第59話 なお、掴み合ってるうちに爪は剥がれるとする


 前回のあらすじ。

 暴行は嘘だったけど、井森さんがここの子達に手を出しまくってるのは事実で、志音は柄が悪いせいで巻き込まれてしまった、実質唯一の被害者でした。以上。


 この流れを実際に目の当たりにしていないと誰も信じないような話だ。特にクラスの男子達には受け入れ難い事実だろう。井森さんは胸も大きいし、おしとやかだし、誰にでも優しいし、美人だし、勉強もできる。

 否の打ち所が無いような人なのだ。男女問わず、かなりの人気らしい。それがこんなクソビッ……性に奔放な人だったとは。私の呆れや動揺を知ってか知らずか、井森さんはマイペースに話を始めた。


「このあと、空いてる?」

「は、はい……!」


 この期に及んでまだ口説くか。あんまりこういうことを言いたくないけど、さっきまで泣いていた筈の子がもうメスの顔をしている。

 大人って汚くて怖いな……同い年だけど。あの証人の子に至っては年下な気もするけど。でもほら、あの子達は大人なんだよ。


「ちょーっと待ったー!」

「あたしらまだ証言すらしてないんですけど!?」

「っていうか勝手に井森さんと約束取り付けてんじゃねーよ!」

「でも、今のは井森さんから……!」


 証人の為に控えていた子達まで出てきて、口論が始まった。おそらく、あの子達はグルで志音に乱暴されたと主張していたのだろう。

 そして本当はみんな井森さんと、その、体の関係を持った子達なのだろう。あの席には5人の女の子がいた。

 6日目で捕まっててこれって、もう一日一人のペースでおとしてるよね。なに? なんなの? ジゴロなの?


 女の子達は井森さんそっちのけで、誰がアフターをキメるかでキャットファイトを繰り広げている。引っ掻く、髪を引っ張る、罵声を浴びせる。

 可愛らしいこの村の村人として、有り得ない行為ばかりだった。しまいには拳まで飛び出す始末だ。


 中央の床には、生々しい血痕が付着している。鼻血を出している子がいるので、おそらくあの子の血だろう。


「顔殴るとか有り得ないんですけど?」


 だはだばと鼻血を出しながら、その子が語気を強めた。直後に殴った相手を睨みつけながら、ペッと血を吐き捨てる。


 不良マンガみたいな所作やめて。もちろん、こんな光景を見せられている傍聴席も無事ではなかった。

 怖いと泣き出す子、一目散に建物から逃げ出す子、誰かに助けを求める子。集団過呼吸とかが起こっても何ら不自然ではない、地獄絵図だ。

 誰も裁判をしていたことなんて、きっともう覚えていない。


「み、みんな! け、けんかはやめるでぇ〜す!」


 見兼ねた虎耳の少女が5人の喧嘩の仲裁に走ったが、当然吹っ飛ばされる。そこまでで終わりにしておけばいいものを、一人が仲裁に入った子にキツい一言をお見舞いする。


「カンケーねーだろ! すっこんでろ!」

「……ふ、ふぇえん!!」

「泣き真似ですか? はいはい可愛い可愛い。気が済んだらあっちに行って下さいね? 邪魔なんで」


 井森さんを奪い合う女達が怖過ぎる。もうこれどうすんだよ。

 動けずに固まっていると、家森さんが突然立ち上がった。


 仲裁しただけなのに、吹っ飛ばされて泣かされてしまった子の肩を抱きながら、水筒に入った何かを飲ませている。中身は知らない。

 でも大体分かるから別にいい。私に分かることは、この嵐がより激しくなるということだけだ。


 家森さんに介抱されていた虎耳の女の子はゆらりと立ち上がる。眉をハの字にして、眉間に富士山を作りながら、極めて明るい声でこう言った。


「お股並びに頭のネジゆるゆるちゃん達〜? マジでうぜぇから外でやれよ。殺ってもヤッてもいいから、とりま出てけ。な?」


 だからなんでこの子達はこんなに口が悪いんだよ。私も大概だと思ってたけど、この村の中じゃ割と上品な方な気がする。

 しかし、その後の聞き捨てならない言葉に、私は身を固くした。


「どーせ死ぬんだからさ」


 純潔の証を失った者は死ぬ、ということだろうか。家森さんも彼女の言葉の意味を考えているようだ。


 とりあえずこの混乱に乗じて二人を解放すべきだ。こっそりと建物中央部から離れていた二人と合流して、手足の縄を解いてあげた。


「札井……すげぇ久々だな」

「私はそんなでもないけどね。昨日会ったばっかだし」

「はぁ?」

「まぁまぁ。説明はあとにしよ。とりあえず4人で落ち着けるところに移動しないと」


 家森さんに促されて建物の外へと走った。キャットファイトが始まる前から、うるさいとは思っていたが、その正体がこれだったとは。

 建物の出入り口の近くは広場のようになっていたはずだが、今はそこに大きな風車が鎮座していた。もう意味が分からない。

 中の喧嘩、外の風車小屋。村人は悲鳴をあげながら逃げ惑っている。


 風車は狂ったように回っていた。このまま何処かへ飛び立とうとしているのではないかと思える程に。壊れてしまわないのが不思議に思える程に。周囲の草木を巻き上げ、激しく回転していた。


 そういえばここに入る時も、風車は回っていた気がする。その光景を少し不気味に感じたことを思い出した。


 目の前のそれはもう不気味なんてレベルではない。志音は肩を鳴らしながら、待ちくたびれたという顔をしている。手にしているのは棒だった。棒って。


「あんた、中距離カバー要員として呼ばれたんだからブーメラン呼び出しなさいよ」

「断言するけど、そんなもん呼び出したら風で吹き飛ばされておしまいだからな」


 まぁ一理ある。だからって棒もどうかと思うけど。


「やっと正体現したねー!」


 家森さんと井森さんはそれぞれ大きな刀を持っていた。見た事がある、大太刀と呼ばれる武器だ。あんまり詳しくないけど、元々馬に乗った人が使う武器だったと思う。

 かなり重そうだ。もしかしたら多少、扱いやすい感じで軽めにイメージして呼び出してるのかも。


「お前ら……コろす……! 許さない……!」


 何処かから声が聞こえる。恨めしそうな声色に少し鳥肌が立った。


「オイこいつめっちゃ怒ってるぞ」

「あはは、私と札井さんは何もしてないからねー?」

「あたしもしてねーよ!」


 声は風車から発せられたように聞こえた。やっぱりコイツが本体か。


「ねぇアンタ、喋れるの?」


 ダメ元で回り続ける風車に話しかけると、風車がぴたりと止まった。急に静かになって、私達は辺りを警戒する。しかしそれは無意味だった。


「バカにするなー!! ボキはシャベれるんだぞ!」

「あーごめんごめん!」


 何故かバグに対して謝ってしまったが、これではっきりした。この村にはやはりバグが存在したのだ。そしてそいつは今、正体を現した。


 倒してしまう前にいくつか確認しておかなければいけないことがある。暴れたくてうずうずしている志音の耳を引っ張って、制止をかけながら私はバグと対話した。


「聞きたいんだけど、ここの村長達ってあなたの一部?」

「ボキはボキだよ!」


 ちょっと意味が分からない。どちらとも取れるような返答だ。もしかして、混乱させるのが目的なんだろうか。全く別の質問をぶつけて様子をみることにしてみた。


「この村から出られないようにしていたのはあなた?」

「可愛い子は、かんげい!」


 は? つまりこの村に入れた時点で可愛い認定されてるってこと? つまりこいつは私のことを”可愛い”と判断したということ? そんなに悪いバグでも無いし、別に放置しておいても構わないのでは?


「札井、お前、考えてることが顔に出過ぎだ」

「うっ」

「忘れてるかもしれないけど、コイツ、あたしのことも村に入れたんだぞ」

「は!」


 そうだった。こいつが可愛いんだったら、家森さんが抹茶ココアラテに入れた生き物だって可愛いことになる。許せない、虫扱いしたな。

 私は怒りで闘志を漲らせ、風車を睨みつけた。

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