通信実習
第73話 なお、クラス替えまで覚えられない人がいるとする
機器の管理上の問題だろうか。ここA実習室では既に冷房がかけられているようだ。寒くはないが、扉を開けた瞬間ひんやりとした空気が流れてきて、少しだけ驚いた。最近は暑いとだれている男子をよく見かけるので、彼らにとっては願ってもいない環境だろう。
私達はそれぞれ資料を膝に置いてダイビングチェアに座っていた。これからダイブして実習に入る予定だ。
今回はこれまで以上に、事前に資料の内容を理解することが重要視されていた。それは本日の実習が通信実習だからだ。訳の分からない情報を訳の分からないところへ飛ばして、想像だにしない被害を被るのはいただけない。
情報は武器である。これは一世紀以上前から謳われている事実だ。科の名前に情報と付いている私達が、そこを疎かにするなんて、あってはならない事である。
という感じの話を、鬼瓦先生がしていた。
「デッドラインの外には出るな。リンク強化の為、アームズの呼び出しは認める。しかし使用する場面はおそらく来ないだろう。それぞれ、情報記憶合金のカードとそのままシザーポケットに入れて持ち込める携帯端末を入れておく」
本日行う通信は、2パターン。携帯端末を使用し、電話をかける要領で連絡を取ること。もう一つは通信機器をアームズとして呼び出し、高度情報処理科にプログラムを流し込んでもらい、それを使用すること。
携帯端末は、通じない場所が多かったりと信頼性に欠ける代物であり、アームズの方は枠を一つその為に消費するというリスクがある。一長一短なので、場面場面で使い分けることが大事になってくるのだ。
「札井、話理解したか?」
「理解してないと思ってるの?」
「いや。お前の場合、説明を理解した上で、周囲が理解できない行動をするんだもんな」
「向こう一週間、就寝後、明け方くらいにこむら返りになれ」
私は志音の不幸を祈った後、もう一度資料に目を通した。高度情報処理科のペアは、簡易ロッジ建設の実習と同じだそうだ。つまり、夜野&鞠尾ペアと再び組むことになる。厳密に言うと、鞠尾さんは前回病欠だったので初だけど。
夜野さんの髪をばっさりいったあの茶髪のギャルが鞠尾さんだと知った時は驚いた。
夜野さんとは何度か廊下で挨拶を交わしているけど、あのハイテンションなキャラをなんとか維持している様子だった。
最初は苦労したんだろうけど、今じゃすっかり板についているみたい。しかし初めで躓いたせいか、志音はいまだに”小路須さん”と呼ばれている。
板についてきたのはキャラだけではない、黒髪ショートもかなり見慣れてきた。眼鏡をかけていれば髪が短くても恥ずかしさに耐えられるとかで、分厚いレンズによって顔の全容は未だに隠されている。
だけど、あの妖怪みたいな見た目から考えるとすごい進歩である。彼女を見かける度に、私は心の中で応援していた。
「今回は先行演習はしない。質問が無いならダイブの準備に入るぞ」
鬼瓦先生はそう言って最終確認を取ったが、手を挙げる生徒は一人も居なかった。誰か一人くらい質問をしても良さそうなものだけど、今回は男子のアホなおふざけも無いらしい。
「演習時間は30分だ。遊んでる暇はないぞ」
その言葉を聞きながら、私はトリガーを噛んだ。目を開けると見慣れた深緑、私達はロッジの中にいた。
とりあえずは建物から出て、他のペアと適度に距離が取れるように移動する。5分くらい歩いたところで、完全に人気は無くなった。
「さってと。んじゃ早速やるか」
「端末、鞄に入ってる?」
「あぁ、これだろ? 初めて見るな」
「あんた使ったことないの?」
私は耳を疑った。何を言ってるんだコイツは。曰く、「演習施設でのダイブ経験しか無いし、離れた人間と通信したことなんてねぇよ」とのこと。
「はぁ、つっかえ……」
「てめぇも似たようなもんだろ!?」
「とりあえずさ、開こう?」
パカパカケータイというものをモチーフにした端末らしい。スマホよりも強度に優れてるとか。確かに一面ディスプレイというよりも頑丈そうだ。
端末を開くと、そこには数字のボタンが並んでいた。普通の、電話でよく見るあの配列だ。昔のケータイをモチーフにしたと言っていたが、昔のケータイそのものなのでは? 私の疑念は端末をいじる度に深まった。
「あっ、見て。アンテナが光る」
「玩具みたいだな」
「この端末が着信の時に震えるからって、そういう破廉恥なこと言うのやめてくれる?」
「お前が一番破廉恥だぞ」
私達は様々なボタンを試した。端末の方は特に説明は要らないだろうと、かなり省かれていた為だ。どこかのボタンを押して登録されてる番号を表示させると、さらっと言われた気がするけど……。
ちゃんとアームズを呼び出せるか、そればかりが気がかりだったせいでちゃんと聞いていなかった。そしてちゃんと聞いていなかったことにすら気付いていなかった。
ヤバい、このままではアームズを呼び出す前に詰む。
「お。電話帳のボタンを押すと、掛けられる番号が出てくるみたいだぞ」
「え、すごい。ホントだ。ちょっと掛けてみてよ」
「#16って誰だ?」
「さぁ? 近くにいるのかな? 掛けてみよ」
そう言って志音は通話ボタンを押す。誰が出るのか皆目見当がつかないが、どうせ喋るのは志音だ。好きにやらせよう。
「あー、もしもしー。聞こえるかー? ……あー……?」
様子はおかしいが、とりあえず通信はできたっぽい。良かった、これでなんとかなりそうだ。
「ごめん、誰だっけ? あ〜……うん……あー、思い出した思い出した。そっか、邪魔して悪かったな、じゃあな」
「誰だったの?」
「分からん」
「思い出してないじゃん!」
「仕方ないだろ! 大人しい奴はインプットに半年くらい掛かるだろ!?」
私は思った。
え? 半年で覚えられるの? と。
「その表情の意味が分かっちまった。お前、もっと外に関心向けろよ……」
「うっさい」
私の方も早く課題を終わらせなければ。端末を見ると、#5の文字が黒く表示されていた。他の文字は灰色で選べないようになっている。
私は迷わず通話ボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます