第74話 なお、オシッコードもあるとする


 呼び出し音が途切れて声がする。とりあえず通信はできたようだ。


「もしもし」

「もしもし、あ、札井です」

「? 夢幻でしょう?」

「札井でもあるんだよ」


 一発で誰か分かった、菜華だ。相変わらずやる気の無さそうというか、無感情な声である。


「知恵も一緒にいるの?」

「? もちろん。いない訳がない」

「やっぱそうだよね?」

「どうかした?」

「通信できる番号、菜華の分しか出てなかったんだよね。知恵が近くに居たなら一緒に表示されてもいいだろうに」

「あぁ。知恵は他の人と電話をしているので、そのせいかも」


 なるほど。とにかくこれで端末での通信テストは終わりだ。早急にアームズの準備に取り掛からなければ。


「知恵、いつまで電話してるの?」

「おい」

「誰と話してるの?」

「ちょっと?」

「……ねぇ、聞いてる?」

「それはこっちの台詞だけど!? せめて私との通信を切ってからやって!」


 一瞬、「あれ? 電話切るような挨拶したっけ?」と本気で考えてしまった。

 傍若無人にも程があるわ。


「あぁ、忘れていた。じゃ」

「はいはい!」


 端末を耳から離して、強くボタンを押す。隣では、志音が私の顔を覗き込んでいた。

 近いわ。


「なんつーか、お前の引きの強さに感心する」

「それね。まさか通話中の相手に無視されるとは思わなかったわ」


 知らない相手が出るよりマシかと、一瞬でも思った私が馬鹿だったんだ。

 ジョーカーを引き当てたような気持ちを引きずらない為に、もう一つの通信の準備を粛々と進めることにする。


 志音も理解していたのか、そんな私に何も言わなかった。いや、言えないか。通話中の相手に無視されるって、ある意味で快挙だもんね。


「やっほ〜!」

「二人共、元気ー?」

「夜野さん! 鞠尾さん!」

「ちょうどいいタイミングだったな」


 二人の声が頭に響く。向こうの通信が確立したということだ。あとは私達がアームズを呼び出して、そこに情報を流してもらえばいい。

 ちなみに、今日は妙に頭が冴えている。失敗するようなイメージは一切浮かばないのだ。私は絶対に無事にアームズを呼び出す事が出来る。


 いや、もしかしたらそう思い込みたかったのかも。というのも、今回私達が通信の為に呼び出すのは、直径数ミリのボタン電池のような形状のイヤホンだ。

 耳の中に入れることによってイヤホンとマイク、両方の役割を果たすというスグレモノである。


 中間テストのことを思い出す。ダウジング装置をアレで呼び出してしまったのは、まだ良かった。

 元々あっちの方が役に立つ形状だったし、あの時はああなるように志音がひと芝居打ったのである。


 だけど今は駄目だ。絶対に駄目だ。まきびしを耳に入れる女を想像してみて欲しい。どんなシチュエーションだろうと確実に頭がおかしいヤバい奴だ。

 家族を殺すと脅迫されれば、泣きながら達成できるかもしれない、そのレベルの拷問である。


 私は脳内が雑念に支配される前に、アームズを呼び出す事にした。カードを持ち、手のひらの上に乗せ、形状をイメージする。


「まきびしで呼び出しちゃだめだよー? なんてね。あはは!」

「ちょっと、夏都!」


 はいあのギャルぶっ殺す。お決まりの確定演出の煙に我が身を隠しながら、私の殺意は一気にマックスになった。


「あちゃ〜……」


 手元にあるのは、言うまでもない。

 黒い、重い、痛い。

 三拍子揃ったアレである。


「はい、早く私のイヤホン呼び出してね」

「急に札井の呼び出したまきびしがあたしのイヤホンみたいな流れになったな」

「元々お互いのイヤホンをイメージしあう予定だったでしょ。早くして」

「相変わらず、めちゃくちゃだね、この人……」

「夏都……謝っといた方がいいよ……」

「うん……あの、ごめんね……」


 申し訳なさそうな声色が頭の中に響く。頭を下げているところまで目に浮かぶようだ。


「おら。一個やる」


 私が鞠尾さんと話している隙に、アームズの呼び出しを終えたらしい志音が手を差し出した。手には私が呼び出したかった形状のそれが乗っている。

 当然の如くそれを受け取り、代わりにまきびしを持たせる。


「いらねぇよ!」

「なんで!? ちょっと痛いだろうけど、聞こえなかったら困るじゃん!?」

「こんなん耳に入れたらそっから一生何も聞こえなくなるだろーが!」


 このやりとりを聞いて、鞠尾さんが笑う。失礼ながら、もっと下品な笑い方をする人だと思っていたので、鈴を転がすようなその声に少し驚いた。


「え、めっちゃ笑い方かわいい……意外……」

「え、そ、そう? 意外って、あたしどんな風に笑うと思われてたの?」

「ぎゃはは! とか、ガハハ! とかかな」

「哉人っち、前にまきびし爆発させたプログラムあるよね? ちょっとそのコード教えて欲しいんだけど」

「止めてよ!」


 私は耳を内部から爆破される危険を察知して、全力で拒絶した。志音は「今のは怒るだろ……」と呆れた顔で呟いている。


「小路須さんが2個呼び出したってことでいいのかな?」

「おう。左右一対でイメージしたぞ。別に問題はねーだろ」

「プログラム的に、一枠のアームズに一つ適用させるように作ってるんだよね〜……」

「あっ、じゃあお前らのうち、どっちかのプログラムのテストが出来ないのか」


 それは良くない。志音ったら、ちゃんと2枠使って呼び出してよね。憤慨した顔をしていると、何を考えているのか悟られたのか、てめーのせいだぞ、と怒られてしまった。


「でもちょうど良かったかも。あたしのプログラム、絶対ちゃんと発動しない自信あったし」

「なんだよその後ろ向きな自信」

「哉人っちのプログラム使ってよー。ねっ、いいでしょ?」


 ちゃんと動かないと、製作者が断言できる程のプログラムを耳に入れるのはかなり怖い。そういえば耳の中でイヤホンが破裂した場合どうなるんだろう。

 四肢の欠損等、大きな怪我をした場合、リアルに戻っても、怪我をしたところから先は動かなくなることがほとんどだと聞いた。

 なんでも、脳が”重大な欠損があった”と判断して、その部分を切り捨ててしまうらしい。適切なリハビリを行えば快復するので、直接的に命に関わることはない。その点は安心できる。


 しかし、耳の中でイヤホンが爆発した場合はどうなるんだろう。

 鼓膜は無事なのだろうか? というか位置的に脳そのものがヤバい気がする。え、この実習、失敗したらめちゃくちゃ危険なのでは……?


「コードは大事な内容が多かったし、夏都もちゃんとやった方がいいよ?」

「うーん……でも、事前のテストでもエラーで通らないようなウンコードしか組めなかったし……」

「ウンコードだからこそちゃんと練習しなきゃ!」

「他にもっと言い方あるだろ」


 言おうと思ったら、志音が先に言ってくれた。そもそもウンコードってなんやねん。小学生か。


 しかし、今のうちに習得しておいた方がいいという意見については賛成だ。基本が出来ていないと後で苦労する羽目になる。

 早々に習得すべきだった”アームズの呼び出し”という基本技術を習得していない私が言うんだ、間違いない。


「じゃああたしのコード通すけど、爆発したらマジでヤバいから、念のため手で持って待っててくれる?」

「一応聞いておくけど、爆発する可能性ってあるのか?」

「ううん、普通は無いよ。内容はすごい複雑なプログラムなんだけど、今回ウチらはあらかじめ用意されたそれを繋ぎ合わせてるだけだから」

「なるほど、でもなんでそれで駄目なコードができあがるんだ?」

「あたしだってそれが分かったら苦労しないって!」

「言ってくれたら教えたのに……」

「なんか言い出しにくくて……」

「も〜」

「イチャついてないで早くプログラム通して」


 私はしびれを切らして、頭の中で響く声の主に催促する。

 ちょっと待っててねーと言い残して、作業に入った彼女は1分もしない内に戻ってきた。

 本当に”ちょっと”でビックリした。

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