第81話 なお、夕飯は入らなかったとする
さすがと言うべきか、普段から変人を飼っている知恵は、夜野さんの肩を抱いて呟いた。
「早く伝えないとな」
「うん……言いにくくて伝えるのが遅れた、なんて言えないしね……自意識過剰って言われたらそれまでだし」
普段の振る舞いはかなり自然になってきたけど、やはり彼女の本質はこっちなのだと思い知らされる。内向的で、消極的な、控えめな人。悪口ではない、そんなこと言ったら私なんか、わりと内気で消極的なくせに控えないタイプの人間だし。
でも、だからこそ、今の彼女には尋常ではない勇気が必要なんだと理解できる。私には、どうしても「なんでー? 言いなよー」等と軽々しく言えないのだ。
夜野さんの読みはなかなか鋭い、私だけに相談してもきっと解決しなかっただろう。
私は一縷の望みに縋るように、知恵を見た。彼女は目が合うと「わかってるって」という顔をして、抱いていた夜野さんの肩をぽんぽんと叩いた。
「そんなに言いにくいならまー、ほっといてもいいんじゃね」
「知恵ちゃーん?」
何も分かってねぇじゃねーか、蹴り飛ばすぞ。私は目をかっ開いて知恵を見つめた。一瞬たじろぐ様子を見せたが、彼女は負けじと言葉を紡ぐ。
「多分どっかから聞きつけて、いずれバレるだろうしな」
「で、でもそれって……ほら、人伝で聞くと」
「悪いと思うか? でもそれもお前の自意識過剰かもしんねーぞ? 向こうはお前にそんなに興味無いかもな」
夜野さんは反論できずに口を閉ざした。そんな彼女の顔を覗き込んで、知恵は再び言い直したのだ。
「分かったら早く伝えろよ。全部」
「……全部?」
「お前が今モヤモヤしてること、全部だよ。そういうの溜めると体に悪いぞ」
知恵は笑いながらそう言った。私もそうだと思う、早く言って楽になってしまえ。
「で、でも〜……ウチは自分が夏都より優れてるなんて思ってないし、むしろ見習わないといけないとこたくさんあると思ってるとか……こんなの伝えたら告白みたいじゃない?」
みたいじゃねーよ、早く言ってこいや。私は喉まで出かかった言葉を飲み込んで、知恵を見る。知恵も不思議そうにしていた。
「あ? そうか?」
「さぁ。なんでそう思ったの?」
「最終的にウチが言いたいのは、夏都と一緒にいたいってことだから……あ、そうか」
夜野さんは何かを思いついたようで、一人でなるほどなるほどと呟き始めた。何がなるほどなのかさっぱり分からないけど、こういうところはすごくオタクっぽいと思う。なんだろう、なんか安心する。
「おい電話かせ」
「今すぐ呼び出そ」
「いやいや待って!」
「待たねぇよ、ほら。奢ってくれるんだろ? その分仕事してやらぁ」
「あっ、指紋認証だ」
「おら、手ぇ貸せ」
私達は与えられた役割をてきぱきとこなしていく。夜野さんは「やめてよぉ〜……」なんて言いながら、されるがままになっていた。
「電話電話っと。……ほい」
鞠尾さんに電話を掛けるのは簡単だった。だって着信履歴も発信履歴も両方とも鞠尾さんなんだもん。
「もしもしー?! どしたー?」
彼女はすぐに出た。少し途切れ途切れではあるが、なんとか声は聞き取れる。私達は夜野さんを挟んで、静かに固唾を飲んだ。
「あー……と、夏都」
「なになに?」
「付き合ってほしい」
「え? どういうこと?」
「できれば奥さん的な、そういうのになってほしいんだよね」
?
???
?????
え、何言ってんだコイツ。
あ、ヤバい。知恵がガチドン引きの目をしてる。
うん、分かるよ。分かる。
つい数分前まで、特許の話をするかしないかでウジウジ悩んでた奴がいきなり何!? ってなるよね。
私はなったよ。っていうかなってるよ。現在進行形だよ。
「お、おい、どうすんだよコレ」
「いや意味わかんないし、なんで? はい?」
「なんであたしを睨むんだよ!?」
強引に電話させたの私達なんだけどね、なのに私達がこの流れに置いていかれてるの。二人で混乱していると、受話器の向こうから明るい声が響いた。
「いいよー」
「「?!」」
「ホント!? やったー!」
待って待って。
展開が早い、そしてノリが軽い。
一緒にいたいから飛躍し過ぎでしょ。なんでそうなるの。え、やば。やっぱこの人めちゃくちゃ変だ。
「はぁー……っていうか哉人っちにコクられると思ってなかったー。えー、何ー?」
「いやぁー……それがね、実は中間テストの時に使ったプログラム、特許申請しててさー」
ここで漸く夜野さんはこの結論に至るまでの経緯を説明し始めた。と言っても、断片的に事情を知る鞠尾さんは”特許を取っていた”という一言で、大体を察したようである。
そして、説明を聞き終えると「ちゃんと特許取ってたんだね、良かった」と呟いた。彼女の感想は至極当たり前のものだろう。価値あるものを燻らせる程、無意味なことはない。
だけど、夜野さんは意外そうな顔をしていた。その意味もなんとなく分かる。恐らく、彼女は金に対して無欲なのだ。その発想は無かった、という顔をしている。
「そういう話を夏都にしたいなーと思ってたら、なんかこういう結論になったんだよね」
「よく分かんないけど分かったよ。あ、お母さんがご飯だって! ごめんもう切るね!」
「あ、こっちこそ長話してごめんね」
「ううん! あ、あと、お母さんにこの話していい!?」
「いいよ! またねー!」
私達は二人のやりとりを、どこか遠い国の出来事のように見ていた。交際初日から親公認&唐突なカミングアウトかよ、お母さんの心臓大丈夫かよ。知恵もそう思ったに違いない。
もうホント、全体的に軽い、そして明るい。数日でいいから「同性と付き合うなんて……親になんて言おう……」というフェーズを挟め。
なんなら告白されたときに「同性に告白されるなんて……どうしよう……」ってフェーズも挟め。特売品買うくらいの軽いノリで交際をカゴに入れるな。
すっかり置いていかれた私達を見て、夜野さんはお礼を言いながら笑った。いや、こんな結末を予測して電話かけさせてはいなかったよ。
そう言いたかったけど、とりあえずはどういたしましてと返してみる。
「なんでいきなりあんなこと言ったの?」
「んー? 二人と話してて、私って夏都ともっと一緒にいたいんだーって思って」
「うん」
「報酬の額でも悩んでたし、夏都にはこの話をどっちかっていうと喜んで欲しくて」
「そりゃそうだろ。自分の開発したプログラムに値段がついたんだ。それは価値を認められたってことだ。嬉しくないプログラマーなんていないんじゃね?」
「だよね! 奥さんになってその金を共有できるって思ったら絶対喜んでくれると思ったんだよね」
「発想がブッ飛び過ぎでしょ」
夜野さんは恐ろしい程いい笑顔で言ってのける。本人にしてみれば、一石二鳥のナイスアイディアといったところだろうか。鞠尾さんもすごい軽くオッケーしてたし、二人がいいんならいいんだけどさ。
ビジネスの話も混じった、高校生にはハードルの高い話だと思っていたけど、結局は告白で大団円というすごい結末を迎えてしまった。
未だに消化しきれていない感は否めないが、たった一つだけ分かる事がある。知恵も同じように考えていたようで、先に切り出したのは彼女の方であった。
「なぁ夜野」
「なになにー?」
「ポテトL追加な」
「あ、私も。あとシェイクもね」
今日は遠慮する必要なんて無い、ということだ。奢ってもらう事を躊躇っていたのが嘘のように、私達は嬉々としてメニューを覗き込んだ。
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