第56話 なお、名ばかりとする

 牢獄だなんて。まさかこんな単語を耳にする事になるとは思っていなかった。

 二人がとりあえず無事でいることを喜んだらいいのか、牢屋に入れられていることを心配したらいいのか。


 私は複雑な気持ちでいたが、家森さんは明らかに安堵していた。生きてさえいればなんとかなる、きっとそう思っているんだ。前向きな彼女が少しだけ羨ましかった。


「あの二人なら今晩、裁判にかけられる予定じゃ」

「裁判!? 二人が何をしたと言うんですか!」

「それはワシの口からは言えぬ!」

「村長」


 牢獄の次は裁判だと? 茶番はもうたくさんだ。

 私は机を強く叩いて立ち上がった。


「真実草があるこの村で、裁判なんてする必要あります?」


 絶対に無い。あのジュースを飲ませれば犯罪の自供も何もかもお手の物だろう。裁判なんて回りくどい真似は要らないはずだ。


「あるぞ」

「え」


 まさかこんなに自信満々で返されるとは思わなかった。それは、どうして? 家森さんが尋ねると、村長は言った。


「真実草を摂取してしまえば、心の声と同じ口調になってしまう」

「? それが?」

「キャラ崩壊するじゃろ」

「……」


 私はあまりのアレさに絶句した。何を言ってるんだコイツは。ちなみに隣からぼそりと、殴りてぇと聞こえた気がしたが、恐ろし過ぎるので聞こえなかったことにした。


「ちなみに、もし有罪ならどうなるんですか?」

「実質死刑じゃ」

「極端なんだよ!」


 ついに村長の頭を叩きながら突っ込んでしまったが、もう気にしない。まさか殺されるとは思っていなかった。一体何をやらかしたら極刑を科せられるというのだ。


 いや、もしかして、あまり考えたくないけど、有罪=死刑なのか……? だとしたらガバガバ過ぎる。さすがに意味無く物を壊したり盗んだりするような奴じゃないと信じているが、例えば幼女が志音を見たせいで心に深い傷を負ってしまったくらいなら有り得る気がする。

 かなり不躾な奴だし、話しかけてきた村人に「でしゅってなんだよ、ちゃんと喋れよ」くらい平気で言ってそう。


「どうしてそこまでする必要があるんですか! 井森さんはそんなに悪い人じゃありません!」

「相方、札井さん、相方のフォロー忘れてるよ」

「どうしてって。勘違いすることはあるじゃろ」

「はい?」

「被害を受けたという村民の主張が本当であれば死刑が妥当な判決じゃ。そして何かの勘違いで、二人を訴えていただけだったとしても、可愛い可愛い彼女達の間違いを誰が責められようか! 死人に口無し、死んでしまえば反論もできまい! ンナッハッハッハ!」

「うわぁ……こんな屑初めて見たかも……ハマダみたいに笑ってるし……」


 家森さんは呆れかえって笑っていた。しかし被害というのはどういう事だろうか。あの二人が村人に何かしらの危害を加えて、それが原因で投獄されている……?


「ワシに対する嫌悪感を隠せないのは残念じゃったのう」

「どうして?」

「お主らが反抗するのは目に見えておる、ということじゃ。真実草で危険因子を炙り出すのは効率的で良いわ」

「あなたも考えてることだだ漏れだけどね」


 家森さんの働きにはグッジョブとしか言いようが無かった。向こうの手の内が見えるなら、きっと打つ手はある。


「ぬっ! カリン! リンカ!」

「二人ならそこで失神してるよ」

「うわ、すごい顔してる」


 二人には私達には見えない何かが見えているのかも。いや、そうじゃないとあの表情に説明がつかない。彼女達の表情に【多幸感】という名前をつけて、私は再び村長に向き直った。


「ぐぬぬ……!」

「この家に真実草ってあるの?」

「うちの庭に生えているのがそうじゃ! ぬぅ! 嘘を教えようとしたら本当のことを!」

「あの飲み物の作り方は?」

「それはじゃな……くっ! お、教えるワケがなかろう!! わーっはははっは! これでワシの勝ちじゃ!」

「とりあえず適当にすり潰して口に放り込めばいいんじゃない?」

「ぬうううううう!」


 とりあえず大体は聞き出せただろう。裁判にかけられる志音達の救出について、私達は打ち合わせることにした。


「よくわからないけど、”誰かに危害を加えた”という容疑が二人にかかってるんだよね」

「みたいだね。村長さんがもう少し話してくれたら助かるんだけど」


 家森さんが村長にちらっと視線を向けると、彼女はテーブルの下に隠れてしまった。村長の気持ち分かる。家森さんって時々めっちゃ怖いよね。


「で、有罪となれば極刑、と」

「というか、裁判自体が形だけのものなんだろうねー。村長は随分と村人を贔屓してるみたいだし? さっきの彼女の発言から、二人の有罪はほぼ確定している感じだよね」

「死人に口無し、か……」

「ここの人達が裁判をする理由はただの体裁。だとすると、その体裁を繕えなくすれば……なんとかなる気がしない?」


 だとしたら、私達がやるべきことは決まった。腹黒生物達に真実草を飲ませる。これしかない。というかこれを実行できれば、あとは勝手に自滅してくれる気さえする。


 在処はさきほど聞き出したので、あとは真実草を調達して、適当にすり潰すのだ。村長は作り方を教えたくないと言っていたが、台所に行くとその疑問はほぼ解決した。

 ガンギマリ双子が道具を出しっぱなしにしていたので、そこから大体の手順が推察できたのだ。というか、ただすり潰して水で割っていただけっぽい。

 作業をしながら、すっかり投げやりになった村長と雑談をする。作り方もバレてしまったし、もうどうにでもなれという感じだ。


「お主らはあの二人組の仲間なんかえ」

「まぁ、仲間というか……にしても、村に入って数時間で牢獄に入れられるなんて……何してんだか」

「それは違うぞい」

「え?」


 逆算して考えてみても、そういう計算になる。もっと言うなら、昨日の放課後のダイブから、わずか1〜2時間で何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性が非常に高いのだ。


「やつらはこの村に1週間ほど滞在しておったぞ」

「……はい?」


 聞き間違いかと思った。家森さんが私の方を見て、どういうこと? と尋ねてくるが、そんなのこっちが聞きたかった。


「計算が合わない……家森さんはどう思う? て、分かんないか……一体何がどうなってるんだか……という顔をしておるな?」

「的確過ぎてキモい」


 円盤の真ん中に取手が付いたような道具をごりごりと前後運動させながら考えた。ちなみにこの道具は薬研やげんというらしい。


 数時間だと思ったら、1週間だった? つまり、リアルの世界での十数時間が、こちらの世界での1週間に当たると。こちらの世界、というよりはおそらくこの村の中、もしくはその周辺でのみそうなるのだろう。


「確かに、座標によっては時間の流れが異なる場所があるよね。ここはそういう地点なのかも」

「バグのせいじゃなくて?」

「さぁ。どっちかはわからないけど、まー、それはいいじゃない」


 家森さんの言う通りだ。先生が言うには、6時に戻ってきた時にはもう座標反応が消えていたと言っていた。


「村長、二人が投獄されたのはいつ?」

「昨日じゃな。のんびり飯を食ってるところを捕まえたんじゃ」

「えっ……」

「……ねぇ、これって」


 私も家森さんも気付いてしまったのだ。志音達の座標反応は、投獄された瞬間に無くなったのではなく、村に入った時点で無くなっていたのだ、と。


 そうじゃないと、時間的に合わないじゃないか。捕まったのがここの時間で昨日だとしたら、現実の世界では明け方から朝にかけてになるだろう。


 今回のカラクリが少しだけ見えてきた。二人は何故この村で捕まえる前に外に出なかったのか、そこだけが引っ掛かるが。しかしそれ以上に気がかりなことが一つある。


「鬼瓦先生、今頃頭抱えてるだろうね。あはは」

「ほんとにね……」


 この村に入った時点で、恐らく私達の反応も消えている。一旦村の外に出て事情を説明するべきだろう。私は家森さんに提案した。


「二手に分かれて、志音達の裁判に駆けつけつつ、鬼瓦先生に報告しない?」

「うーん。私もそれは思ったんだけど、リアルに戻った方がもう一度こっちに来れるのって、早くても翌日とかになりそうじゃない?」


 時間の流れが違うのでそれは承知の上だ。しかし、この村に入るためには、恐らく同年代の子が必須になる。それでも先生をここに連れて来れる保証はないんだけど。


「主ら。この村から出られると思っておるのか?」

「……はい?」


 聞き捨てならない忠告に、私は固まった。

 え、もしかして、出れないの?


「見たところ、主らは人間じゃろう? ワシはこれまで何人も見てきたぞ。正面の門に弾き飛ばされる人間や、柵を越えようとして雷に打たれた人間達を」

「それって、入ったら出られない、ということ……?」

「じゃな」


 もしかしなくても、それってマズくないか。志音達がこの村に6日も滞在している理由は分かったものの、これじゃ対策のしようがない。家森さんは隣で「やばー……」と呟いて苦笑している。


「つまり、ここから出る為には村を破壊しなくてはいけない、ということ……?」

「ぬ! そんなこと、ワシが許さんぞ!」


 腐っても村長だ。それなりに村のことを想ってはいるのだろう。だけどこちらも譲れない。


「村長、裁判の会場はどこですか?」

「答えると思うか?」

「へぇ……?」


 水の底から這い出るような、なんとも形容し難い声色が部屋中を凍り付かせた。私はただ正面に居る村長を見つめている。横を見ると、石にされてしまいそうな感じがしたから。

 可哀想に、村長は小刻みに震えながら、家森さんと見つめ合っていた。怖過ぎて視線を逸らすことすら出来ないのだろう。


「む、む、村の外れじゃ。大きな建物だから見ればすぐに分かるじゃろうて」

「わかりました。とりあえず、そこに向かわない?」

「それがいいね。私はここで真実草を飲める状態にしておくよ。

 念の為、札井さんは先に入っててくれるかな」


 こうして村長は速攻で屈してしまったが、仕方がないと思う。というより、可及的速やかに賢明な判断を下したのだ、さすがは村長といったところだろう。


 解散する前に、帰還する操作を試してみたが、やはりあちらに戻ることはできなかった。近くにバグがいることは確からしい。

 村長を攻撃してみても良かったが、無抵抗な生き物を攻撃するのは流石に抵抗がある。私は予定通り、村外れの建物に急行することにした。

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