第83話 なお、札井リーナとする
資料集めを済ませた私達は時間を持て余していた。
あんなにあっさりテーマが決まると思っていなかったので、朝から活動した方がいいという先生のアドバイスをそのまま実行したのである。
「半端な時間だね。どうする?」
「どっか適当に入って、簡単にレポート作ってみるか?」
「それいいね。もし何か足りないものがあったら困るし」
「おう」
昼食がまだだった私達は、近くの洋食屋に入ることにした。鷹屋のラーメンでも良かったんだけど、ここからだと少し距離がある。
あれはまた今度奢ってもらうからと宣言し、趣きのある店のドアを押した。
店に入って適当な席に案内される。ネットでいくつかチャートの画像を検索し、それを参考にしながら話を進めた。
志音にはハンバーグが、私にはオムライスが運ばれてきた頃、打ち合わせが一段落ついたのもあり、漸くあの話題について口にした。
「なぁ」
「?」
「ツキミツなんて奴、クラスにいたか?」
実は私もずっと考えていた。でも、つきみつ君なんて聞いたことないし、っていうかそもそもクラスメートのフルネーム、知恵と菜華と志音くらいしか知らないわ。
「私にクラスメートについて質問して、何か解決すると思ってるの?」
「アロエリーナに相談した方がまだマシだったな」
「ハンバーグ全部食い散らかすぞ」
「だって事実じゃねーか」
「アロエリーナを侮辱するなと言っている……!」
「そっちかよ」
ちょっと言いにくいんだけど、こいつは地獄に堕ちる。
明日くらいには堕ちている。
私はアロエリーナの無念を晴らすように、志音を睨み続けた。
「悪かったって」
「にしても……ツキミツ、ねぇ」
「ま、今回の課題には全く関係ないけどな」
「まぁね。でも、その男に関わると、あの子みたいにリスカしたりするようになるんでしょ?」
「あのメンヘラが言うにはそうらしいな」
あれくらい美人になれるならその男と関わってもいいけど、【傷物(物理)】になるのは御免だ。遅くても期末テストには、隣のクラスの生徒の名前も含めて確認できる。見つけた場合、すぐに教え合うことを約束して、この話を半ば強引に終了させた。
「ここ、美味いな」
「ね。デミグラスソースがヤバい」
「あたしのも」
「あ、もしかして同じなのかな?」
「さぁ?」
また来よう、そして違うメニューを食べてみよう。そんなことを考えながら、私は先ほど調べたスマホの画面を呼び出した。
「チャートの書式は大体決まったよな?」
「うん。考えられる要素を書き出してみようよ」
私達は早速課題に取り組んだが、それはものの5分で終わった。
何故かというと、ダイブする前に確認しておかなければいけないことを、ほとんど知らなかったからである。
「すごい馬鹿っぽいものが出来上がる気しかしないんだけど」
「あたしもそう思ってたところだ」
こういう時に頼りになるのは、やはりWEBサイトである。結局半分以上をWEBの情報で埋めて、なんとか叩き台を作る目処が立った。
西日が眩しい。入った時間が遅かったのもあるけど、そろそろ夕方だ。
追加の資料の必要もなく、このまま帰ることにした私達は、会計を済ませて店を出た。
少しばかり時間を持て余した私達は、普段は通らないような路地を歩く。近道になれば儲け物だし、駄目でも引き返せばいい。
どこぞの繁華街の路地裏には「糞尿をする者へ。発見しだい殺害します」という、私でもドン引きするレベルの恐ろしい張り紙があるそうだが、そこまで治安は悪くない。
つまりそこは、私達の矮小な好奇心を満たすのには、打ってつけの道だったのだ。いざとなったら、誰とは言わないけど、横のデカいのをおとりにして逃げればいいし。
「あそこ、人が並んでんな」
「なんだろ?」
ハードな見た目のジャンキーっぽい男もいれば、OLっぽい女の人もいる。何かの店のようだが、客層がてんでバラバラで、統一感がまるで無い。
もしかしてヤバいクスリのお店?
「……プラネット?」
志音は奥まったところにある、隠れていた看板を読み上げた。やっぱそうだ、ヤバいところだ。だってヤバそうな名前だもん。ドラッグストア(ガチ)ってヤツだ。
「ライブハウスみたいだな」
「だと思った。最初からそう思ってた」
ライブハウスもヤバいクスリの店もどちらかとディープな感じのイメージがあるし、最初からそう思っていたと言っても過言ではないだろう。
近付こうとすると、中からスタッフが出てきて行列に声を掛けた。ゾロゾロと飲み込まれていく人ごみを覗き込むと、地下へ続く階段が見える。
OPEN17:30 START18:00というのは、おそらくあと30分後に演奏が始まるという意味だろう。私は看板を見上げて、バチバチと点滅を繰り返す店のロゴを見つめた。
「おーい! お前ら、こんなとこで何やってんだよ」
「知恵!?」
「私もいる」
「お、おう。お前らも課題の資料集めか?」
まさかこんなところでばったり人に会うとは思わなかった。二人は音響機材を中心にレポートをまとめるそうだ。
しかし、何故ライブハウスなのだろう? 近年はWEBを介したバーチャルコンサート等もある。
どちらかと言うとそちらの方が被害に合いやすそうな感じがするけど。
「あたしがこういうところ来た事なくて、せっかくだからって連れてきてもらったんだよ」
「そうなんだ、意外かも」
「え? もしかして、あたしって何か楽器やってそうか!?」
「ううん。ただこういうところでたむろしてそう」
「お前それめちゃくちゃ失礼だからな」
嬉しそうに問いかける知恵の気分を地獄に叩きつける。一緒に見ていかないかと誘われたけど、私達は断った。だって絶対うるさいじゃん。菜華のギターだけで死にそうになったのに。
気後れした私は速攻で「これから帰るから」と断っていたのである。
「菜華はよく来るの?」
「……最近は、来ない」
「そうなんだ。ギターが上手いみたいだけど、ライブには出たことあるの?」
察するべきだった。そういえば、今日は菜華がいつもより元気がない。いや、元気はいつもないんだけど。
休みの日に知恵と、しかも菜華が好きそうな場所にいるというのに、それほど楽しんでいない様子を、私は見逃すべきではなかったのだ。
「黙って」
は?
酷い。
ギター構えてなかったくせに。
唐突にそういう態度するの、本当によくないと思う。
いきなり凄むから漏らしちゃったでしょう?
おしっこジャージャー麺だよ?
どうしてくれるの?
「……あたしらは帰るな。お前らも、あんま遅くならないうちに帰れよ」
「おう。ほら、菜華。行くぞ」
二人と別れたあとは、気まずい沈黙が続いた。私は志音にコンビニに行く事を提案する。
「いいけど、なんでだ?」
「知らないの? コンビニってパンツ売ってるんだよ」
「またチビったのかよ」
私は志音を従えて、シックスナインというコンビニに入った。大手コンビニチェーンだ、名前を知らない人はいないだろう。
別の何かを想像した人は、心が汚れている。反省した方がいいと思う。ここなら絶対に替えのパンツがある、大丈夫。
「あったあった。って、ちょっと、女物の下着をじろじろ見ないでよ」
「お前って定期的に、あたしが女だってことを忘れるよな」
「興味あるの? もう……ちょっとだけね? こういうの見るの初めてかな?」
「いま履いてるぞ」
いいからとっとと買って来いと押し出されて、レジに並ぶ。会計を済ませながら、さきほどの菜華とのやり取りを思い出す。
――ライブとかには出たことあるの?
――黙って
おそらく、「当然だろうが、たわけが」ということだったのだろう。……いや、本当にそうだろうか。もしかしたら事情があるのかも。そうに違いない。
土足でズカズカと踏み込むつもりは無いので、私がそれを詳しく知る機会は訪れないだろうが、きっとそうだ。
というかそうじゃないと、ちょっと癪に障る言い方しただけであんなに睨まれた私が可哀想。
「おい、どこ行くんだよ。トイレ行ってこいよ」
「え? なんで?」
「店の前で履き替えてたら頭おかしい奴だろ」
気付いた時には出入り口まで移動していた私は、志音に腕を掴まれた。そうだ、せっかく買ったのに、装備しないとは何事か。
「なるほどね、”武器や防具は装備しなきゃ意味がないぜ!”というヤツね」
「お前ってホントにドラクエ好きだよな。まぁいいや、早く防具付け替えてこいよ」
「は? これは武器だけど?」
「怖ぇよ」
志音は呆れた顔をしながら、通路奥のトイレを指さした。
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