第75話 なお、サトラレは名作とする
私達は手のひらに乗ったイヤホンを見つめて呟いた。
「爆発は……してないみたいだな」
「耳に入れた瞬間、爆発するとかないかな?」
「それはもう兵器だろ」
恐る恐る小さなそれを耳の穴に入れる。思ったより小さくて「これ取れるのか」と不安になったけど、よく考えたら取り出さなくてもいいのか。
アームズの呼び出しを解除してしまえばいいのだ。そうすればこれは耳の中から消える。
「夏都、これ上手く行ったんじゃない? テストしよっか!」
「だね! 適当に通信相手決めてくるから、待っててねー」
そう言って鞠尾さんは再び通信を切ったようだった。とりあえず爆発しなくて良かった。隣を見ると、志音と目が合った。
割り切ったとは言え、やっぱりたまに気になっている。こいつ、私のこと見すぎ。もしかして私が無意識の内に変な動きとかしてるのか?
もう一度盗み見てみると、今度は眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。本当に意味が分からない。喧嘩売ってるのか。あ?
多分そっちの方が腕っぷし強いから正面切って買うつもりはないけど、アンタが手足縛られて宙吊りにされた状態でならいくらでも買ってやるからスタンバイしろ。
「見つかったよ! 家森さん達だよー!」
「あ、そうそう。通信中はアームズ解除したりしないようにね。強制終了については何があっても、ウチらも保証できないんだー」
簡単な注意を受けてすぐ、片耳からノイズが聞こえた。イヤホンを入れている方の耳だ。
ふと、通信を始めた途端バグが悪さをして、アームズがやけに熱くなったりしたらどうなるんだろう等と考えた。やめよう、不安になるだけだ。
「やっほー!」
「家森さん!」
「よっす」
「にぎやかで楽しいわね」
4人で話しても音質はクリア、ノイズも繋ぐ際の一度のみ、音ズレ等も無さそうである。ウンコードと鞠尾さんは自分のプログラムを卑下していたけど、一体どこに問題があるというのだ。
完璧ではないか。もしかして謙遜上手か? ギャルに見えて謙遜上手なのか?
「……あのさ、札井さん」
「なに?」
「あの、えーと……」
家森さんが何かを言いにくそうにもじもじしている。もしかしてトイレにでも行きたいのだろうか。私はその態度の意味を理解できず、無言であれこれと考えた。
「ご、ごめん。なんでもないや!」
「せ、せっかくだし、ちょっとお話しましょうよ」
「そーだよー! このまま切っちゃうなんてもったいないし!」
明らかに様子がおかしかったが、とりあえず彼女達の提案を飲むことにした。ちなみに、私と志音にだけは、夜野さん達の声が聞こえている。
通信速度がとか、波形が、とか私には理解できない言葉ばかりだけど。向こうは向こうで技術的な話をしているようだし、ボリュームを絞ってくれているようなので、あまり気にならなかった。
家森さん達の方も同じように情報処理組の音声が頭に響いているかもしれないが、それを知る術はない。
アームズを装着しているのは私達4人。情報処理組はそれぞれのトリガーにアクセスして通信しているらしいので、全然別物ということになる。
「札井さんって志音のこと本当に何とも思ってないの?」
「は?」
「ぶっ」
珍しく志音が妙な声をあげて口元を押さえている。笑い過ぎて転がっている場面は過去に何度か見て来たが、こういうリアクションは初めてかもしれない。
すごい気まずそうな顔をしている。
「何ともってどういうこと?」
「恋愛的に」
「はぁ!? ないない! あ、待って、あるある!」
「あぁ!?」
私は決めていたのだ。この間、志音が私達が付き合ってると、嫌がらせの為に肯定したときに。
絶対にやり返す、と。
「うわ、ガキかよ、お前」
「はぁ!? 失礼でしょ! そっちの方がよっぽど」
「で、やり返すってどういう風にするつもりだったんだ?」
「どういうって……同じことしてやろうと思ってんだけど?」
妙に理解が早いことに少しの違和感を覚えつつも、私は堂々と宣言した。こいつは私にあの嫌がらせをしたとき、さぞかしいい気分だったのだろう。
絶対そうだ。だってそんな感じの顔をしていた。
「あたしは噂が流れるの、イヤじゃないって知ってるだろ?」
「でも流石にの”ドMの靴舐め大好き変態女”と思われるのはイヤでしょう?」
「流そうとしてた噂がエグ過ぎるだろ!」
家森さんの笑い声が耳に刺さる。決して不快な声色ではないのだが、いかんせん声が大きい。
よく聞くと、喘いでいるような声まで聞こえる。こちらは井森さんが笑いを堪えている声のようだ。
「あのな、札井。それは流石に無理があるぞ」
「なんで! やってみなきゃわかんないじゃん!」
「そのチャレンジ精神なんなんだよ! 他に生かせよ!」
「絶対イヤ。じゃあ無理がないように、少し要素を減らすことにする」
「あーあー、もう勝手にしろよ……」
志音は完全に呆れていた。しかし私がここで譲る訳にはいかない。
確かにこいつの言う通り、あまり盛り込み過ぎて信じてもらえなかったら意味が無いのだ。さっきのフレーズを縮めればいい感じになるだろう。
「ドM舐め大好きってことにするね」
「ドM舐めってなんだよ! 変態度増してるじゃねーか!」
「え、分からないの……? ドMの人を舌で舐めることだけど……」
「あたしが分からないのは言葉の意味じゃなくて、それをする意味だっつの!」
私も言いながら思った。ドMを舐めるって、登場人物増えてない? と。ドMか、そういえば知恵は元気にしているだろうか。
私が物思いに耽った瞬間、家森さんがもうやめてと言って呼吸困難に陥り、井森さんがキャラに似合わず声を上げて笑った。
「……あのな、もうお前が可哀想だから言うけどな」
「え、何?」
「お前の心の声、それを付けた瞬間からダダ漏れだったんだ」
「は?」
は?
え、なに?
私が考えてたこと筒抜けだったの?
あ! 家森さんはさっきそれを教えてくれようとしてたの?
え……なのに井森さんもグルになって、やっぱりやめたの?
え、怖……ひどすぎ……人ってこんなに根こそぎ思いやりを失えるんだ……。
「うん、わかる。あたしもあの二人の判断には正直引いた」
「えー! ごめんってー! だって札井さんって、掴みどころないっていうかさー!」
「えぇ、実際のところどうなの? と思わされてやきもきするのよねぇ……」
「でもこれで分かったでしょ? 私達の間には」
そこまで言ってすぐに頭の中から声が聞こえた。この内側から響くような聞こえ方は、情報処理組からの通信だ。
「ごめーん! あたしのプログラムのバグ直すからちょっと待っててね!」
「うるさっ……もう、いま気付いたの?」
「ううん、さっき通信したときにね? 今まで哉人っちとプログラムの修正の話し合いしてたんだー」
「気付いてたなら初めに言えや」
もう決めた、この鞠尾とかいう女はリアルに戻ったらスパイクシューズで踏み倒す。おかげでかなり恥ずかしい頭の中を露呈させてしまった。
「ねぇマジごめん。謝るからスパイクシューズはやめて。もうホント、今すぐパッチ当てるから」
彼女がそう言い終える頃には、既に変化があったようだ。志音が「おや」という顔をして私を見た。確信した、筒抜け状態が直ったのだと。
「直った!?」
「お、おう。よく分かったな」
「アンタがそういう顔をしてたからね」
——そういう顔……? まぁいいや、筒抜けでこっちも気まずかったし
「……」
私はつとめて平静を装った。何も聞こえてないという顔で、反射的に息だけを潜めた。やりやがった。鞠尾さんやりやがった。
マジでハイパーウルトラエクセレントGJ。
そう、彼女の作ったパッチとやらは被害者を私から志音に切り替えたのだ。よくも玩具にしてくれたな。
バレずにどこまで遊べるか、私はこれから極限の遊びに挑戦することになる。
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