第76話 なお、本当に殺してくれても良かったとする
私は決意を胸に、家森ペアに話しかける。通信を繋いでいる二人ならば、既に何が起こっているか把握しているはずだ。
「あ、おまたせ。二人とも。バグは直ったからもう少し話さない?」
「う、うんうん! いいよ!」
「そうね、これでやっと普通の雑談が出来るわね」
「でもそろそろ実習終わりの時間じゃね?」
「ちょっとくらいいいじゃん! 黙れ!」
「痛ぇ! なんで話そうって話してんのにあたしだけ黙ることを強要されてんだよ!」
——いってぇ……こいつ、あたしに投げつけるためだけにまきびし呼び出しやがった……
人の心の声を聞かされながら普通でいるというのは、存外難しかった。こいつが頭の中で爆弾発言をしたときに、平静を保てる自信がまるで無い。
そんな私の心配を他所に、時間がないと踏んだ家森さんは唐突に仕掛ける。
「志音さ、さっき札井さんとだったら噂になってもいいって言ってたじゃん」
「札井とならなんて言ったか?」
「そうは言ってないかもしれないけど、実質そういうニュアンスでしょう?」
「あー?」
——別に誰が相手でも変わんねぇよなぁ。お前ら二人でも何とも思わないし。言わないけど。また誤解されると面倒だし。
私は聞こえていないふりをすることで必死だった。とりあえずこいつが極端に周囲の目を無視できる性格であることはよく分かった。
元々そう感じてはいたけど、心の声でその認識が正しかったことを確信したのだ。
そんなことを考えて私が一人で納得していると、家森さんはとどめを刺すように、畳み掛けた。
「じゃあ例えば私と札井さんが噂になったらどうする?」
「はい!?」
「あら、じゃあ私も立候補しようかしら」
「井森さんまで何言ってんの!?」
「それであたしに何を感じろってんだよ……」
——何言ってんだコイツら。……あれ?
志音は腕を組んで呆れた顔をしていたが、私はそれどころではない。冗談にしても言っていいこと悪いことがある。
家森さんはまだしも、井森さんに狙われるって、それって……。とりあえず股間にガムテープでも張って過ごせばいいのだろうか。
——……やべぇ、ちょっと嫌かも
「はぁ!?」
「いてぇ!」
聞き捨てならない心の声に、思わず志音の顔面を殴ってしまった。今のはさすがに私がやりすぎたけど、え、はい?
——いってぇ……
うん、今いてぇって言ってたもんね、すごいね、やっぱり痛みを感じたりするとその思考って脳直になるんだね。志音という尊い犠牲のお陰で、そんな確認するまでもない取るに足らない些末なことを確認することができたよ。確実に不要だったね。ご苦労様。私は心の中で志音を労いながら言った。
「私のこと性的な目で見てるの?」
「はぁ?」
——逆にその方法を教えて欲しいくらい有り得ねぇんだけど。何言ってんだコイツ
「はっ倒すぞ!」
志音が言葉を発する前に、顎へ掌底打ちをかました。完全に”つい”というヤツ。気付いたら体が動いていたのだ、それもかなりスムーズに。
片耳から響く、井森&家森ペアの笑い声にも多少イラっとしたが、全ては志音の心の声が招いたことなので、その分もこいつにぶつけるとする。
「だから痛ぇよ!」
——んだよ、急に……まるであたしの頭ん中が見えてるような……あ!
「まさか!」
志音ははっとした顔をして叫んだ。
「あはは、バレちゃったねー」
「でも面白いことが聞けたし、よしとしましょうか」
「お前らもグルか!」
「グルじゃないわけないじゃん、ウケるー」
そう言って家森さんはケラケラ笑った。腹を抱えている様子が見えるようだ。不意打ちを食らわされた私はまだ立ち直れなかった。
いや、殴られて物理的に不意打ち食らってるのは志音の方なんだけど。
その彼女はというと、額に手を当てて「あー……」と低く唸っている。ちなみに頭の中では志音の「考えるな、考えるな。いいか、考えちゃいけないんだ」という言葉が繰り返し響いている。これ以上心の内を悟られない為に必死なんだろう。
「とりあえず今ので、『ちょっと意識しちゃってるけど、まだ性欲には目覚めていない段階』ということが分かったね!」
「恥ずかしい分析やめろ!」
志音は顔を真っ赤にしている。
こいつのリアクションがガチっぽくて私まで恥ずかしくなってきた。
「高校生にもなって性に目覚めてないってもう私にとっては意味不明だけど、その辺は人それぞれだしいいんじゃないかしら」
「井森さん基準で考えたら中学卒業するまでにはビッチじゃん!」
「あらあら。札井さんったら面白いこと言うのね」
はいノリで発言したせいで命日が確定しました。今日です。横を見ると、志音はまだ額を押さえていた。なんだ、もしかして頭痛か。
しかし、これは流石に少し可哀想だ。私がこんなことを暴露されたら、多分普通に死にたくなる。
「なぁ頼む、もう通信切ってくれ……」
「……あー、うん、そだね。んじゃねー」
「それじゃ札井之助達の通信切っちゃうからねー。家森さん達の方は、あっちのグループに任せるから!」
久々に声を発した夜野さんは「というわけで、よろしく!」と言って、操作を鞠尾さんに委ねた。
鞠尾さんは申し訳なさそうに謝りながら、通信を切る。彼女のお陰でとんでもない目に合ってしまった。
うん、これはね、絶対に事前のテスト通らない。
だって、危険過ぎるもん。
私は姿の見えない鞠尾さんに向かって、声を掛けた。
「バグ、やばかったね」
通話相手に頭の声まで届けちゃうなんて……そう続けようとしたのだが、彼女は私の声に重ねて喋った。
「ね……まさかイヤホン付けてる人の思考が、同じ通信帯域にいる人達全員に届いちゃうなんてね……」
「…………あ?」
不可解な言葉が聞こえ、私だけではなく、志音まで固まった。
「ねぇ、志音。こいつ何言ってるの?」
「わかんねぇ。わかんねぇ。わかんねぇ」
うん? つまり、今の会話は私達の頭の中が、家森さん達を含めた他3人にバレちゃって恥ずかしい! 的なイベントだったんじゃなくて、通信実習やってる全生徒にバレちゃってます! 的な鬼ですらドン引きする苦行イベントだったってこと?
もう噂に拍車が掛かるどころの騒ぎじゃないよね。
志音には少しその気があるってことで、真実となりつつあるよね。
「匿名掲示板で誤爆する人の気持ちが分かったね」
「それよりも遥かに辛ぇよ」
「……どうすんのよ」
「……いっそ殺してくれ」
私の隣、少し顔を上げた辺りにある筈の顔が、いつの間にかなくなっている。視線を下ろすと、志音は地面に座り、膝を抱えて、そこに顔を埋めていた。
髪の隙間から覗く耳が、赤く染まっている。
だから、そういうの気まずいからやめろ。
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