シュミレーション実習
第82話 なお、マジで忘れてたとする
「………………」
「……お前、テンション低いな」
「朝弱いんだよ」
「あぁ。っぽい」
「あんたもでしょ」
「昨日はたまたま良く寝れてな。明け方に起きた」
「絶対ゲームして寝落ちとかでしょ」
「大正解だ」
「いきなり霧ヶ峰的な話するの止めてくれる?」
「それは大清快な」
私達は駅前に居た。本日は土曜日、とはいえ、まだ時間が早いせいで人はまばらである。
登ったばかりの朝日を睨みつけながら、私達はそこから一歩も動かずに会話していた。
今日集まったのは、次回の実習に備えての調査が主な目的である。この調査が終われば、高度情報技術科としての大きなイベントは、夏休み前の期末テストのみとなる。
テストはテストで非常に嫌な予感がするが、それはとりあえず置いとく。
判断基準が分からないものの、あの
しかし、三位と四位のペアを差し置いて、あの女は菜華達にも目をつけた。飛ばされたペアの代表者だって、あのガイダンスに出席していたにも関わらず、だ。
これで嫌な予感がしない方がおかしい。
「ところで、私が怒ってるの分かる?」
「いんや。なんだよ?」
「はぁ!? 【一応は課外授業なんだから制服着てこいよな】とか抜かして、人に制服着てこさせたゲロゴミが、デニムにシャツとかいうクソほど涼しげな私服で登場したからじゃボケ!!」
「あー……忘れてた……なんでこいつ制服なんだ? 服ないのか? とか思ってた」
「あるわ! 殺すぞ!!」
私はありったけの殺意を志音にぶつけ続けた。
いっそのこと、私の私服を買わせてからスタートにしても良かったが、こいつに買ってもらった服を着るの気まずいから無しで。
「あとでなんか奢るって」
「鷹屋スペシャル」
「お前あそこのラーメン好き過ぎだろ」
「実を言うと鷹屋スペシャルよりもとんこつラーメンの方が好きだよ」
「!?」
「でも志音に奢らせるときは鷹屋スペシャルの方が、ほら、高いからね」
「なんでお前って豪速で無礼を繰り出すの?」
志音の疑問をガン無視しながら、私は街の大通りへと歩き始めた。今日の私達の課題は、リアルでバグが発生した際の対処法を考える事である。
バクに乗っ取られたらヤバそうな機械を街中から見つけ出し、最悪の場合を想定してみる、という授業だ。
例えばシステム制御を司っている機器にバグが悪さをしかけた場合、甚大な被害が及ぶ事は想像に容易いが、具体的に何が起こるか。
立てるべき対策とその順序は。これらの項目を出来る限り想定して報告にまとめるのである。
ちなみにテンプレートとしてデータは渡されていない。書式も何もかも自分達で考えろという、想像よりも厄介な課題である。
ただしネットで調べれば、想定しやすいものについてはいくつか事例が載っている。なので、今回は交通機関、政府関係、医療機関の機材についてはレポート提出不可となっている。
禁止項目は他にも色々とあるが、目を通すのが面倒になったのでちゃんと見ていない。
しかし私は抜け道があることもきちんと理解していた。こういうのは大抵、代替的なそれを見つけて名詞の部分を書き換えればなんとかなる。
Aちゃんに出したラブレターをBちゃんにも名前変えて出す感じ。分かるかな。にしてもAちゃんとBちゃんにラブレター出した奴最低だな。志音って名前つけとこ。
「電車やバスは駄目、車も駄目。学生が調べられそうなもので禁止されてないのって何処だよ」
「会社は……無理だろうね」
「目の付け所はいいけど、取材が難しそうだな。業務内容や管理されてるデータを確認しないと計画書は作れないし」
志音の発言でピンときた。私は「あっ」と呟き、足を止めて横を見る。不思議そうな顔をした目付きの悪い女が、釣られて立ち止まった。
「様々な中小企業に対応できるようなフローチャートを作るってのはどう?」
「え?」
「例えば、顧客情報となるデータが保管されているか、とか。電子制御の機械はあるか、電源を切ることは可能か、みたいな。イエスの場合には対処法を記載するの。バグが発生した場合を想定するという課題に逆らってないし、対象が一個だけとも言われてないよね? どう?」
「お前……」
志音は言葉を失ったようで、黙って私の肩を掴んだ。
なに? 何かマズいことでも言った?
「まともに課題こなせるんだな」
「志音、今日どうしたの? 死への興味が有り余り過ぎじゃない? 大丈夫?」
「あたしを殺そうとするな!」
そうして私達は参考として街中にある中小企業の看板をいくつか写真に収めた。フローチャートで対処できそうか、作成後に確認するためである。
食品加工、運送、整備工場、商社など。普段は気にも留めなかったけど、各企業で看板のデザインに個性があって、眺めてるだけでも結構面白い。
元々バグが発生した際のリアルでの対応は、デバッカーの仕事の範疇ではない。しかし、ダイブする前にこういった作業があると知っておく必要はあると思う。
仕事が回ってくる背景をしっかりと理解しておくのは大切なことだろう。
「こういうところも、参考としてはいいかもね」
「なるほどな」
私達はコンビニの前に居た。スマホを構えて店舗の写真を撮る。
企業、とは言えないかもしれないけど、コンビニエンスストアにはフリーwi-fiがあったりするし、バグに襲われる危険性は充分にある。
ついでに、私達はアイスを買うことにした。
今日は暑いのだ。初夏の日差しが、確実に迫る夏を暗示していた。
気付けばもう昼時である。太陽は「調子に乗ってんのか?」と問いただしたくなる程に地上を照らしている。
志音が一人だけ涼しげな格好をしている事が本当に恨めしい。ムカつくから帰って着替えてこい。タートルネックのセーターの上にダッフルコート着て戻って来い。
「あちーな」
「多分アンタの倍、私の方が暑い」
「そう言うなって。アイス奢ったろ」
「ラーメンはチャラにならないよ」
「わかってるって」
店舗前に据え付けられたゴミ箱にアイスの包装を捨て、今後の予定について話し合っていると、灰皿に吸い寄せられるように、一人の少女が歩いてきた。
ブレザーの私達とは違い、紺と白のセーラー服である。深紅のリボンがよく映えていた。しかし、それは制服ではなく、着こなしている人間のせいかもしれない。
「あの子……」
「おう。制服で煙草吸うってすげぇな」
「美人メンヘラって感じの顔だよね」
「瞬時に失礼な発言を思いつく、その能力についてお前は鈴重一だと思ってる」
志音はなんか言ってるけど、そうとしか表現しようのない顔をしているのが悪い。全てのパーツが整っている。ただし、目がヤバい。上手く言えないけど、なんかヤバい。
そんなことを考えながら凝視していると、彼女と目が合ってしまった。
「あなた、SBSSの子?」
「……そうだけど」
SBSSと外部の人間に言われたのは初めてである。これって結構メジャーな呼び方だったんだ……。
てっきりうちの学校だけがそうやって呼ばれようと張り切って、更に空回っちゃってるんだと思ってた。
「一年生?」
「うん」
「そ、一緒だね」
彼女は私と会話をしながら間合いを詰めてくる。
志音が間に割って入ろうとすると、それを見て笑った。
「大丈夫だよ、あなたの彼女には変なことしないから」
「あたしらはそういうんじゃねーよ、なんだよアンタ」
「警告してあげようと思って。ツキミツには気をつけた方がいいよ。ま、あっちは普通科じゃないから、大人しくしてたら目は付けられないと思うけど」
「……私達は高度情報技術科だよ」
「あはっ。マジ? じゃあ尚更気をつけないとね。私みたいに、メンヘラになっちゃうよ?」
「……聞こえてたのか」
「うん。でも、美人って言ってくれたから許してあげる」
そう言って彼女は灰皿まで戻り、煙草をもみ消してからどこかへと歩き去った。
その背中を見送ってから、私は切り出した。
「手首、見た?」
「あぁ。すっげぇな。人間って結構頑丈なんだな」
私達は彼女の手首についていた、無数の傷を思い出しながら話す。うん、確かにメンヘラって言ったけど、自傷行為するってガチのヤツじゃん。作品の内容的にあまり似つかわしくないからやめて。
名も知らぬ少女に心の中でクレームを入れながら、ほとんど食べていないのに、溶け始めたアイスを睨みつけた。
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