第80話 なお、生まれ持ったものとする
店に入った時に知らせてあったせいか、知恵は到着後に連絡してきた。3つの高校と2つの中学が周辺にあるので、夕方は特に混むのである。
今日も例に漏れず、制服を身に纏ったどこかの学校の生徒達でごった返していた。
「奥の席だよー」
「居た! ったく、電話出ろよなー!」
何について怒られているのか全く分からなかったが、通話を終了させてから履歴を見ると、なるほどよく分かった。二回も知恵からの着信を無視してしまっていたのだ。
話に夢中になっていて、全然気がつかなかった。それについては適当に謝罪し、私はあることを確認すべく知恵を見た。
「ボタン掛け違えてるよ」
「あ? 普通じゃねーか」
「慌ててないところ見ると、本当に楽器屋寄ってきただけっぽいね」
「慌てたら『あっ(察し)』だったよねー!」
「てめぇらブッ殺すぞ」
イライラしている知恵を夜野さんの隣に座らせる。夜野さんがナゲットを口に放り込んだら、完全におとなしくなった。
こういう子供向けの玩具ありそう。
「で? 相談? があるんだっけか?」
「そうそう。あのね」
夜野さんは再び先程と同じ話をした。リアクション自体は私の方が大きかったけど、多分、話がデカ過ぎて実感が湧かなかったんだと思う。
しばらくすると、目を丸くしてやっと声を発した。相づち以外の言葉を聞いたのは久々な感じがする。
「……お前ってすげーんだな」
「そうかなぁ……たまたまだと思うけど」
「たまたまで少なくとも数千万稼ぐんだろ? どっちにしろすげーだろ」
「あぁ〜、なるほどね。そう言われてみれば確かに」
夜野さんは顎に手を当てて、のんきに声をあげていた。そして私は知恵に、その使い道についての話をする。
渋い顔をして聞いていた知恵であったが、口を開く前に夜野さんが言った。
「とりあえず今日はウチが誘ったからウチが出すよ」
納得しかけてしまったが、知恵はすかさず「その理屈はおかしーだろ、誰が誘ったかなんて関係ねぇ」と彼女の発言を遮った。そして惚ける私達を他所に続ける。
「あたしらはお前が金持ってるからここにいるんじゃねぇ。友達だから来たんだ。そうだろ」
やだ知恵ったらかっこいい……。横を見ると、夜野さんが少し涙ぐんでいた。そういえば高校デビューする前は殆ど友達とかいなさそうな容姿だったっけ。
見た目がヤンキーの奴は、こういうことを言うと様になるからズルい。
「ま、お前の相談に付き合うって名目なら奢られてやらないこともないけどな!」
「うわ、ジャイアンみたいなこと言い出した」
「冗談だって」
「抱いてもいいよって言おうと思ってたけど、やっぱりおあずけね」
「抱いてくれって泣き付かれても抱かねぇからそれだけは覚えとけな」
は? むしろ土下座して抱かせてくれって頼むところでしょ。抱かせないけど。知恵の言い草に少しカチンときた私はそのまま追撃した。
「あっ、知恵ってやっぱソッチ専門なんだ」
「あぁ!? そういうこと言うのやめろよ!! あぁ!?」
言いたいことを『あぁ!?』で挟むってすごい。知恵の妙な話し方に関心していると、夜野さんが「それでいいや」と明るい声で言った。
「え? それでいいって?」
「だから、相談料ってこと! 今までのはあくまで前フリっていうか……」
「そうなの?」
「うん。札井之助に聞いても解決しなさそうだから、知恵っちが来るまで待ってたんだよ!」
「不意打ちでスネ蹴られたみたいな衝撃だわ」
頑張って相談に乗ろうとはしてたじゃん。何の解決にもならなかったけど、努力はしたじゃん。ただちょっと何も解決してないだけ。わかるかな。
「この話、まだ夏都にしてないんだよね……それが引っかかってて」
「え!?」
「夏都って誰だ? 母さんか?」
「普通は母親のこと名前で呼ばないでしょうが」
知恵にも分かるように説明しようと思ったが、下手したら一度も会ったことが無い気がしてきた。
「ウチの相方のギャルだよー。技術科と同じように、情報科もペアで行動することが多いんだー」
「あぁ、なるほど。仲いいのか?」
「そりゃもちろん!」
「二人は実習でも息ぴったりだもんね」
「照れるな〜」
私が夜野さんを冷やかしていると、知恵は不可解な事があるような、複雑な表情でこちらをじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「いや、夢幻はその子のこと知ってんだろ?」
「? うん、そうだね。話したのは数回だけだけど」
「知り合いの夢幻には相談出来なくて、知りもしないあたしに相談したかったってやべーな」
「今から菜華に”知恵が知らない男と腕組んで歩いてた”ってメール送るわ」
「あたし悪くないだろ! あいつマジでめんどくせぇんだからな!? やめろよ!?」
知恵は手を伸ばし、大声で必死に制止した。こいつを脅すにはなかなかいい手段だと思ったけど、嘘だとバレた時に臼に入った餅米みたいな目に合いそうだからやめておこう。
「で、なんで言ってないんだよ」
「うーん……ウチの考え過ぎかもしれないけど、夏都に遠慮? されてる気がするんだよね」
遠慮……? この奇人に遠慮なんて必要あるか? そう思いながら夜野さんを見つめてると、「考えてること大体わかるからね」と釘を刺された。
悪いとは思うけど、間違ったことを考えてるつもりはない。
「前に言われたよ、『哉人っちは私と違って天才なんだから』って。もちろん嫌味とかじゃなくてね!? 本当に自然に、そう言われたんだ」
遠い目をして記憶を辿る彼女の横顔は、どこか寂しそうだ。ドリンクの容器についている水滴を、指でなぞりながら続けた。
「それからかな、「やっぱり自分とは違う」って、夏都に思われたくなくて、思いついたアイディアの話とかもしにくくなって……まして、特許の話なんて……」
はい出ました。天才特有の”天才故に凡人と徐々に折り合いが悪くなる”系イベント。私はその分野に全然詳しい人間じゃないし、夜野さんも鼻にかけるような人じゃないから全然気にならないけどね。
でもやっぱり、同じ世界で生きてる人間にとっては無視できない存在だとは思う。相方となれば一層強く意識してしまうだろう。
うん、これはあれだ。
「どうした? 夢幻」
「すっげー贅沢な悩みでムカつく」
「正直に言い過ぎだろ!」
これを贅沢と言わずして何と言うのだ。万札で尻を拭くよりも十倍は贅沢な行為である。そして、百倍は無駄な行為である。
だって夜野さんは夜野さんで、それは恐らく一生変えられないものだ。菜華にも言えることだけど、そういう奴は寧ろ天才で居続ける事こそが本分だと思う。どうやったら普通になれるか考えるなんて、折角の才能を腐らせるだけだ。
きっと本人だって更なる技術の向上に勤しんだ方が幸せだろう。脇目もふらず、矜持を持って我が道を突き進めば良いのだ。文句を言う奴には彼女達の背中を眺める資格は無い、とっととどこへでも立ち去ればいい。
つまり、早く鞠尾さんに打ち明けてしまえばいい、ということだ。それで離れるような人ならそれまでだと思うし、私は彼女はそんなタマじゃないと信じている。
だって、人が後生大事に伸ばし続けた髪をばっさりショートカットにするんだよ? あの人もあの人で大分変わってるわ。
そう考えるとこの二人ってものすごいお似合いだなぁ……。私は生温かい目で夜野さんを見つめた。
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