。多分アンタじゃ、一年粘っても当てられないよ。
得物を担いだまま、片側を伸ばして手首を一つ破壊する。煙を上げて落下するそれを、志音は見ようともしなかった。呼吸をするように、何の感慨も抱いていないようだ。
そして、仕切り直すように私を呼んだ。
「夢幻」
「何?」
「あたしが言いたいこと、もう分かってんだろ」
「うん。邪魔して時間切れ狙ってるんでしょ」
「お前が動けなくなったら、あたしがバグを倒して、お前を連れて帰る」
「そういうのがムカつくって、あと何億回言わせるつもり?」
「嫌なのは分かってる。だからこうして勝負を提案したんだ」
「そう。じゃあさ」
少し間を置いて、私は続けた。
「私が勝ったら、その……私の……」
「……な、なんだよ」
何故か志音は激しく動揺している。
何を言われると思ってるんだコイツは。
付き合って下さいとか? それはちょっとおめでたすぎる。
「下僕になれ」
「暴君かよ」
がっかりしたような、安心したような、複雑な表情を浮かべながら、目の前の女は私を罵った。誰がハバネロじゃ。そうでもしないと、私の気が済まないのだ。
「私はもう二度とこんな扱い受けるのはゴメンなの、わかる?」
「そりゃ無理だ」
「そう。もういい。とっとと片付けよう」
この会話の最中も、バグは主に志音に攻撃を続けていた。片付けよう、そう言った瞬間、待ってましたと言わんばかりに、ロボが腕を振り下ろす。
「はっ。待ってたのかよ」
バグを見ながら後ろに飛び退いた志音は、軽々と回避する。何? そのスタントマンみたいな、体を地面と水平にする無駄にカッコいいジャンプは。背面跳び? どこで習うの? 月謝いくら?
空中で体を捻って、迫りくるロケットパンチにも冷静に対処している。なんだコイツ。こわ。私の相方ってこんな強かったんだ。今まで黙ってたのかと思うと、また腹が立ってきた。
「ずっと手抜きしてたんだ」
「あたしは自分が弱いと思うなんて言ったことはないし、そもそもお前よりも戦えるってだけで、プロから見たらまだまだひよっこだろうよ」
「でも」
「それにあえて手を抜いたことなんてねぇ。あたしの強さを、お前が見抜けなかっただけだろ。人のせいにすんじゃねぇ」
「……たしかに」
完全に論破された。
志音は間違ってない。
「そうだね、志音の言う通りだ。私は志音に興味なかっただけだもんね」
「悲しい言い回しすんのやめろ」
志音がわりとマジなテンションで何かを訴えてるけど、とりあえず無視で。今の問答で、私の中で何かが吹っ切れた。
志音は強い。私とバグの間に入って、両方の攻撃をさばき切っている。これを認めないと、この勝負、私に勝ちはない。
「バスケの1on1みたいなモンだ。ボールはお前が持ってる。あたしはディフェンスで、ゴール、つまりバグを守ってる、分かんだろ?」
「ボールをまきびしに見立てて馬鹿にしてるの? 許せない」
「違う違う!」
分かってる。
志音にとって、バグを守るのが最善策だろう。そうすれば、この勝負に引き分けても負けても、私の安全は確保できる。
勝ってしまったときだけ問題が生じるものの、守りに徹していればそんなうっかりも無いはず。敵ながら、なかなか賢いと思う。
ただ一つ、こいつは勘違いしてる。
それが命運を分けるんだ。
私は志音に向かって手をかざす。
眉を顰めた直後、何が起こったのか、やっと理解したらしい。
「お、おま……」
「これをバスケの1on1のようなものだと認識してる時点で、アンタの負けだったの。分かる?」
志音は苦々しい表情のまま、口元だけで笑った。
そして、アームズを手元から消したのだ。
「はは、ははは……! やっぱお前、頭おかしいって……!」
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