インターバル

第77話 なお、ラーメンさえ食べれば大体の事はなんとかなるとする


「いや、あれはそういう意味じゃなかったんだって」

「……へぇ」


 志音は私の机に手をついて、昨日の実習について必死に弁明をしていた。しかし何を言われても頭に入ってこない。


 不思議と嫌悪感は無かった。前にも言ったけど、こいつは彼女を連れて歩いてる方が画的にしっくりくるし、それはそれでいいんじゃない、という気がしてるんだと思う。

 それが噂通り、本当に自分に向けられるとは思ってなかったけど。


「そういう意味じゃなかったって、じゃあどういう意味なの?」


 ちなみに、私の心の声もクラスメートに漏れていた為、付き合っているという噂は鎮火しそうだ。それは有り難いんだけど、鎮火にはもう一つ理由があった。

 噂好きな連中の間で、もっとホットな話題が浮上したからである。目の前にいるコイツのあの発言(厳密に言うと頭の中なんだけど)の意味である。


「それは、ほら、友達取られるみたいな感じ? っつーか。小学生の頃たまにあったろ? その手のいざこざ。自分がなるのは初めてだったけど……そういうノリなんだ、分かるよな?」


 漏れていたのは、志音の声だけだ。あの発言を引き出した家森さんの質問は、私達以外誰も知らないのである。

 話の流れから、通話相手があの二人だということはバレているので、おそらく既に「どういう話の流れだったの?」という質問が彼女達に届いているであろう。


「いや分かんないよ。あんた小学生なの?」


 だけど、二人は秘密を守ってくれていた。なんだかんだ優しい子達である。私は二人の事を見直していた。

 面白おかしくひっかき回すけど、最低限の礼節は弁えているのだ。


「いや……でも、本当に違うんだって……」


 ちなみに現在時刻、16時。教室内の人はまばらである。雑談に興じる生徒以外はとっくに帰っていた。

 私はこいつの妙な演説というか壮大な言い訳の為に、夕方までこうして足止めされているのである。

 あまりにも必死なので、無碍にもできず、こうして問答を繰り返している。


「はぁー……埒があかないから一つだけ質問させて」

「おう。どんとこい」

「私が付き合ってって言ったら、どうする?」

「……」

「志音?」


 目の前の女は難しい顔をして固まったと思ったら、突然膝から崩れ落ちてそのまま私の机に突っ伏した。

 しばらく待ってても返事が無いので、もう一度呼びかけてみる。さらにそれから少し時間を空けて、やっとか細い声が聞こえてきた。


「やべぇよ……嫌じゃねぇ……」

「引くわぁ……」


 聞かなきゃ良かった。志音の返答を聞いた私は、心底困り果てた。

「だから違ぇって!」と言われるとばかり思っていたので、全く心の準備をしていなかったのだ。

 もう何。嫌じゃないって何。何語?


「なぁ、どうしたらいいんだ?」

「いや、知らないけど……」

「あたしってお前のこと、好きなのか?」

「私に聞かれても……」


 志音は突っ伏したままで、顔を上げようとはしなかった。なんとなく頭に手を置いてみると、ふわふわと触り心地のいい髪が、私の手のひらをくすぐる。

 あぁ、こういう髪質なんだ、と今さらながらに知りつつ、言葉を探す。


 志音の気持ちも分からなくはないけど、どうしたらいいとか、それ本人に聞く?

 こういうのって第三者に相談したりしない?


 あ。

 それだ。


「志音、提案があるんだけど」

「なんだ」

「他の人に相談してみたら?」

「何をだよ」

「私のこと」

「自分が関わってる相談事を他人にしろって言うって、なんか変な流れだよな」

「あんたが直接私に相談してくるからでしょうが」


 私は志音の頭を机にぐりぐりと押しつけながら説教した。


「私の立場になって考えなさいよ。自分が対象だって知ってる恋愛相談に乗るって変じゃん」

「お前変じゃん」

「別れて」

「付き合ってもいないのに!?」


 今回に限っては絶対私の方がまともなことを言ってるのに……。もしや、目の前の阿呆はこちらの提案を断固拒否するつもりか。

 苛立って阿呆の頭を軽く叩くと、「いてっ」と、間の抜けた声がした。


「……いま気付いたことがあるの」

「なんだよ」

「別に志音がそういう意味で私を好いてようが、どうでもよくない?」

「……は?」

「今まで通りでしょ、私達は。あんただって私に何かしたいとか思ってないんだし」

「……言われてみればそうだな」


 そう言うと、志音はやっと顔をあげた。久方ぶりに会ったような錯覚に陥りながら、私達は笑い合う。


「でもあんたと付き合う気とかないから、ガチ恋だって発覚した瞬間から諦めるように努力してね」

「失恋確定とか悲しいな」

「だって、ないでしょ」

「……あーいや、もしそうなら押すかなぁ」

「はぁ!?」

「よく分かんねーけど、押したらいけそうって家森が言ってた」


 疫病神か何かか、あの人は。

 ここには居ないのをいいことに、私は隣の机を睨んだ。


「でもなんかすっきりしたな。帰ろうぜ」

「はいはい。私、お腹減ったんだけど」

「そうか。早く帰らないとな」

「ラーメン食べたい」


 志音は黙って私を見た。私の言わんとしていることが分かったのであろう。

 少し苦い顔をしている。


「……奢れってことか?」

「あんたに付き合わされてこんな時間になったんだけど? 駅前の鷹屋ね」

「……追加トッピングは無しな」


 2秒で身支度を整えると、私は志音の手を引いた。何をのんきに教科書なんか鞄にしまってるの?

 どうせ家に帰っても通販番組観ながら「欲しいなー……でも置くとこないなぁ……」って言うくらいしかしないんだから、そんなものは学校に置いてけ。


「待て待て! まだ準備終わってねぇよ!」

「しなくていいじゃん! いこ!」

「しなくていい!?」


 志音が律儀に支度なんてするから、1分も待たされることになってしまった。気持ち的にはもう30秒後には箸を割って「いただきまーす」って言いたいっていうのに。


「今日は絶対に鷹屋スペシャルを頼むから」

「それトッピング全部乗せのメニューだろ!? 無しっつったろ!」

「違いますー【”追加”トッピング無し】って言いましたー」

「ぐっ……!」


 揚げ足取りが華麗に決まった。

 私はそう確信して教室を後にした。

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