第58話 なお、ヤったとする


 ——落ち着いたでちか? じゃあ証言の続きをお願いちます


「続きって言われても……」

「……なんだよ、あたしになんかされたって言ってたろ。してねぇけど」


 志音は私達の作戦にも気付いているはずだ。ああ見えて察しはいい奴なんだ。きっと井森さんもそうだろう。あとは二人がこの証人達を上手く誘導して、嘘だったと証言させればいいだけだ。


「はい、志音さんは私に何もしてません。っつーかこいつ誰? って感じ」


 建物の中がざわついた。それもそのはずだ、今までと真逆の証言が始まったんだから。


「ただ、見た目がいかにもな感じだったから全部この人のせいにしよ! って思いついただけ」

「なぁ、ちょっと泣いていいか?」


 とりあえずそれっぽい見た目をしてたから志音が強姦魔に丁稚上げられた、と。さすがにちょっと可哀想な気がしなくもないけど、とりあえず状況は分かった。だけど、何故そんなことをする必要があるんだろう。


「でもぉ、あの子が純潔の証を失った事は事実ぴね? 犯人は別にいる、ということかちら?」

「うーん……志音ちゃんは見た目の酷さのせいで仕立て上げられただけ、ということは確かのようね……」


 隣の傍聴人達が何やら気になる会話をしていたが、志音の扱いの酷さに気を取られてうまく言葉が思い付かなかった。”見た目の酷さのせいで仕立て上げられた”。こんなの気にならない訳がない。

 この席に座っている人達は傍聴人というよりは観客だ。話し合いや証言を聞いて、みんなが好き勝手に感想を言い合っている。


 しかし、純潔の証とはなんだろう。いや、さすがに私も高校生だし、話の流れ的になんとなく察しはつくけど。

 隣の人達だけではなく、建物中が似たような内容のざわめきで埋め尽くされていた。


 ——静粛にするでち。では、あなたの純潔の証を奪ったのは誰なんでちか?


「はぁーもーめんどくさいなぁ。答えたくない。私、証人降りる」

「わ、私は言うよ!」


 証人の口調の変化が激し過ぎるせいか、私達以外の人は困惑している。本人もいつものように振る舞えない事に違和感を覚えているようだが、先程振る舞われた飲み物が原因とは思い至らないようだ。


 二人目の証人が下がろうとすると、一人目の証人が突然立ち上がった。ただならぬ様子に、傍聴席に緊張が走る。


「私は、い、井森さんと……!」


 おやおや。錯乱状態になってしまったんだろうか。可哀想に、よりにもよってそんな有り得ない嘘をついてしまうなんて。鼻で笑いながら家森さんを見た。


「あの子は一体何を言ってるんだろうね」

「何がおかしいの?」

「いや、だって、井森さんがそんなこと」

「札井さん。あの子は、私の”抹茶ココアラテ”飲んでなかったの?」


 ……いや、飲んでた。配ったの見てたし、多分あのまま飲んでたと思う。

 えっ……?


「いやー……真実草、井森さんが飲んだらヤバいだろうなーって思ってたんだよねー……」

「それって、どういうこと?」

「んー……まぁ見てたら分かるよ。多分ここは私達の勝ちだしね」

「え……?」

「あの子が井森さんとのそれを最初に暴露したのは他の女への牽制だろーね。あとはもう芋づる式なんじゃない?」


 家森さんの言葉の意味が、分かりそうで分からない。答えを求めるように、空間の中央へ視線を向けると、真っ赤な顔をした女の子がマイクに向き合っていた。


「私は井森さんと、その、しました」


 ——それはつまり、彼女に乱暴された、という理解でいいでちか?


「えと……乱暴という程では……私からお話できるのはしたという事実だけです。もう戻っていいですか?」


 煮えきらない回答に会場は再びざわつく。しかしある声が空間に木霊し、即座にその場を支配した。


「私、乱暴だった?」


 井森さんだ。なんだこの質問。ツッコミどころが多過ぎる。隣にいる志音ですら、「いやいやおいおい」という顔をしている。


「答えられないの?」


 返事はなかなか返ってこない。マイクが拾うのは、時折聞こえる鼻をすする音だけだ。


「どうして泣くの?」

「あの、井森さん、あとで、お話が」

「今がいいわ」


 彼女は容赦なかった。一人目の証人を徹底的に追い込んで、明確に何かを答えさせようとしている。


「ふぇ……井森さん……」

「頭を撫でられたことが嫌だったの?」

「嫌じゃなかったです……」

「じゃあ頬に触れたことかしら?」

「ううん……」


 何が乱暴だ。井森さんは彼女と少しスキンシップをしただけじゃないか。純潔の証だかなんだか知らないけど、この程度の行為で失われてしまうなら最初からクソ食らえだ。私は井森さんの誘導尋問を心の中で応援しまくった。


 会場は井森さんが口を開いてから静まり返ったままだ。司会役の犬耳ちゃんですら、彼女達の会話に聞き入っていた。


「肩に触れたから? それとも耳かしら?」

「ちが、います……」


 耳は少しくすぐったいと思うけど、全然ありでしょ。井森さんが触りたいって言うなら、私だって頭に疑問符を浮かべながら差し出すって。


「胸を触ったこと?」

「う……いいえ……」


 何しとんねん。


 と、思ったけど、ちょっと待って。女子同士なら胸くらい触るよね? 私と志音はそういうスキンシップしたことないけど、まぁあいつ女子じゃないし。

 よくあるよね、「わぁ柔らかい!」「やーん!」みたいな。それくらいするよね。


「うーん、じゃあ何かしらねぇ。乳首を噛んだのがいけなかったのかしら」


 待って、違う違う、女子同士なら乳首くらい噛んだり


 しねぇよ。なにやってんだよ。


「でも甘噛みだったし……乱暴かしら?」


 おいやめろ。生々しすぎるわ。女の子は恥ずかしそうに、顔を赤くして下を向いている。当然だ、こんな羞恥プレイ、まともな神経していたら耐えられない。

 ちなみに家森さんはコントを見ているかのように、ケラケラと笑っていた。


「純潔の証を私が奪ったと言うけど、差し出したのはあなたでしょう?」

「いや……」

「あぁ、そういえばあの時もそうだったっけ。自分から入れてくれって言ったくせにこれ以上されたら変になるって首を横に振ってたよね」


 うん、ごめん、純潔の証。クソ食らえとか言って本当にごめん。これは失われるわ。こんな行為が行われたあとに残ってたら、それはもう純潔の証として機能してないわ。


「もう……やめてください……」

「どうして? ねぇ、私、何か間違ったこと言った?」

「答えたく、ありません……」

「私はそれでも構わないけど、ここで否定しないと、肯定したようなものじゃない?」


 恐らく、全て井森さんの計算した通りの展開だろう。証言台の前の少女は震えながら泣いていた。暫しの沈黙を経て、井森さんは改めて質問する。


「私、乱暴だった?」

「ううん……」

「嫌だった?」

「ううん……」

「また私としてくれる?」

「うん……」


 なんだこれ。

 なんだこれ。

 私はなんていうかもう意味が分からなさすぎて、結構安らかな顔をしてると思う。


 んー、なんかよく分かんなかったけど、和姦だったってことで! じゃっ!


 そう言ってリアルに戻りたい気持ちでいっぱいだ。家森さんは、「あーあこいつまーたやってやんの」という顔をしていた。完全に呆れている。


 おそらく、純潔の証とやらが無いと大変な事が起こるのだろう。だから井森さんとの行為で失ったそれを、志音に犯されたせいで失ったと言ったのだ。

 うん、真相が分かって改めて思ったけど、志音めっちゃ可哀想だね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る