第171話 なお、色々いるとする
私達はダイビングチェアに座って、最後の一組が着席するのを待った。要するに知恵と菜華のことなんだけど。菜華は散歩で動きたくないと駄々をこねる犬のようになっていたらしく、粋先生に引っ張られながらようやくこのA実習室へとやってきた。
「納得がいかない。何故私が」
「これも授業の一環。早く席につけっつーの」
粋先生が菜華の肩を掴んで強引に着席させる。知恵はその隣で恥ずかしそうに俯いていた。菜華が着席するのを見届けると、彼女も隣のダイビングチェアに座る。これでやっとクラス全員が席についたことになる。
「あー……お前達が納得いかないのも分かる、が、今日の実習のペアは普段のそれとは関係がないから安心してくれ」
鬼瓦先生は主に菜華を見ながら喋る。彼の発言を聞くと、少し落ち着いたようだ。
「決まったペアで絆を深め、バグのデリートにあたることは極めて重要だ。しかし、実際の依頼となれば一人で戦うことも、初めて組む相手と共闘することも有り得る。今日はお前達にそれを体験してもらいたい。あの面談の直後に実習という運びになったのは、お前達に”他人と共に戦う”ということの意義を、きちんと感じて欲しかったからだ。普段のパートナーとの違う点を意識しながら実習に当たってくれ」
先生は長々と話すと、一呼吸置いて実習の説明に入った。今回私達は先生が決めたペアでそれぞれバグのデリートに当たるらしい。誰と組むかはダイブするまで分からない。これは当然だと思う、ここで知らせたら不平不満が出そうだし。
私は別に誰とだっていい。特に、知恵、井森さん、菜華の三人は期末テストで共闘してるし。なんとなく勝手は分かる。分かるからこそ、必要な授業だとも思う。それぞれのアームズの特性を理解して協力する、絶対に必要な力だ。
相手の戦い方に合わせようとして、初めて気付く強化の方向性等もあるかもしれないし。誰かがこういう風にサポートしてほしいとか言ってくれたら……うん。とても楽だ。できるかどうかは分からないけど。
「それじゃあナノドリンクを飲んでトリガーを装着してくれ。五分後にダイブを開始する。ペア単位で飛ばすから、向こうについて隣にいた者が今回のパートナーだ」
そうして私達は準備を滞りなく済ませ、時を待った。鬼瓦先生の「はじめ!」という号令を合図にトリガーを噛む。
飛ばされたのはロッジの中だった。おそらくはペア単位でロッジを割り当てられているのだろう。周囲に人影はなかった。背後から声を掛けられて振り向くと、そこには、いつも隣に座っている彼女が居た。
「あっ、ラッキー。札井さんが私のパートナーなんだ」
「家森さん……よろしく」
はっきり言う。当たりだと思った。彼女の身体能力の高さや強さは誰もが知るところだ。この分だと、私は何もせずに今回の実習を終えることも夢じゃない。
「さってと、それじゃ早速行こっか」
「そうだね。バグの位置は分かる?」
私達はロッジから出ると、バグを探して動き始めた。デッドラインの外側に出るのは当然として、問題はどこから出るかだ。マップを開いてピンの位置を確認すると、かなり離れたところで点滅する光があった。
「結構遠いね」
「北に真直ぐ、か。よーし行こー!」
文句を言っても仕方がない。私達は北を目指して歩き始めた。
デッドラインを越えて少し経った頃。ふと、他のペアのことが気になった。私達はかなり幸運だったと言えるだろう。何せ何度か組んだことのある相手だし、さらに成績上位者だ。そう、私って成績上位者なのだ。
きっと私達は上手くやれる。バグがかなり離れたところにいるので、向かうまでに時間はかかるが、それさえなければ、下手したら一番乗りでリアルに帰還できるかもしれない、というくらい自信がある。
「他のペアってどうなってるんだろうね」
「あー、それ私も気になってたんだー」
やはり考えることは同じらしい。まぁそうだよね。自分の相方が慣れない相手と組んで怪我したり、そういう心配もあるだろうし。私はしてないけど。だってスカイダイビングでパラシュート開かなくても「いってぇ〜」で済みそうだし、アイツ。
しかし、家森さんのパートナー、井森さんはそういう訳にはいかないだろう。彼女の場合、ほとんどのクラスメートが誤解していることがある。いや、誤解というか彼女が進んで騙しているというか、ねこを被っているというか……。
初対面で井森さんがデカい武器フェチだなんて、誰も思わないだろう。私も実際に見るまでは、そんなイメージ全然なかったし。自分のイメージを崩さずに、彼女はこの実習を切り抜けられるのだろうか。
志音のことは別にいい。あいつは誰が相手でもそれなりに上手くやりそうだし、なんならお荷物みたいなクラスメートと組むことになったって、一人で実習をこなせるだろう。
あれだけ他の人間と組むのを嫌がっていた菜華は、一体どうしてるんだろう。組まされた人、可哀想だな……。知恵のスピーカーがなくても、単体で戦えるらしいから足でまといになることはないだろうけど。むしろ一人になっても音で攻撃する手段があるってかなり強いよね。
そう、実力的には何も心配していない。ただ……私はいつの間にかそれを口に出していたようだ。
「菜華……あいつ大丈夫なのかな」
「多分ね、あの人、大丈夫じゃないと思うよ」
「やっぱり?」
「うーん、あの人がっていうか、組まされた人が、かなー……」
「だよねー……」
家森さんも同じ気持ちだったらしい。先生がペアを決めたので、最悪な組み合わせじゃないことについては、もう信じるしかないんだけどね。そう考えると、私が家森さんと組むことになったのも、友達が少ない私への配慮かもしれない。
だだっ広い草原を歩いていると、遠くに湖が見えてきた。マップとピンの距離感から、おそらくはあの中でバグが待ち受けているのだろう。私が気を引き締めていると、家森さんはねぇねぇと言って、私の服の裾を引っ張った。
「志音となんかあった?」
「へ? なんで?」
「……気のせいか、ごめん、忘れて」
「う、うん」
家森さんは何を言いたかったのだろう。忘れてと言われたあとも考えてみたけど、やっぱり心当たりはない。この間、鷹屋に行った時にチャーシューを一枚横取りしてわりとガチめに怒られたことを言ってるのかな。
そんなことを考えながらマップを見つめて、ピンと自分達の位置を確認してみると、あることに気付いた。
「え……」
「どったの?」
「バグ、いなくなってる」
「へ!? あ、ホントだ!」
追っていた点滅が突如消えたのである。追っていたといっても、歩いてその方角に向かっていただけだけど。二人でマップと睨めっこをする。どこだ、どこに消えた。
「ちょっといい!?」
「う、うん!」
家森さんはマップを操作して、より広域が見えるようにした。自分の周辺しか地形などは分からないが、今は点滅するそれを探すだけだ、地形なんてどうでもいい。広い方がいいに決まってる。
範囲を広げられるだけ広げて、マックスにしてみても見当たらない。ついさっきまでこの先の湖にいたのに、いきなり消えるなんて考えられない、はずなのに……。
「これ、どういうこと?」
「うーん、バグが透明になる機能があって、その技の発動中はマップの方で探知できないようになってる、とかだろうねー」
「やっぱり? もしくは瞬間移動できるか、かな。どちらにせよ」
「札井さん! マップ!」
私はマップじゃありません。なんて冗談を言う間もない。見ると、マップの中心、つまり私達がいる地点が、点滅していたのだ。
「なっ……!」
バグがどこかにいる。私は、本当に本能的にとしか言いようがないんだけど、後ろに飛び退いた。飛ぶのが遅かったら、もしかしたらあのモグラもどきに腰から下を切断されていたかもしれない。
地面を突き破って出てきたバグは、スコップのような鋭い腕を見せ付けるように振り上げている。
「ひゅ〜、こういうのもいるのかー」
家森さんは5メートルはありそうなそのバグを見上げて、楽しげに声を上げた。
私? そんな余裕ある訳ないでしょ。いま、五体満足でいれたことに対して、神に祈りを捧げていたとこなんだから。
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