第71話 なお、突き飛ばした先には犬のかりんとうがあったとする


 帰り道、沈みかけた太陽を背に、私と志音は歩いていた。待ってなくていいって言ったのに。そのことを思い出すとまた腹が立ってきた。


「なんで待ってたの?」

「? 一緒に帰るつもりだったからな」

「そうじゃなくて、なんで一緒に帰ろうとしたの?」

「え……? 理由が必要か……?」


 志音は解けない問題を突きつけられたような顔をして困惑している。こいつの言うことも一理あった。人によっては、「そんなの、お前が好きだからだよ☆」という言葉を引き出そうとしているのでは? と勘ぐってもおかしくない問答だ。

 しかし、私にそんなつもりはこれっぽっちも無い。


「帰ってって、言ったじゃん」

「あー。まぁ、いいじゃん」

「なんかまた企んでるんでしょ」

「あたしがいつも企んでるみたいな言い方すんな、少なくともお前にだけはそんな言い方されたくねーよ」


 てっきり用事があるのかと思った。しかしその当ては外れてしまったのだ。え、じゃあ本当になんで? 5〜10分くらいなら分かるけど、普通、一緒に帰るためだけに1時間以上待つ?

 いやこいつ普通じゃないけどさ。


「あー、とな。ほら、この間の任務あったろ」

「クソ村の?」

「そうクソ村の」


 クソ村の一件、私達は先日の任務をそう呼んでいた。意地でもPLFだなんて呼んでやらん。それも数日前のことだ、忘れるはずがない。

 今までで一番気持ちの悪いバグと戦った記憶が呼び起こされる。


「あのとき、あたしと井森は1週間あっちに居たろ」

「そういえばそうだったね。でも短かったでしょ?」

「いや……普通にそれなりの長さに感じたぞ」

「えぇ……? でも私達と合流した日は?」

「あぁ、あの日はおかしかったな」


 バグがご乱心で、村の中の制御が上手く利かなくなったんじゃ? ということでこの話は落ち着いた。

 とにかく志音は向こうで丸1週間という時間を体感したんだ。


「だから、長く一緒にいたいんだよ」

「……は?」

「今の『は?』って言うところじゃねーだろ」

「いや、は?」

「なんだよ、そんなに変なこと言ったか? あたし」


 変だよ。いや、直前まで井森さんと菜華と接していたせいか、変というより染まってるって感じだよ。妙な意味で言ってる訳じゃないのはわかるけど、かなり危険な言い回しだ。

 いつかメンヘラ女にも軽々しくこういう事を言って、死ぬまでに一度は粘着されるんだろうな。うわ面白そう、是非見たい。


「それに、説明会も気になったしな。どうだった?」

「担当の先生が性格の悪い変人だったよ」

「? お前、担当の教師になったのか?」

「乳首腐れ」


 悪態をついたあと、私は何があったのかを話した。説明会の話はさっきしたけど、あのときはどうして知恵に濡れ衣がかけられたか、についてしか話してなかった。

 バーチャルプライベートについて受けた説明を真面目に話すのはこれが初めてだ。


「へー。でもま、そいつの話だと、あたしも試験受ける資格はあるって思われてそうだな」

「そうじゃない? まぁゴリラは試験受けられないと思うけどね」

「お前ずっとあたしをゴリラ扱いしてるけど、そんな要素あるか?」

「大きくて力が強い」

「もっとかっこいい動物に例えてくれよ」

「わかった、オランウータンがいいかな。あ、マンドリルでもいいよ」

「霊長類縛りやめろ」


 そして一頻りふざけた会話をした後に、違和感に気付いた。


「え、ちょっと待って。なんで試験受ける資格があるかどうか、気にしてんの?」

「はぁ? 受けるつもりだからに決まってんだろ」

「はぁ? 興味無かったんじゃないの?」

「あぁ。あんまねーな」


 もう嫌だ。意味がわからない。興味無いなら競走率上がるから来るな。私はしっしっと言いながら手を払って、いらないライバルの出現を阻止しようとした。


「いや、なんか勘違いしてるけど、わたしはお前の協力がしたいんだよ」

「はぁ?」

「ペアでの受験だって珍しくないんだ、お前だって誰か分からないような奴と組むよりあたしの方がいいだろ?」

「あんただけ受かって私が落ちたらどうすんの?」

「それはそれで面白いな」

「園児に『なんで女のフリしてるの?』って質問されろ」


 そっちだけ受かったら協力にならないでしょうが。私は道ばたの石を思いきり蹴飛ばした。電柱にぶつかったそれは、跳ね返って私の脛に戻ってくる。


「いった!」

「あーあ……まぁいいや、あたしはそのつもりだから」

「……なんでそんなに私に構うの」

「バーチャルプライベートで協力する理由は一つ。お前のまきびしがどうなるのか見たい」


 私のまきびしが? 立ち止まり、痛む脛をさすりながら志音を見た。


「そこで強化するんだろ? どんな風になるか、想像がつかなくて楽しみだ」

「まー……分かんないけど分かったわ」

「そりゃよかった。来週の実習も頑張ろうぜ」

「そうだね。免許試験の資格も掛かってるし」


 差し出された手を取って、立ち上がると同時に強く引く。

 バランスを崩した体に体当たりをして突き飛ばす。


「うを!? 何すんだよ!」

「八つ当たり」

「いっそ清々しいな」


 目の前の影を追うように、ずんずんと先に進んだ。頭の後ろで手を組んだ長い影が後をついてくる。

 それはまるで、今の私達の関係を表しているようだった。

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