第60話 なお、ある種最強とする


「ボキの理想卿を……こんな風にして!!」


 バグは声を荒げた。表情は窺えないけど、明らかに怒っている。


「理想卿ということは、あなたがここを作ったの?」

「そうだよ! ふさわしい子を招いて! ボキはみんなが幸せに暮らせば、それで幸せ!」


 嘘はついていないようだ。つまり、私達もこいつのエサとして誘き寄せられた、ということか。まぁこのまま食われてやるつもりはないんだけど。


 村人がこの風車から避けるように走り去る中、こちらに駆け寄る人影が見えた。目をこらして見ると、マリファナ姉妹とクソ村長だった。


「げー。マジじゃん」

「あたしらどーすんの? これ」

「これも運命じゃ。どの道こんなこと、長くは続かなかったじゃろうて」


 待って。三人は納得したような顔してるけど、私達何も知らないから。ちゃんと解説して、ねぇ。


「まーさ、私的には解決できちゃえばなんでもいいんだけどさ。話したいって言うなら聞くよ?」


 心からどうでも良さそうに、しかし明るく家森さんは言い放った。その横で井森さんはクスクスと笑っている。

 あぁ、やっぱりこの二人はセットでいるべきだ。私はうんうんと頷いた。


「ここはボキの大切な場所! なのにどうして!」

「あなたはさっき、可愛い子は歓迎と言っていたよね? だけど、明らかに年齢も加味して村を訪れる人間を厳選していたように感じるの。それについてはどうかな?」

「女の子は若ければ若い程いいんだ!」


 なんだ、ただのロリコンゴミ野郎か。若ければいいと言っても限度があるでしょうが。


「なるほどねー。この村には小さな子もいたけど、もしかしてあの子達もあなたの趣味?」

「ボキの趣味? それは違う! 標準的な男の趣味!」


 はい紛う事無きカスロリコン。とりあえずコイツが自覚の無い、クソ野郎だということは分かった。この村には私の胸くらいの背丈の子供だって居たのに。恐ろし過ぎる。


「村から出られないように働きかけておったのは、その風車じゃ。ワシらは風神様と呼んでおる」

「風神の風評被害ヤバくない?」

「私もそれ思った、風神可哀想」

「風神様は説明が苦手でおられるようじゃ。ここは一つ、ワシが話そう」


 こちらとしても是非そうしていただけるとありがたい。私達は村長の話に耳を傾けた。


「この村の人間は少しずつじゃが増えておる。何故だかわかるか?」

「子供が生まれてるんじゃねーの?」

「よく見てみぃ、この村には女しかおらん」

「あぁ、そういえばそうか……」


 あの風車がボキの理想卿とか言ってたし、男はいらないということなんだろうなぁ……。ドン引きしながらも、どこか納得してしまった。


「人間が風神様の風車で一晩過ごすと、村人に生まれ変わることができるのじゃ。記憶はまっさらの状態でな」

「え、めっちゃ怖い」


 記憶を改ざんする。それがこのバグの能力なのか。いや、小学生くらいの子も数名見た。しかし、その年齢の子がこちらにダイブしてくるとは考えにくい。

 おそらくは記憶の他に、年齢も操作できるのだ。村人に生まれ変わるという言い回しから推察するに、動物の耳や尻尾もそのときに生やされるのだろう。


「この村はワシとカリン達の3人だけじゃった。それがここまで増えたんじゃよ」

「……行方不明者って、もしかして」

「あー……」


 私達の任務はあくまで特定座標の調査だったので、不明者の顔写真までは確認しなかった。きっとこの調査が済めば、捜索の任務を受けたデバッカーが不明者リストを確認してからここを訪れることになるだろうけど。


「ある日、風車で寝泊まりするのが嫌だと言い出した者が現れたのじゃ。急で寝床が無いと言うと、大体の者は了承してくれたんじゃがの」

「でもこの村に来るのってみんな私達と同じ歳の子でしょ? 怖がる子もいると思うなー」

「しかし、外から来た者には、なんとしても風車で一晩過ごさせなければならない。それが風神様の言いつけじゃったからの。そしてワシらはこの村の至るところに生えている真実草に目をつけたのじゃ」


 真実草を飲まされた人は面白いくらいに”難癖をつけやすくなった”という。「ぶりっ子ばかりで気持ち悪い」と言って、暴言を吐いたとしてしょっぴかれた子もいるらしい。

 そして”反省してもらう為”と風車に閉じ込めた。要するに風車に閉じ込める口実を作るのに、真実草はうってつけだったということだ。


 結局、真実草ってなんなんだろう。村長からはすっきりしない答えが返ってきた。


「分からぬ。気付いたら生えておったのじゃ。少しずつ数が増えたせいで、最初は雑草だと思っていたがの」

「村人の数に比例して増えたってことか?」

「そう考えたことは無かったが、言われてみれば……そうかもしれんな」


 この村の成り立ち、いなくなった子達の行方についてはわかった。真実草についてはわからないままだけど、いま追求しても仕方がないし良しとしよう。で、結局この風神様とやらは何が気に食わないというのだ。


「風神様は自分の理想卿を穢されたことにお怒りなのじゃ。純潔の証を奪われたこと、可愛い村人達の醜い争いを見せられたこと、関係の無い村人を不安にさせたこと、全てにな」

「あー、わかった」

「家森さん? どうしたの?」

「この村の名前だよ。ファームって、牧場って意味だよね? このバグからすれば、ここの女の子達は家畜みたいなものだったんだなぁって」


 志音は完全に軽蔑した目で風車を睨んでいた。誰だって真相が分かれば、嫌悪感しか抱かないであろう。村唯一の男としてハーレムを築かなかった点だけは評価できるが、無機物になって女の子を眺めていたいとは、とんだ変態趣味だ。

 そういえば、中学の頃の同級生に「壁になって推しを眺めたい」とか言ってた子がいたっけ。


「しかし、村長として村を見守っていくうちに、ワシはこの村の在り方に疑問を覚え始めた」

「村長はマジで苦労してんだよ。あたしらをこき使って腹立つけど、そこだけはマジ同情してる」

「この村を作ったのは風神様かもしんないけど、村を維持してんのは村長だよね」

「それな」


 双子が言い終わると、風車は再び激しく回転を始めた。目に土煙が入りそうだし、ウザいから止めてほしい。


「ボキに口答えをするなんて! それもこれも全部お前らのせいだ!」

「そうかなー? 君が彼女達の本音を真実草に封印しちゃっただけなんじゃないの? だから草を飲まされたこの子達は」

「うるさーい!!」


 真実草に、封印……? 家森さんは確かにそう言った。


「そうとしか思えないじゃん? 都合の悪いことはぜーんぶ彼女達から切り離して草にしちゃったとしたら、辻褄が合うと思うけど。どうなの?」

「うるさいうるさいうるさい!」

「それを訪れる人間に飲ませてたって考えると、なんかエグいね……」


 なんだか嫌なものを飲まされた気がする。考えようによっては、私達は他人の本音の結晶を摂取してしまったのだ。


「村人を守る為には仕方無かったのじゃ。風車が回らないと穀物を挽くことはできぬ。元々は風神様が作った土地じゃ。作物だって今まで通り育つとは限らぬ。一度村人として迎えたからには、彼女達の生活を守る義務がワシにはある。無実の旅人を罪人に仕立て上げることには心が傷んだが、風神様に逆らう訳にはいかなかったのじゃ」

「何がすげぇって今回、無実とは言い切れない奴が出てきたことだよな」


 志音は井森さんをちらりと見ながらそう言ったが、本人はあまり気にしていないようだ。家森さんは「言えてるー」と同意しながら笑っていた。


「村人には純潔の証が与えられる。胸元の刻印なんじゃが、失った者は村から追い出される決まりなのじゃ」

「追い出されたら……どうなるの?」

「分からぬ。おそらくは、記憶も元に戻らず、村に帰ることも出来ず、そのまま朽ちるじゃろうて」

「なんで分からねぇんだよ」

「純潔の証を失った者が出たのが始めてじゃったんじゃ」


 井森さんはなるほど〜と軽い調子で頷いている。いやアンタのせいだよ。


「許せないよね! ここはボキの理想卿なんだよ! みんな若くて穢れを知らない! ふわふわで可愛い毎日を送ってるんだ! 汚い女共とは違ってね!」


 このバグの発言にとんでもない嫌悪感を感じる。なんだろう、とにかく気持ち悪い。処女厨きめぇ、ということだろうか。こんなステレオタイプには初めて出会ったけど。


「ボキの目を盗んで、女の子達に、手を出すなんて!」


 風車は時折パーツの一部を吹っ飛ばしながらも回り続けている。風神の怒りに比例して回転は激しくなるらしい。しかし、そんなことで怯むような井森さんではなかった。


「あなたがあんなに可愛い子達を集めてくれたんだよね」

「そ、そうだ! それをお前が!!」

「ありがとう。ごちそうさま」


 そう言って井森さんは風神をあざ笑った。私と志音は絶句した。ここ数日の情事を思い出しているのか、その瞳は淫靡に濡れている。


 井森さんぱねぇ。

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