第61話 なお、ピーバンとする
かなり内気っぽい性格の風神だったが、井森さんの挑発に、遂に堪忍袋の緒が切れたようだ。奇声が聞こえたと思った次の瞬間には、彼女達目掛けてトルネードのような風が吹いた。
「っと」
「なるほどねー」
鞘に納まった大太刀を、棒高飛びの要領で地面に突き、風を飛び越える。さすが実質一位のペアだ。当然だが、アームズの扱いに慣れている。
「志音、なんか出せないの?」
「探索の時にバイクを呼び出してるから、あたしは枠に空きが無いんだよ」
「井森さん、扇とかどう? 前に大きな鉄扇をイメージしてるって言ってたよね?」
家森さんの提案に私達は湧いた。しかし、井森さんはその提案を秒で断る。
「私も枠は埋まっちゃってて……」
「はぁ? なんでだよ、呼び出したのはその大太刀だけだろ?」
「あんなに可愛く入れてってねだられたらペニ」
「あー! はいはい! はい! 分かった分かった!」
私は慌てて井森さんの言葉に被せて喋った。あまりこういう話題には敏感ではないが、今のは絶対に止めなければいけないという強い使命感が私をそうさせた。
言わせてしまったら世界が真っ暗になるような気配がしたとしか言いようが無い。
制止することに必死だったけど、よく考えたら任務中に2つしかないアームズの枠の1つを性具に使うって、かなり頭おかしいな。
ピンチになったら「私があの時ペニピーを呼び出してさえいなければ」とか後悔するんでしょ。そんな後悔しながら死ぬって、考え得る限り最悪の最期だわ。
ちなみに私はまきびしをとりあえず自重している。風で飛ばされて自分達に刺さる未来しか見えないからだ。みんなもそれが分かっているのか、私になんとかしろとは言わない。
「先に先生から預かったやつ、呼び出してみようか?」
「やるしかないねー」
「でも家森は枠が」
「私と札井さんは枠が3つあるんだよ。二人がいなくなったことを先生が重く受け止めた結果だね」
バグを見つけたら呼び出せと先生に言われていたんだ。私達の為に尽力してくれた先生の言いつけを破る訳にはいかない。家森さんは鞄からカードを取り出すとアームズを呼び出した。
すると、彼女の手元に、笛のようなものが現れた。カードの一部がピカピカと点滅している。そういえばプログラムが記憶されてるって言ってたっけ。
「プログラムも流れたみたいだし、あとはこれを吹くだけだねー」
「させるかぁー!」
絶叫が聞こえたかと思ったら、風車小屋の壁の一部が剥がれ、豪速で飛ぶ。地面と水平に、最短距離を高速で移動する先にいたのは、家森さんだった。
顔面を狙うそれは、彼女の眼前で真っ二つになって地面に突き刺さる。絶叫に気付いたこと、攻撃を察知したこと、そしてそれが何者かによって阻まれたこと、それを私はほぼ同時に知覚した。反応できるワケがない。
アームズに気を取られてたとは言え、家森さん自身も全く反応できていなかったし、あの志音ですら、棒を持ち直す間に全てが終わっていた。
家森さんの隣には、井森さんが抜刀して微笑んでいる。どうやら壁は彼女が叩き斬ったようだ。
「こういう時は待つのがマナーだと思うの。だからモテないのよ」
「ぐぞぉぉ!!! お前が! お前がぁ!!!」
この挑発で標的が完全に井森さんへと切り替わった。おそらくは天然ではなく、わざとだろう。というか、そうだと思いたい。隙を見て、家森さんは目一杯、笛を吹く。
うん、吹いたと思う。
多分。
「あれー……?」
「音、しなかったな」
「うん……」
吹き方が悪かったのかもしれない。家森さんは何度も笛に息を吹き込んだ。
「聞こえてる! 聞こえてるから! やめてね!」
振り向くと、そこにはラーフルがいた。首周りの腕で両耳を塞いでいる。
あの笛はラーフルを呼び出す為の笛だったようだ。そういうことなら話は早い。
「やぁ! 志音! 札井!」
「私だけ名字で呼ぶの悲しいから止めて。早速で悪いんだけど、あいつ、やっつけられる?」
風車を指さすと、ラーフルは視線をそちらに向けた。しばらくバグを見つめ、私の言葉の意味を理解したのだろう。
きょとんとした愛くるしいペットのような顔付きが、一気に獣のそれとなった。牙をむき出しにして唸っている。あまりの変わりように、私は一瞬たじろいだ。大丈夫、今回は漏らしてない。
「お前が、優人を、あんなに追いつめたのか!」
きっと、志音達を捜索している時の先生のことを思い出したのだろう。ラーフルとあの一帯を何度も飛び回ったと聞いた。それを思うと、彼の怒りも尤もだと思える。
「なっ! オスがボキの聖域に立ち入るなぁ!」
ラーフルに飛ばされたのは壁ではなく、風車の羽根の一部だった。攻撃の要となるパーツを飛ばす程に、バグはご乱心のようだ。自分以外のオスがこの場に存在することが余程気に食わないと見える。
ただの壁ですら地面を割るあの威力だ。当たれば大抵の物は鉈のように叩き斬られるであろう。そうなれば、致命傷は免れない。
しかしラーフルは地を蹴って、一直線にバグに向かった。腕を振り下し、飛来した風車の羽根を叩くと、その勢いのまま一回転して着地する。
まるで華麗な前宙を見ているようだった。一瞬遅れて、彼の動作を演出するようにキラキラと舞うそれが、粉砕された羽根であることに気付く。ぱらぱらと乾いた音を立てて、それらは完全に塵となった。
「羽根はあと3枚か。全部同じように砕いたらいい?」
「くっ……ああぁぁぁ!」
怒りと怒りがぶつかり合う光景に、私はただ息を飲んだ。片方のそれはあまりにも馬鹿げていて気味の悪いものだったけど。
バグが雄叫びをあげると、遠くから何かが飛んできた。同じ形の風車小屋だ。1、2、3、たくさん。
私はどこぞの部族の如く、3から先を数えることを放棄した。
「ボキがいつ! 一つだと言った! 村中の風車は! 全部ボキだ!」
「なにそれキモい」
気持ち悪過ぎるわ。どこに居ても風車が視界に入る村だとは思ってたけど、こちらから見えていたということは、向こうからも見えていたということ。
つまりこいつは普段から村人を……誰かこいつを逮捕しろ。
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