第127話 なお、どうする?とする
今日は大変な日だった。辺りはとっくに暗くなっている。集落に戻っても、みんな寝てるんじゃないかと思ったけど、夜行性の者も多いらしく、結構な数のアームズが起きているようだった。所々に設置されているたいまつが集落の入り口を仄かに照らしている。
中央の広場からざわめきが聞こえる。その中心にいたのはキキとエンジンだった。彼らは私達の姿を確認すると、急いで駆け寄った。
「聞いてくれ! 寝てたヤツらが目を覚ましたんだ!」
「ホント!?」
そりゃめでたい。志音達も、エンジンの言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「夢幻達、遅いから心配したんだぞ!」
「うん、エンジンと灯り代わりになってくれるキキが先に帰っちゃったからね」
「あ……ごめん……」
「あーしもそれ大丈夫なのかって思ってたわー」
キキは笑っている。笑ってる場合じゃあないんだよ。
遭難するところだったんですけど? 大丈夫なのかと思ってたなら迎えに来い。
私は、本日何度目になるか分からない、小鳥を生で食したい衝動を抑えながらキキを見た。
「ま、無事に帰ってこれたんだし、倒れたみんなも無事だったんだし、結果オーライじゃん!?」
あまり深く追求しても意味がなさそうなので、もうそういうことにしておいた。そして、アームズが起きたという事実を、やっと受け止めることができた。
やったじゃん。しかし、そうなると気になるのはラーフルである。私達は元々、彼を救う為にここに来たのだから。
「ラーフルも、呼び出しに応えるようになってるといいな」
「うん。早く戻らないとね」
私の心中を察したのか、志音が話しかけてきた。確認の為、戻らなければ。アーノルド、エンジン、キキ。ここで仲良くなったアームズ達との別れは名残惜しいけど、私達には私達の世界がある。立ち止まってはいられない。
そんなことを考えながら周囲を見渡すと、明らかに場違いな生物の存在に気付いた。
「ね、ねぇ、知恵……あそこに、いるの……」
「お、おう……アレ、チワワだよな……?」
そう、チワワが居た。大きな耳、潤んだ瞳、小さな白い体。少し離れたところで、おすわりをしているのは紛うことなき犬、チワワだった。
集落のみんなのお礼に律儀に返事をしながら、私達はそのチワワの元へと向かう。
「ここであたしよりも小さい生き物なんて、珍しいな」
知恵が笑いながらチワワに抱きつく。彼もアームズなんだろうけど、完全に普通の犬に触れるようなテンションだ。ちょっとハラハラした気持ちで眺めつつ、あのチワワが短気じゃないことを祈ってみる。
「よくやってくれた、4人とも。本当にありがとう」
低くて威圧的にも聞こえる声が響く。この声は……鬼瓦先生だ。彼がどこかにいる。みんなで周囲を見渡しても、それらしき人影は見えない。え……。
「せん、せい……?」
「あぁ。粋先生から、お前達がやってくれたと聞いてな、早速試してみたんだ」
たっぷりと間を置いて、先生は続けた。
「ラーフルは俺の呼び出しに応えてくれた」
「……なっ」
「……や、や、やったぁーー!」
私達は喜びを爆発させた。
知恵なんか先生に抱きついたまま締め付けている。死ぬから、やめてあげて。死ぬって。
振り返ると、菜華が恨めしそうな目でその光景を睨んでいる。だからやめてあげて、先生を何種類の死の脅威に晒せば気が済むんだよ。
正直言うと、なんで先生が私の6億万倍くらい可愛い生物に変身してるんだよ、とか、そういう気持ちも無くはない。だけど、今は置いとこうと思う。
喜びを分かち合っていると、そこにアーノルドが現れた。神妙な面持ちで、私達の名を呼ぶ。目を覚ましたアームズ達を囲み、皆が声を掛け合う中、私達はこっそりとアーノルドの後ろについていった。
通されたのはアーノルドの家だ。石が詰まれた陣地の四つ角には、たいまつで火が灯っていた。
「今日はありがとう」
「いいえ。おかげ様でラーフルも無事に召還できるようになったみたいだし、こちらこそありがとうございました」
アーノルドは深々と頭を下げた。私とエンジンは、山の頂で起こったことを彼に説明する。光ったという話をすると、アーノルドはわずかに目を細めた。
「やはり、変わらないのだなぁ……」
「どういうことだ? アーノルド」
「あのほこらは大体一日に一度くらいの頻度で、激しく光るのだ。昔は当番で見回りをしていたが、その立地もさることながら、眩しさのせいでアームズに敬遠されてきたのだ」
「あれが毎日かよ」
「地獄だな」
あのほこらが廃れていった理由が分かった気がする。掃除すらしなくなったのは、アーノルドの思惑だが、当番制の見回りから、たまの掃除のみになったのは間違いなく、あのほこらの鬱陶しさが原因だと思う。
「そして、夢幻達がほこらの様子を見に行っている間、私はアームズの終焉について、再び考え直した」
おそらくはここからが話の本題。それは私達のような小娘が軽々しく口出しできない、難しい問題だ。彼はこの短い間にどんなことを考えたのだろうか。
私の後ろに立っているチワワだけは話についてこれないだろうが、生体アームズの現役主人である彼ならば、どんな話か、すぐに理解が及ぶだろう。
「考えても考えても答えは出ない。しかし、先ほどのエンジンの申し出により、道が開けたのだ」
「エンジンの申し出……?」
彼は終焉について、何か語っていただろうか。いや、そんなことは無かった。彼は一体何を言ったのだろう。私達は目を見合わせたが、心当たりがありそうな素振りを見せる者は一人も居なかった。
「エンジンは」
「アーノルド。直接、オレから言わせてくれ」
「……わかった」
エンジンは私達の前に立つと、こう宣言した。
「オレを、アームズとして使ってほしい」
突然の申し出に、みんな言葉を失った。私? 私はまきびし以外のいい感じのアームズが出来て嬉しいとか、そんなことを考えていた。しかし、私のこの妄想は即座に打ち砕かれることとなる。
「知恵」
「あ、あたし!?」
っっっっっっっは〜〜〜〜???
今回、乙さんったら人の背中にへばりついて楽しまくった挙げ句崖から落下してアツアツスライムに覆い被さって広範囲に渡って火傷っていう活躍しかしてないんですけど????
「何故、知恵?」
「……えっと」
なんか娘の彼氏を見るような目をしてるヤバいヤツがいる。しかし、知恵のアームズになりたいというなら、この女は必ずクリアしなければいけない課題だろう。それに、私も何故エンジンが知恵を選んだのか、理由は知りたい。
「仲良くなれると思ったんだ」
「は、はあ?」
照れているのか、知恵は何とも言えない顔をしてエンジンを睨んだ。
彼はなかなか勘がいい。知恵は私達の中で一番の動物好きである。私が見ても、二人は上手くいくと思う。
しかし、それを菜華に言うのはどうだろう。彼女は過去にラーフルにすら妬いている。知恵が自分のアームズを持つとなれば、さらにそのアームズが”仲良く”したがっていると知れば、反対するのではなかろうか。
「……そう」
「あぁ! 駄目かな」
「私達の事については、どう思う?」
「菜華と知恵? お似合いだよな!」
「知恵、受け入れましょう」
ブレなさ過ぎて怖いんですけど、この人。
とりあえず最大の難関をクリアしたエンジンに、心の中で拍手を送ることにした。知恵が羨ましい気持ちが無いと言えば嘘になる。しかし、”仲良くできそう”等という、可愛い理由を述べられてしまえば、もう口出し出来ない。私と志音は、目が合うとなんとなく笑ってしまった。
そんな中、一人浮かない顔の鬼瓦先生は、可愛い顔で地面を睨んでいた。
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