第79話 なお、造幣局に怒られるとする

 某ハンバーガーショップで、私と夜野さんは外を見渡せるカウンター席に座っていた。最近出来たばかりの小洒落た喫茶店にフラれてから、適当にぶらぶらしてここに流れ着いたのである。

 喫茶店に長蛇の列って何? と言いたかったが、一瞬でも並ぼうか迷った私が言えた義理じゃないので黙っとく。


 ちなみにハンバーガーはもう平らげた。お互い食べる時は無言になるタイプのようで、静かにてりやき的なそれとダブルチーズ的なそれを腹に収めたのだ。


 夜野さんは、今日は家に親御さんが居ないのだろうか。

 その他にナゲットにLサイズのポテトに、さらにハッシュポテトまで頼んでいる。しかも二個ずつ。その量に違和感を覚えながら、彼女に話しかけた。


「なんで急に誘ってくれたの?」

「うーん、理由はないんだけど……」

「本当に?」


 夜野さんは再び唸りながら難しそうな顔をしている。やっぱり何も無かった、とはいかないようだ。


「……なんか理由があって呼び出された系?」

「うーん……それも含めての相談、かなぁ……」


 周囲は程よく騒がしく、言いにくいことを話すにはもってこいの喧騒であった。こういう時はうるさすぎてもいけないし、静かすぎてもいけない。

 話の切り口に迷っている素振りを見せる夜野さんに、「どういうこと?」と尋ねると、かなり意外なワードが飛び出した。


「中間テストの時、鬼瓦先生が助けに行ったじゃん?」

「うん、来てくれたね。あのときは本当にありがとう」


 まさか中間テストが関わった話だとは思わなかったので、少々面食らったが、すぐにお礼を言った。先日の通信実習ではすっかり伝え忘れていたが……中間テスト後、先生から聞かされていたのだ。

 普通ならもっとダイブに時間が掛かった筈だが、彼女の作ったプログラムのおかげで、すぐに駆け付けることができた、と。


「あー、うん。お礼はいいんだよ、元々ウチがAIでプログラムしたせいで被害拡大したんだし」

「そんな……まぁそれもそうか」

「そんなことないよって言ってよ〜」


 夜野さんは笑いながら私の肩に頭を乗せた。すごい、志音にされたら殺意しか湧かなさそうなのに、夜野さん相手だと全然嫌じゃない。

 一頻り笑い終えると、彼女はしゃんと座り直して、ストローに口をつけた。


 たっぷり間を空けて、やっと話し始めるかと思いきや、彼女は私にハッシュポテトを差し出した。長くなるからこの辺のものをつまみながら聞いて欲しい、と。

 この大量の揚げ物達はそういう意味だったのか。どれだけ長い話をするつもりだよ、夕飯入らなくなるわ。


「ウチが話したいのはそこ、みたいな?」

「え?」

「その技術を知ったあるデバッカー派遣会社が、プログラムの使用許可を申請してきてさ〜」

「許可?」

「そうそう。遊び半分でバーチャル特許に申請してたから」


 バーチャル特許。聞いたことくらいはある。仮想空間での技術は、通常の特許とは分けて管理されているのだ。私にとっては、たまにニュース等で見かけるような、ほとんど馴染みのない単語だけど。


「ウチは誰かが使ってくれたら、その時に分かるようにーと思って申請しただけなんだよね」

「なるほど、特許取っちゃえば無断で使えないもんね」

「そうそう。それに特許申請のプロセスもちょっと気になってたしね」


 なるほど。それが実際にどこかの企業が使いたいと申し出てきた、と。相談の内容ってなんだろう? あ、もしかして特許を譲れって脅されたとか? だったら私が力になってあげられる事ってなんだろう……。


「普通に「どうぞ使って下さい」って言おうと思ったんだけど、向こうが金額を提示してきて」

「えっ」

「プログラムを考えたのが女子高生だとは思ってないだろうから、まぁ当然なんだけど」

「なんで知らないの?」

「逆に知られたらヤバいじゃん? アイディアを出した人間がいなくなって得をする人はたくさん居るっていうか。取得した特許を公表してる人もいるけどさー」

「あぁ言われてみれば……」


 逸る気持ちを抑えながら、私は彼女の顔を覗き込んで「で、いくらなの?」と聞いた。

 うん、全然抑えられてないね。

 でも金額気になるじゃん。

 人間として当然の感情じゃん。


 夜野さんは、周囲をさりげなく見渡したあと、控えめに私にピースをした。




 ふざけないで。




 そしてすぐに気付いた。

 それが提示された金額であることに。


「に……?」

「うん。大した数字じゃないんだけどね。200万ね」

「はぁ!? 大した数字だろ!?」


 思わず興奮して立ち上がる。気付いた時には立ち上がっていた、それくらい無意識だった。せっかく夜野さんがこっそり教えてくれたというのに、ブチ壊しにしてしまって申し訳ない。

 私は慌てて座り直して、心なしかさきほどよりも小さくなった。


「ほら、特許って大きいものだと億とか越えるじゃん? そういう規模じゃないって話」

「あ、あぁ……それにしても、一介の高校生が持つお金にしては……」

「そうなんだよね……」


 彼女は困ったように笑って、首辺りに手を回しながら言った。別にいいけど、肩でも凝ってるのか。


「その200万っていうのは”理論上は可能だけど未検証”である事が加味されての金額だったんだ」

「……つまり?」


 恐ろしい。さすがの私でもどういう話になるのか、分かってきた。

 こんなことあってはならないと思う。


「既に鬼瓦先生で実践済みだし、特許を取得したときよりも、さらに中身を改良して

 ラグや誤差を減らしてるから」


 あぁ、やっぱりそういう話なんだ……。

 そんな、宝くじ当てましたみたいな話になってくるんだ……。


「あのプログラムの価値は、何十倍にもなるって」

「えっ……」


 やば……。

 えっ、聞いて。

 ”やば……”以外の言葉が出て来ない。


 だって、何十倍だよ? 十倍だったとしても2000万だよ? しかも一社でそれでしょ? 他の会社も申請してきたら? そのプログラムをさらに改良したら? え? どうなるの?

 私なら毎日午前中は振り込まれた通帳を眺める時間にするわ。


「それでね、ウチなりにお金の使い方考えたんだけど……みんなと交流する為に使うのが一番有意義かなーって」


 こいつは何をのんきなことを言っとるんじゃ。

 有意義な訳がない。私は即座に首を横に振って、彼女の考えを否定した。


「それは違うよ、夜野さん」

「え、でも」

「それじゃ周りの人は夜野さんのことを都合のいい財布としか思わなくなる」

「そ、そんな! 一応人はちゃんと選んでるつもりだよ!」


 夜野さんは激しく反論した。

 しかし彼女の発言には大きな矛盾というか、綻びがあるのだ。私は逆転する裁判よろしく、止めを刺すように証拠を突きつけた。


「じゃあなんで私が選ばれてるの?」

「え?」

「私は夜野さんの話を聞いた瞬間、心のamazonの欲しいものリストに3ページ分くらい商品を追加したよ」

「この間も思ったけど札井之助って結構クズだよね」


 あと心のamazonって何? 彼女は冷ややかな目をしたままそう言った。

 しかし、誰がなんと言おうと、例え本人に蔑まれようと、そんなお金の使い道、納得できないのである。


 よくわからないが、きっと彼女は天才なんだろう。天才には天才っぽいお金の使い方をしてもらわないと。別に画期的な何かをしなくてもいい。

 夜野さんがさっき言ったみたいな使い方をするくらいなら、”諭吉を綺麗に切り抜けるかな? ゲーム”を開催してくれた方がまだマシだ。

 上手く言えないけど、お金を持っている人が多く負担するような、そんな付き合い方は絶対に良くない。


 どうにか説明できないかと考えていると、ケータイが鳴った。

 知恵の名前を確認してから、私は電話を取った。

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