第172話 なお、作戦失敗とする
前回のあらすじ。デカいもぐらに襲われた。以上。
もぐらとマンモスを足して2で割ったような見た目の、物言わぬ巨大な生物と睨み合いながら、私はまきびしを呼び出した。
「とりあえず私が様子を見るから」
「よろしく〜」
私が呼び出せるアームズは一つきりだが、家森さんは刃物という縛りがあるだけだ。私の武器で敵の性質を把握し、家森さんには最適な武器を呼び出してもらった方がいいだろう。
彼女はこの意図にすぐに気付いたようで、アームズの呼び出しはしなかった。バグは大きくて鋭いその腕を垂直に振り下ろす。
「っぶな!?」
「大丈夫!?」
今度は横に飛び退いてギリギリで回避した。私を狙って下ろされた一撃は地面を大きく穿っている。
こんなの当たったら即死じゃん。あー、嫌いだなぁ、こういう一撃がデカい系のボス。全体攻撃を頻繁にしかけてくる系もウザいけどさー。
ゲームに置き換えてやや現実逃避しながら、私はまきびしを可能な限り大きくしてバグに飛ばした。以前はボーリング球くらいの大きさだったと思うけど、今はそれよりも二回りくらい大きく見える。当たったら大体のバグにダメージを与えることが出来るんじゃないかと思う。
さらにこれだけではない。志音との会話でヒントを得た、重さのコントロールについても少し意識してみた。ぶつける直前まではできるだけ軽く、直撃のときには重くする。これについては気持ち程度だろうけど。それでも、これが今の私にできる、最大火力の攻撃だ。
「いっけぇ!」
私は体勢を立て直しながら叫んだ。直後、甲高い音が響く。バグが手を払うと、私のまきびしちゃんはきらーんとどこかに飛んでいった。
野球やってんじゃないんだよ。
軽くした状態だったとは言え、こんなに簡単に弾かれてしまうとは。
これ無理では? あいつ素手で弾いたくせにノーダメだし。
はい。よし。
私は振り返ると、大きな声で家森さんに告げた。
「逃げよう」
「嘘でしょ!?」
家森さんは早々に投了した私の判断に驚いているようだが、これは間違ってはいないと思う。まきびしが効かないということは、家森さんのアームズとの相性も最悪だろうし。
というか、いま気付いたけど、刃物系の武器って、結構バグ達と相性悪いことが多いのでは? 確か、八木君&木曽さんペアも石のような硬質な敵と戦って、何もできずにいたよね。どう思うか、志音にも戻ったら聞いてみよう。
私はバグに背を向けると、ダッシュした。3歩くらい。
何かが私の動きを止めたのだ。腕を掴まれているようだ。見ると、そこには興奮した様子の家森さんがいた。
え。なに? こわい。
「こいつは私達で倒そうよ」
「いやでも」
「札井さんは時間を稼いで」
「いや無理だけど!? さっきの見たでしょ!? あそこ! ほら! 見てあそこ! めっちゃ穴開いてるじゃん! あんなの」
「札井さん」
家森さんは私の両肩をがしっと掴むと、いつもより低い声で言った。
「いいから」
彼女の言葉は、人間に発しているとは思えないほど冷たい声色で発せられた。なんていうの、スマホの音声アナウンスやスマートスピーカーにイラついてる人がいたら、こんな喋り方になると思う。悲しい。
「……時間は、どれくらい?」
「長ければ長いほどいい」
「……離れてて」
私は彼女の胸元にそっと触れた。何をするつもりかは分からないけど、巻き添えを食らわないように離れておくのは基本だろう。あと、普通に肩が悲鳴をあげてた。めっちゃ痛い。半分は私の為に離れてもらったと言っても、過言ではないだろう。
そうして私は再びバグと対峙した。この会話の間ずっと待っていたと思うと、かなりのお利口さんで愚か者だ。私がバグなら絶対その隙を狙って攻撃してる。
「……なに、こいつ」
バグは待っていたというより、ひらひらと舞う蝶々を目で追っているだけだった。見た目でなんとなく分かってたけど、こいつ、やっぱりバカだ。バカというか、知能が低い。さっきの攻撃だって、上から垂直にではなく、あの腕を凪ぎ払われていれば、多分避け切れなかったはず。
そういうことなら、時間稼ぎは簡単だ。私はこのまま黙って見ていればいい。ずっと蝶々と戯れているといいよ。
今回はやっぱり楽できそうかも、と一息つこうとしたところで、バグはふわっと腕を振り下ろした。風圧で前髪がびゃ〜ってなる。やめて、私の前髪びゃ〜ってしないで。
「!?」
そこに蝶々はいない。どうなったのかは、言わなくても分かるだろう。バグは自分がやったことを理解していないという様子で、ふわふわと空を舞うそれを探していた。
無理無理無理。
怖い怖い怖い。
あいつアレじゃん、『ニンげンッて、壊レやスインだネ』とか言う系のヤバい奴じゃん。言葉は喋れないみたいだけど、絶対そういう系じゃん。
私は二重の意味で絶望していた。一つは敵の知能が低過ぎてヤバいということと、あいつの気を引いていた生き物が殺されてしまったということに。
バグは彷徨わせていた視線で私を捉えると、のしのしと歩き始めた。完全に捕捉されました、本当にありがとうございました。
しかし、私には今のやりとりを見ていて閃いたことがある。もし上手くいけば、家森さんが「時間稼ぎしてとは言ったけど、ここまでやらなくていいよ」って言いたくなるくらいの時間が稼げる。
私はまきびしを二つ、奴の頭の近くにふわふわさせた。この時点で、私は第一関門をクリアしたと判断した。さきほどあのバグは、向かってきたまきびしを即座に脅威と判断し、打ち返したのである。
あのバグにアームズとバーチャル上の生物の違いを察知できる器官や能力が備わっているとすれば、この作戦は上手くいかない。おそらく、普通の状態の私のアームズだって、容赦なく弾き飛ばれてしまうだろう。
でも、まきびしちゃんは奴の頭の回りを楽しげに飛んでいる。これはつまり、脅威と判断されなかった、ということを意味する。こうなれば勝ちは確定だ。
「……?」
「よしっ……!」
狙い通りだった。はい、作戦成功。バグは私のまきびしに注目して天を仰いでいる。このまま適当にふよふよさせていれば完璧だ。私は戦わずして時間稼ぎに成功する、ということになる。
やってみて思ったけど、ランダムに二つのまきびしを操作するってかなり難しい。規則性があってもあいつは気付かないだろうけど、万が一それに気付いて叩き落とされたらと考えると、あまり好ましい展開ではない。またまきびしちゃんを作って、ヤツまで飛ばさなければいけないのは避けたいのだ。つまり、アームズが私の方から射出されるところを何度も見せたくない、ということ。さすがに私の武器だと気付いてしまいそうだから。
地鳴りのような音を響かせて、短い足でまきびしを追っている。なんならこのまま、少し家森さんから遠ざけておこう。それがいい。
ひゅーとまきびしを移動させると、奴の頭上でふわふわさせてみる。このまま徐々に離れてもらおう。その時だった。
見上げながら歩いていたバグが、バランスを崩してこちらに倒れてきたのだ。
「!?」
私は鬼の形相で走って逃げ、ギリギリのところでそれを回避した。
戦わずして時間稼ぎできるとは思ったけど、戦わずして死にそうになるとは思ってなかったよ。
肩で息をしながら、倒れたまま起きあがらないバグを見つめる。このままモザイクに囲まれてしゅんって消えてくれないかな。そんな私の淡い期待は、予想外の形で裏切られることとなる。
「ぶもーーーーーー!!!」
「!?」
彼はキレた。転んだのは自分のせいでしょとしか言いようがないんだけど、彼の知能ではその辺の分別はつかないのだろう。なんか痛い目にあったからムカつく、くらいにしか考えていないんだと思う。
「あっぶな!?」
彼は猛烈に怒っていた。腕をでたらめにぶんぶんと振り回して、どうにかそれを発散しようとしているように見える。
え、これ、ヤバいのでは?
いわゆる、『【《“ヤバ”》】』なのでは?
「あ」
彼と目が合ってしまった。
逃げられるような状態ではない。私はこのバグと戦う覚悟を決めると、周囲にまきびしを呼び出した。
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