第170話 なお、意味が分からないとする


 始業式から三日。私と志音はペア面談というものを受けていた。中学生の時もこんなのやったよ。進路とか学習指導とか。しかし、このペア面談というのはなんなんだろう。

 いきなり言い渡されて、なんか騙し打ちを受けた気分だった。私が不信感を覚えているのはそれだけではない、相手が鬼瓦先生ではなく、凪先生なのだ。午後の一つ目の授業は化学だった。にも関わらず、教室に凪先生がやってきて、名前を呼ばれたペアから別室で面接だ、なんて言って出て行ったのだ。

 一組、さらにもう一組と生徒が減っていく教室。面談が終わった生徒は別の場所で待機しているのか、戻ってくる気配はない。


 そうして遂に呼び出された私達は並んで椅子に座っていた。大きな机を挟んで先生と向き合う。ここは生徒指導室。パソコンと机と椅子と、あとは筆記用具くらいしかない、かなり殺風景な狭い教室だ。


「ペア面談ってなんなんですか?」

「そのままだよ。このままのペアでやっていくか否か。それを見極める為の面談だよ。毎年抜き打ちでやってるんだ」

「じゃあ、ペア解消も有り得るってこと……?」

「あぁ。鬼瓦先生も初めに言ってたと思うけどな。”しばらくの間は”このペアでやってもらうって」

「あー……確かにそんなこと言ってたな」


 志音は腕を組んで唸っている。私にもそれは覚えがあった。強制的にペアを解消される訳ではないのなら、私の答えは決まっている。


「私は解消する気はありません。志音は?」

「聞くなよ。あたしもないぞ」

「……そうか」


 凪先生はなんだか複雑そうな表情を浮かべている。そして、私達の顔を見ると笑った。情緒不安定なの?


「実を言うと、ペア解消については必ずしも生徒の意見が反映される、という訳ではないんだ」

「まぁでしょうね。教師側から見て、明らかに相性の悪そうな二人を放置しとけないだろうし」

「で、でも私と志音は成績もいいし」

「他のヤツと組んだらもっといい結果を残せるかもしれないだろ。学校はあくまで養成所みたいなとこなんだ。成績が良くても現場で通用しなけりゃ意味がない」

「それは、そうだけど……」


 何を食い下がっているのだ、私は。だけど、こんなときですら正論をつらつらと述べるコイツに、無性に腹が立った。あんたは嫌じゃないの。私と離れるの。


「ま。そこまで分かってても、あたし以上にこいつの相棒の適任がいるとは思えないけど」


 志音は歯を見せて先生と見つめ合った。なんなの? 思わせぶりな態度とって。先にそれを言えっての。手が滑ったフリしてマグマに突き落とすよ。


「そうだな。先生だって、分かっているつもりだ。ただ、これは二人だけの問題じゃないんだ」

「はい?」

「例えばペアを解消したがっている組があるとする。その受け入れ先がない場合、どこかのペアにその穴埋めをしてもらうというパターンがある。もちろん一時的に、という処置にはなるだろうけど。そちらの方が成績が良ければ、もしかするとそのままになるかもしれない」


 私は俯くと、膝の上に置いた両手でぎゅっとスカートを掴んだ。そんな。そんなことって。


「私達関係なくないですか? 他のペアがどうとか正直知ったこっちゃないんですけど」

「お前ってホント傍若無人だよな」

「だってそうでしょ!」

「札井の言うことも尤もだ。先生が危惧というか、心配しているのは……」


 先生はちらりと志音を見ると、言いにくそうに続けた。


「小路須、人気高いんだよなぁ……」

「え? あたし?」

「いやいや、私は? なんで? 私の人気は?」

「今のところペア解消を検討している組は1組、二人ともが小路須と組みたがっているんだ」

「せんせーーー私はーーーー?」

「……参ったな、あたしはこのうるせーのと以外、組む気はないんだけどな」

「はぁ!? うるせーのって誰のこと!?」

「お前以外いないだろ!」


 志音め……私のことをうるせー扱いした……私がうるさくするのは音姫の音だけなのに……許せない……。

 私は椅子に座ったまま志音の足を踵で踏みつけようと足踏みをする。しかし、華麗に避けられた上、膝を押さえられてしまい、足が浮かせなくなってしまった。どんだけ怪力なの、コイツ。


「ま、まぁまぁ。今は二人にペア解消させる打診をしている訳じゃない。ただ、そういうこともあるって話をしておきたかっただけ。さぁ、ここからが本題だ」

「なんですか?」

「ここからは先日提出してもらった書類を元に進めさせてもらうよ」


 そう言うと先生は手元に二枚のプリントを出した。ちらりと見えたそれはどちらも同じ書式に見える。そこでようやく思い至った。始業式の日に書いたアレだ。


「二人も気付いたようだな。そう、これはアームズ強化についての学習計画のプリントだ。が、同時にペア面談の資料でもある」

「あー……だからわざわざ紙で提出させたんすか」

「不自然に思ったか?」

「まぁ。高度情報技術の授業ってあんまりプリント提出ないんで」


 ……私がどう思ったのかは別として、ここは乗っておいた方がいいだろう。腕を組んでこくこくと頷くと、私は志音に続いた。


「そうそう。変だなーって思った」

「今のぜってー嘘だろ」

「うるっさい!」

「まぁまぁ。それで二人の方向性について、今ここで確認させてもらうよ。まず、【どのようなデバッカーを目指すか】、この質問があったのは覚えてる?」


 先生は資料に目を落としながら問う。覚えてる。一つ目の設問だ。そういえば志音はなんて書いたんだろう。私の疑問は早々に先生によって解決されることとなる。


「小路須はオールマイティな人材として活躍したい、と書いてあるね。これはどういう意味だい?」

「そのまんまっすね。あたしは人命救助だろうが、賞金首退治だろうが、仕事とあらばどんな内容でもすっ飛んで行きたいし、確実にこなせるデバッカーになりたい」

「そうか。志が高いのはいいことだと思うよ」

「うっす」


 志音の発言に、私は感動していた。私も似たようなことを書いたのだ。私達は同じ方向を見つめる者同士であることを、強く確信した。

 そして、先生は私を見る。言わなくてもいい、分かってる。私も志音と目指す方向は同じ。つまり、そういう意味でもペアとしての相性は抜群。優しく微笑んでみせると、彼は気まずそうな顔で、書類と私とを交互に見た。嫌な予感しかしない。


「あの……うーん、先生は、こういう個性的なのも、好きなんだけど……うーん」

「お前なんて書いたんだよ、先生困ってるじゃねーか」

「はぁ? 大体アンタと同じようなことしか書いてないけど」

「じゃあなんであんなに困ってんだよ」

「これ……」


 そう言って先生はプリントをひらりとこちらに向ける。そこにはでかでかと【最強】と書かれていた。


「……………………お前いくつだよ」

「はぁ?! なにそのリアクション! 絶対バカにしてんでしょ!」

「バカにはしてないけど、バカだなとは思ってるぞ」

「同じような意味でしょうが!」


 私は志音の首をぎりぎりと締め上げながら吠えた。その矛先は先生にも向かう。当然だ。私は何もおかしいことは書いてないのだから。


「なんでそんなに困ってるんですか?」

「あ、あーと……先生も、その欄をたった二文字で語り切る生徒を見たのは初めてでね……」


 彼がこの上なく気を遣ってくれているということがビシビシと伝わってくる。なにこれ悲しい。せめて私がふざけて書いた訳ではないということは分かってもらいたい、その一心で最強と書いた理由を説明した。


「要するに、私は志音と同じような気持ちでそう書いたというか」

「ものは言いようって言うけど、同じ意味でもここまで言い方って違ってくるんだな」

「あんたはもう黙ってて。私はふざけてるんじゃないんだよ」

「だからやべぇんだよ」


 志音は茶化してくるけど、先生は分かってくれたみたいだ。うんうんと頷いて、私達はペアとして向いている方向まで同じの、互いに高め合える仲だとまで言ってくれた。なので、その後に先生が言ったことについて、なかなか理解が及なかったのも当然と言えるだろう。


「二人は素晴らしいペアだということは分かった。その気持ちをいつまでも忘れないようにね。というわけで、次の実習では他の人と組んでもらうことになるからね」

「……はい?」


 私達は教室から出されると、そのままエクセルへと向かうように指示された。ぽかーんとしながら廊下を歩き、校舎を出る頃、ようやく志音が口を開いた。


「なぁ、あの話の流れ、意味分かるか?」

「分かんない。意味不明過ぎて放心状態で従っちゃった」

「あたしも」


 先生が言う”次の実習”というのは、チャイムが鳴ると同時に始まるのだろう。その実感が湧かないまま、私達はエクセルを目指して歩いた。


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