第78話 なお、休みの日は10時間以上触ってるとする
ある日の放課後、教室に珍しい客がきた。
「やっほー。札井之助いる?」
ノートの整理をしていたところだけど、声と独特な呼び名のおかげで顔を上げる前に誰がやってきたのか、すぐに分かった。
クラスメートが夜野さんを教室に連れてきて、彼女は私の前に立った。
「え、どうしたの?」
「良かったらこれからどっか行かない?」
「いいけど、なんか急だね」
夜野さんとはどこかに行ったことはない。というかこの間の任務の打ち上げくらいしか、学校の生徒との交流は無かった。
志音とはたまにコンビニとかラーメン屋とか寄るけど、なんかアレだしノーカンで。
淡々と返答したものの、結構嬉しかった。あまり人に誘ってもらえるようなキャラではないので、有り難いとすら思った。
しかし、私のそんな小さな感謝は次の瞬間、彼方へと消え去る。
「小路須さんも誘ってね!」
「え? 私が? 絶対イヤ」
即答したわ。嫌に決まってるだろうが。夜野さんだって私達にどんな噂が付き纏っているか、知らない訳じゃないだろうに。
断られると分かっていたのか、彼女は「だよねぇ〜……」と呟き、困ったように笑った。あと、あいつは今日はもう帰っている。家の用事があるとかなんとか。
どちらにせよ、夜野さんの希望は叶わないのである。
「でも、できればもう一人くらいいると助かるんだけど」
食い下がる夜野さんを前に、私はなんとか意向に添おうと周囲を見渡した。そして、今まさに教室を出ようとしている人物に目を付ける。
「あっ知恵!」
「んあ?」
「夜野さん、こいつは?」
駆け寄って知恵の手を引く。触れた瞬間、誰とは言わないけど知恵の激ヤバガーディアンが目を光らせていたらどうしようと気付いたものの、どうやら不在のようだ。
ほっとしながら夜野さんを見ると、彼女は嬉しそうに顔を輝かせた。
「知恵っちなら大歓迎だよ!」
「お、おう?」
「システムとかプログラムの話とか、色々したいことあるし!」
「それ絶対私が村八分になるヤツだからやめて」
この二人は、中間テストの騒動の後、一言二言交わした仲である。その後に交流があったのかは定かではないが、夜野さんの様子を見た感じだと、恐らくそれっきりだったのだろう。
「遊ぶヤツ探してんのか。悪ぃけど今日は駄目なんだ」
「なんで? 駄菓子屋でも寄るの?」
「お前の中のあたしのイメージどうなってんだよ」
知恵はよく「帰って寝る」等と言っているので、暇だと決めつけていたが、どうやらタイミングが悪かったらしい。
あと、駄菓子屋で買った”らーめんばばあ”を店の前のベンチに座ってニコニコで食べてるイメージがある。怒りそうだから言わないけど。
しかし、知恵の行き先は意外なところであった。
「菜華が楽器屋に付き合ってくれっていうんだよ」
「楽器屋……やっぱりリアルでもギターやってるんだ」
「リアルで楽器やってないのにあんだけ弾けたらやべぇだろ」
じゃあ無理だね、そう言おうとした矢先、夜野さんが目を輝かせて飛びついた。
「それ私達もついてっていい!?」と。
「はぁ!?」
「夜野さん、あのね、デートを邪魔したら菜華に殺されるよ」
「あっ……デートか、ご、ごめんね」
「違ぇよ! やめろ!」
私は夜野さんの提案をすぐに取り消させた。
菜華のデートを邪魔するなんて、ギターで後頭部を殴られて昏睡状態にされても文句が言えない程、愚かしい行為だ。
「菜華は楽器屋に寄った後、知恵を奏でる予定だから、野暮はやめようね」
「どういう人生を歩んでたらそんな気持ち悪ぃ言い方ができるようになるんだよ」
知恵は呆れた表情で私を見つめたが、夜野さんの耳にも入っているであろう二人の噂と、ただ否定するだけの知恵の言葉。どちらを信用するかは明白である。
「だって……ねぇ……?」
「うん……」
夜野さんは私の意見にあっさり同調し、知恵を誘う事を諦めた。それがいい。残念だろうけど、あれは触れたら100%感染する致死率100%のヤバいウィルスと思って行動した方が無難である。
何度かチビらされた私が言うんだから間違いない。
しかし、私達の遠慮しきった態度を見て、知恵が大声をあげた。
「あーわかった! そんなに言うならあたしもあとで合流してやる!」
大声とその内容に、私達は二重に驚かされた。
「いや、いいよ。私達夜中まで待ってられないし」
「そんなにかかんねぇよ! そもそも楽器屋が閉まってるだろ!」
「そのあとは、ねぇ……? 夜野さんの名前的な施設に行くんでしょう?」
「あ、ウチの名前、
「行かねぇよ!」
知恵は夜野さんの頭を軽く叩いて、性交渉する疑惑を真っ正面から否定した。ちなみに、私は全く信じていない。
説明会の後、謎の映像のくだりを目の当たりにしてからは疑惑等という不確かな言い回しは、この二人には生温いと考えていた程である。そういう関係だと断言できる。それくらい、あの時の二人の空気感は決定的だった。
だというのに知恵は続けて宣言した。
「遅くても5時には合流してやる!」
「無理しなくてもいいよ!」
知恵は歌舞伎役者のように、こちらに手のひらを見せて言ってのけた。菜華とかいうヤバい女の陰に怯えた私は即座に遠慮する。
「今日は用事があるから、また明日な」と言われた時の菜華について考えてみる。うん、絶対その相手をつきとめて引導を渡すと思う。っていうか菜華に押し切られたら、知恵は断れなさそう。
いやだなぁ……明らかに事後の友達と会うの……気まずいなぁ……。
「お前いまめっちゃ失礼なこと考えてんだろ」
「明日は雨が降るから傘ささないとなぁ……イヤだなぁ……これのどこが失礼なことなの? 私が考えてたのはそれと同じことだよ?」
「輪をかけて失礼な発言するのやめろ」
そして会話の途中でやっと気付いた。帰り道に楽器屋に寄るというなら、何故菜華がここにいないのか。
目的地が同じとなれば、身長差を物ともせず、知恵の腕にくっついて歩いてそうなのに。菜華の机を見ても、もぬけの殻だ。恐らくもう学校にはいないのであろう。
「あぁ。菜華ならもう出たぞ」
「なんで? 一緒に行けば良かったのに」
「昨日、3時間しかギター触れなかったのが気がかりだったらしい。午後から早退してスタジオ行ったぞ」
「ツッコミどころ盛りだくさんの発言するのやめて」
「だって事実だしなぁ」
「冗談であって欲しかったよ」
私は菜華の顔を思い浮かべて、ため息をついた。やっぱり変人だ。でも、ギターに関しては、引くほど真面目でストイックである。
あいつ、ギタリストになれば良かったのに。なんでこの科に来たんだろう。私が物思いに耽っていると、夜野さんがスマホで時刻を確認して驚いたような声をあげた。
「っていうか、今から5時って結構遅くない?」
「あいつ、楽器屋で気になるモン見つけると、一歩も動かなくなんだよ」
「あー……」
「大変だね……」
練習の話を聞けば、菜華がまともじゃないことは明確であろう。
ほとんど彼女を知りもしない夜野さんですら、同情したような声をあげて知恵を見つめていた。
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