第57話 なお、ハエとバッタとする


 外は既に暗くなりかけていた。村長の家に入ったときは明るかったのに。やっぱり時間の流れ方がおかしいんだ。

 家森さんにも早めに来るように伝えて、私は駆け出した。


 ファンシーな町並みが夕闇に飲まれていく景色は幻想的で、そこはかとなく退廃的である。風もないのにぐるぐると回る風車が不気味さに拍車を掛けていた。

 楽しいお伽噺とぎばなしの終わりを告げるように、刻一刻と暗くなる町並みはグロテスクさすら孕んでいるように感じる。


 それはこの村の人々の腹黒さに触れてしまったせいもあるかもしれない。見せかけだけの可愛い村。一度入ったら出られない。

 プリティー・ラビリンス・ファームとはよく言ったものだ。こうなると”ファーム”にも意味がありそうだが、それを考える前に目的地に到着した。


 建物はすぐに分かった。周りと同じような作りの家だが、なるほどデカい。


 中に入ると、360度囲むように傍聴席が設置されており、真ん中には志音と井森さんがいた。二人はこちらに背を向けるように座っていたので、私には気づいていない。どうやらもう始まっているようだ。


 適当な席を探しつつ、とりあえず様子を見る事にした。もしかしたら裁判はこの村の数少ない娯楽なのかもしれない。ほぼ満員御礼状態の中で、なんとか空席を見つけることができた。

 隣の席に鞄を置いて家森さんの席も確保しておく。本来であればマナー違反と言われかねない行為かもしれないが、ここは大目に見てもらうとしよう。


 志音達の他に、部屋の中央に一人の少女が連れて来られた。顔を覆いながら、台に置かれたマイクに口を近づける。


「ふみ……志音さんには、口では言えないようなことを……はう……」

「してないだろ!」


 ——これは有罪でし!

 ——罪が有る、というより罪しかないという感じですね

 ——あの見た目で婦女暴行を働いていないワケがない、有罪でしゅ


「好き勝手言ってんじゃねーーぞ!」


 ——おぉ怖い怖い……

 ——目が合うと視界が犯されてちまいそう……


「ふざっけんな! おい! バカなこと言ってないであたしらを解放しろ!」


 言われ放題の志音を見るのはなかなか楽しかったが、最後の言葉がどうしても引っ掛かった。解放しろ? 閉じ込められている様子は無いのに。村から出せということだろうか?

 志音が身を捩った瞬間、私はその言葉の意味を理解した。両手と両足を縛られていたのだ。


 なるほど。まぁ、被告人と考えると、理解できなくもない処置だ。しかし、二人は何をやらかしたのだろうか。

 裁判員が婦女暴行とか犯されそうとかなんとか言ってた気がするけど……まさかね。


 進行係の女性が「次の人、どうぞ」と言うと、顔を覆っていた子は証言台横の椅子に座らされた。証人には専用の席が用意されるらしい。

 何人いるのかは分からないが、証人の数だけこの部屋の真ん中に人が増えていくことになる。被害者だけであの空間が埋まらないことを祈るばかりだ。


「あの日……あちしはままのおつかいでお外に出まちた……帰ろうとしたら……志音さんが……うちろから……」

「待て待て待て待て! やってないやってない!!」


 猫耳の幼女はめそめそと声を出しながら泣いていた。わざわざ自分の口でめそめそと言うなんて、正気の沙汰とは思えなかったがスルーした。


 この内容は……まさか……。いや、あいつはそんなことするような奴ではない。この際アイツがソッチだったとしても、それは別にいい。彼氏連れて歩いてる方がビジュアル的に違和感あるし。

 だけど、やっぱり無理矢理は良くないと思う。でもやっぱりそんなことはしないと思う。


 真実草、あいつらも村に来た時に飲まされたのだろうか。だとしたら効力はいつまで続くのだろう。真偽の程はわからない。

 だけど、それがまだ続いてると仮定し、彼女達の言葉を信じるくらいしか、今の私にはできそうにない。


 ——これ以上のお話は難しいでしゅね……

 ——無理も無いでち。乱暴した相手を前に、普通でいられるワケがないでち


 このままだとマズい。家森さんには早めに家を出るように伝えたが、予想以上に夜が来るのが早すぎた。残る証人は3人らしい。彼女達の発言が終わる前になんとかして真実草を摂取させなければ。

 その時だった。


 中央に、一人の女性がとてとてと歩み寄っていった。猫耳をふにふにと動かし、しっぽを揺らして証人に近づく。その姿に気付くのが遅れてしまったが、あれは……家森さんだ。

 志音達も驚いたのだろう、彼女の横顔を凝視しているようだ。


 ——なんですか、あなたは。審議中ですよ


「あの、みなさんにお飲物をお持ちしました」

「これは?」

「抹茶ココアラテです。これで少しでも気持ちが落ち着けばと思って……証人さん達の分、作ってきました」


 おいテロリストがいるぞ。

 私はあまりにも大胆な鬼の所業に目を見開いた。確かにそんな感じの作戦立てたよ。立てたけど、ちょっとアグレッシブ過ぎない? 大丈夫?


 めそめそと声を出して泣いてた子も、カップを受け取った。すぐにそれを味わい、「おいしい……」と呟いた後に、さらに口を開く。


「ありがとう。それにしても全然美味しくないですね、これ」


 早速ぽろりする本音がひど過ぎるわ。せっかく家森さんが作った飲み物になんてことを。


「だろうね。どうせ私は飲まないからいいやと思って虫とかすり潰して入れたし」

「ぎゃぁあああ!」

「あはは! 冗談冗談! さって、緊張も解れたし、頑張ってね。私はそっちで見てるから」


 そう言うと、家森さんは当然のように、私の隣に座った。何から聞けばいいのか、混乱してしまって結局何も言えない。見兼ねた彼女は、猫耳を指さして、アームズとして呼び出したと教えてくれた。

 なるほど、だから他の子達のそれと同じようにリアルに動くのか。これなら相手は家森さんのことを村人だと思い込むし、まさか共犯者である村人が真実草を飲ませてくるとは思わないだろう。


「さっきみんなに飲ませたの、真実草だよね? 抹茶ココアラテって言ってたけど……」

「うん、そうだよ。でも嘘じゃないんだよ」

「え?」

「抹茶ココアラテに真実草を混ぜたんだー。真実草の効果は嘘をつけなくさせることでしょ?」


 なるほど、嘘はついていない。村長だって、私達の答えたくない質問については「言いたくない」と言っていた。

 要するに事実を黙っていることは、”嘘”とはカウントされないということになる。しかしそうなると、一つ恐ろしい事実があることになる。


「じゃあ虫入れたって言ってたのはやっぱり……」

「あはは、死にはしないんじゃない? 知らないけど」


 怖っ……ひどすぎる……。絶句したまま家森さんを見つめていると彼女は言った。


「少なからず私は怒ってんだよ。井森さんが犯罪なんて犯すはずないじゃん」


 いきなりキレないで欲しい。心臓に悪い。家森さんは品定めをするように、証人の子達を見ていた。菜華のギターの邪魔をした時とは、違った種類の居心地の悪さを感じる。

 前者が心臓を一突きされるような鋭さだとすると、家森さんのそれからは嬲り殺しにするような、底意地の悪いオーラを感じるのだ。私の勘違いであって欲しいけど、多分勘違いではない。


「で? この子達は志音と井森さんに何されたって言ってんの?」

「えっと……落ち着いて聞いて欲しいんだけど、さっきから、無理矢理とか、婦女暴行とか、ちょっと考えられない単語が聞こえてくるんだよね……もちろん志音はそれを言われる度に否定してるんだけど、どれだけ言っても暖簾に腕押しって感じで……」


 ここに入ったばかりのことを思い出しながらつらつらと喋ってみる。相づちが帰って来ないので不審に思い、彼女の顔を見ると、何かを察したような顔をしていた。


「あー……いやぁー……うーん……」


 さっきと打って変わって、明らかに歯切れが悪い。あのオーラはどこに行った。


「はぁー……なぁるほどなぁー……虫を入れちゃったの、悪いことしたなぁー……」


 ねぇ、家森さん、そのリアクションだと「奴ならやりかねない」って言ってるみたいだからやめよ? 志音だってそんな野蛮ゴリラじゃないよ。

 多分。恐らく。きっと。ほらなんていうの、やってない可能性だってあるじゃん? ってお母さんが言ってたよ。

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