第55話 なお、改名させたいとする

 部屋の中は全てがミニマムサイズだった。あの村長に丁度いいように作られているから、当然といえば当然なのだけど。

 食器やテーブル等が、普段私達が使用しているものの2回りくらい小さいのだ。精巧な玩具を見るような目で、ついまじまじと見つめてしまう。


 彼女達は村の特産品のジュースを振る舞ってくれるらしい。台所から運ばれたそれは緑茶のような色をしていた。

 こんな状況で見ず知らずの生物から渡された飲み物なんて口にしたくないが、先ほども言った通り、しばらくは様子見をした方がいい。


「札井さんってば好き嫌い多いもんねー。ちなみに抹茶は飲めるんだっけ? 待っててね」

「う、うん……」


 言っておくが、私に好き嫌いなんてほとんどない。というかそうだったとしても、家森さんと話していてそんな話題になったことがないので、これは完全に彼女の嘘か勘違いだ。

 なんだろうと違和感を覚えたが、とにかく彼女のリアクションを待つ事にする。


 そして少し遅れて気付いた。

 家森さんは毒見役を買って出てくれたのだと。


「不思議な味だねー!」

「癖になる味なのでしゅ! さぁさ、しゃついしゃまもどうぞ! なのでしゅ!」

「あ、あぁ、はい。いただきます」


 問題無さそうだし、一口くらいなら。私は村長さんに促されて、渋々その飲み物を少しだけ飲んだ。


「ところで、あなた達は飲まないの?」

「これはお客様のおもてなし用の飲み物でしゅから!」

「なんか悪い気が……これはなんというものなんですか?」

「真実草というものでしゅ!」

「んびっ」


 あまりにヤバそうな名前の草だったので、妙な声を出してしまった。なんだその草。秘密裏に志音達の捜索をしようと思っていたのに、とんだ大誤算だ。


「なんてモン飲ませるんじゃコラ」

「早速出てきまちたね? 本性が。この飲み物を飲むと、嘘を言えなくなってしまうんでしゅ!」

「来客用って言ってるけど、単純に自分達は被害に遭いたくないだけでしょ」


 私はイライラしながら指摘したけど、村長はただニコニコしていた。とんだクソ村だ。なにがPLFだ。プリティ・ラビリンス・ファームだ。


「とんだクソ村だわ、プリズン・ロリコン・ファットマンに改名しろ」

「ひっ、ひどいっ……!」


 ひどいっ、じゃあないんだよ。そう思うならこんなもん飲ませるな。私だって思ってることをそのまま言うのは好きじゃない。大体よからぬことを考えてるから。

 こんな酷い仕打ちを受けたにも関わらず、家森さんはまあまあと村長を宥めている。聖人君子か。


「そんなに泣いたら干涸びちゃいますよ。ほら、これを飲んで」


 家森さんがカップを手渡すと、村長はそれをちびちびと口にした。そして直後に固まった。そのカップの中身が真実草だったからだ。


「ぷっ……あっははは! 乗せられて飲んでやんのー!」


 家森さんは村長を指さして盛大に笑った。正直、彼女への好感度が3億くらい上がった。急成長しているベンチャー企業なんて目じゃないくらいギュンと右肩上がりだ。何? なんなの? 好き。


「あー、ウケるー。ねぇねぇ、なんか喋ってよ? ねぇ」


 おかしいな、家森さんってペア決める時に「いじめなんてかっこ悪い」って言ってたと思ったんだけど。

 いま完全にいじめっ子の顔してるんだけど。


「き、きさまら! ゆるさんぞ!」


 いままで”ふみぃ”とか”でしゅ!”とか言ってた村長の口調が急に変わった。素はそんななのか。差が激し過ぎて怖いよ。

 そんなんでよく他人に本性を現したな的なことを言えたなアンタ。


「ちぃっ……! ふざけた真似を……! リンカ! カリン! この事は他言しないように!」

「ぴあ……村長たん、こわこわでちゅ……」

「こわぴだよぉ……」


 私達に真実草のジュースを作ってくれた二人は、ふるふると震えながら身を寄せ合っていた。おそらく双子なのであろう。お揃いのメイドのような服を着ている。

 しゃがむとスカートが汚れるよ、と指摘してあげたかったが、それどころでは無い。今にも泣き出しそうな二人に、村長は容赦せずまくし立てた。


「ばぁーか! お前ら影ではワシのことボロクソ言ってんじゃろ! 知っておるからな! あぁ!?」


 なんだろう、そこまで言われたらこいつらの本性も見たくなった。真実草を飲まされた時点で取り繕うのはほぼ不可能だ。

 なら向こうの手の内が分かるように、嘘を言えない状態にしてしまった方が得策だろう。


 私は家森さんと目配せをして、かなり強引に私のコップの残りを二人に飲ませた。酷いと思うけど、言ってしまえばこんな小動物、押さえてしまえばこっちのものだ。

 こいつら相手に腕力で負ける気がしない。


「は? 何? なんで無理やりそういうことするの?」

「ババアといい、お前らといい、マジでクソ過ぎるわ」


 もう誰だよ。

 カリンだかリンカだか分からないが、どちらかがポケットから何かを取り出して火を点けている。筒状のそれに口を付けて吸い込み、味わうようにゆっくりと煙を吐き出すと、片割れに手渡した。

 ねぇ口調はアレだけどさ、見た目は可愛いんだからさ、煙草の回し吸い現場とかあんまり見たくないんだ?

 煙たそうにしている村長を見兼ねてか、家森さんが口を開いた。


「二人とも煙草なんて吸うんだ? いや、それは別にいいんだけど、ほら、今は村長さんもいることだし、ね?」

「煙草じゃなくてマリファナだけど?」

「なお悪いわ」


 可愛い見た目でマリファナ吸うな。っていうかこの子達にマリファナ売りつけてるの誰だよ。黙って見守るつもりだったが、この状況で何も言わないのは皮膚を剥がれるくらいに辛かった。


「村長さん、私達、人を探しに来たんです。知りませんか? 大人しそうな子と、人間っぽい顔した顔のゴリラです」

「自分の相方にそれはさすがに言い過ぎだと思うよ……」

「でも……」

「人間っぽい顔のゴリラということは結論から言えばゴリラでしょ?

 せめてゴリラっぽい人間にしておかないと」


 よくわからない指摘を受けたが、とりあえず素直に聞き入れて村長に確認することにした。


「ごめんなさい、人間っぽいゴリラ、ではなく、ゴリラっぽい人間の間違いでした」

「主らと同じ服を着た娘か?」

「そうですそうです!」


 ビンゴだ。

 初めての人間はまず村長宅へ、と聞かされたので、何かしらの事情は知っていると踏んでいたが、こうも上手くいくとは思っていなかった。


「あの二人なら牢獄にいるぞい」

「牢獄!?」


 私達は声をハモらせて驚いた。確かに志音の目つきは堅気のそれとは言えない。しかしこの村で面倒を起こすようなヤツにも思えなかった。

 いや、それよりも井森さんだ。彼女のような清廉な女性が何故。あんなにいい子そうなのに。というか実際いい子なのに。もしかして……腹黒い生き物が多いこの村では、心の綺麗な人間は牢屋に入れられてしまうということ?

 いやそれはおかしいか。そうすると、今度は志音が投獄される理由が無くなる。謎は深まるばかりだった。

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