第126.5話 ミヤベの日誌

 8月9日

 バーチャル空間に初めて降り立つ。実際にその地に立ってみて、鳥肌が立った。同僚から”リアルと区別がつかない”等と聞いていたが、これ程までとは。

 私は生まれて初めて、武者震いというものをこの身で体験した。バーチャル対策本部、調査部隊 ミヤベ班。これまで我々はリアルからバーチャル世界の様々な検証を行ってきたが、本日初めて試験的に調査員がバーチャルに直接降り立つこととなった。

 私が担当として割り振られた地区については、一切の妥協を許さない。班員の選定をし、調査方法を綿密に打ち合わせなければいけない。明日に備えて早めに寝るとしよう。仕事熱心な私といえど、つまらないミスをして、盆休みにまで、仕事を持ち込むことはできるだけ避けたい。


 8月18日

 少々難航した調査方法だが、まずは担当座標内をくまなく写真と映像に収めることにした。これは担当区画があまりにも広大であった為である。映像を分析し、特に深く調査したいところを重点的に調べる手法を取ることで、しらみ潰しに調査するよりも効率的に調査を進めることができる。

 というより、できるなら元々この方法を取りたかった。難航していたのは、座標内を映像に収める装置の手配が出来なかったからだ。しかし、調査員にも一つ、アームズの枠を与えられる事になり、なんとか実現にこぎ着けたのである。


 8月20日

 小型調査機が完成する。無駄な人員は割けないので、機械は完全に無人である。我々ミヤベ班は私を含め五名。超小型EV程の大きさの機体に、私達の理想を全て詰め込んだと言っても過言ではない。調査機に求める条件をそれぞれ担当して膨らませ、必要な機能を盛り込んだパーツを呼び出すことにしたのだ。

 これはアームズを呼び出した事の無い我々の不慣れさをカバーする処置である。おそらく、一人が調査機の全てをイメージしても、上手くいかない可能性が高いだろう。当面は危険エリアに足を踏み入れる事は無いので、分担してイメージすることになった。

 草刈が機体を、木村がバーチャルからリアルと我々の端末に画像を送る映像機器を、花輪が情報の発信装置を、菊田が行き先決定の装置をイメージした。それぞれがかなり複雑なイメージを必要とするもので、各自の専門分野を受け持たせることにしたのだ。

 私は枠を使用しない。いわば予備である。何か不測の事態が起こった際の予備。私の枠が使用されないに越したことはないが、実際の運用は明日から。まだ油断はできない。いまはただ、この厄介な調査の叩き台がなんとか完成したことを、素直に喜ぼうと思う。


8月21日

 本格的な調査を開始することになった。状況は芳しくない。調査機にはかなりの距離を走ってもらうことになる。その距離は一日数百キロに及ぶ。しかし、我々の機体は調査開始から二時間後にガス欠を起こしてしまった。これでは実用するには厳しい。

 花輪の作った発信装置から送られる座標がある一点から動かないことを受け、我々は調査機の元へと向かった。見ると、映像の送信には成功しており、無事に調査機に辿り着けた点を考慮すると、位置情報の送信にも問題はないと考えていい。

 こちらが指定したルートから少し逸れていたが、それは悪路が原因だろうと草刈は話す。足回りをタイヤからキャタピラにすることで、これを解決できないか試すことにした。

 つまりは、機動力の問題の一端は解決しつつある、ということだ。キャタピラにすると、燃料の消耗が激しくなる可能性もあるらしく、この問題は更に我々に重くのしかかっている。足回りの変更もかなり複雑である為、草刈にはこちらに専念してもらう。エンジンの担当は私だ。


8月23日

 私は行き詰まっていた。あれから、四六時中エンジンのことを考えていた。困り果てた私は、旧友の小路須を訪ねた。調査本部から特定のエリアの殲滅依頼を受けていた彼は、ちょうどこの施設の中に居たのである。

 相談すると、全て聞き終わったあと、彼は豪快に笑った。そして、彼は意外なことを口にしたのだ。

 彼は言った。すげー、と。その言葉の意味をすぐには理解できなかったが、彼曰く、デバッカー達はそこまで深く考えてアームズの呼び出しをしていないらしい。スペシャリストである彼らがそんな大雑把なイメージでアームズを呼び出しているとは知らなかったので、かなり驚かされた。

 考えるべきは色や形状ではなく、ただ要求するスペックのみでいい。彼はそう言うが、果たしてそんなことがあるだろうか。イメージされていない部分は適当に補完されることは知っているが……。


8月24日

 今日は珍しく班員と飲んできた。やっとスタートラインに立っただけだというのに。私達の喜びようは異様だったと思う。しかし、やっと実用性のある機体が完成したのだ。今日くらい浮かれてもいいだろう。それほどの、会心の出来であった。

 詰め込めるだけの、実現不可能そうな理想、言ってしまえば絵空事をイメージした。機体の中に呼び出されたものを見てはいないが、なんとそれは理想通りに機能したのだ。これには驚いた。一日の調査を試運転とし、問題なく機体がロッジに帰還した時は、私はもちろん、班員全員が歓声をあげた。

 飲み過ぎたようだ、酔いが回っている。今日は久々に、よく眠れそうだ。


9月1日

 私達の調査は順調だった。私がぶつけた無茶なイメージが、本当に具現化されたのだと痛感させられる。キャタピラをものともせず速く動けること、燃料を必要とせず半永久的に動くこと、動作音がしないこと。これらをイメージしてエンジンを呼び出したのだ。動作音の条件については、万が一の時にバグに見つからないようにする為だ。壊されてはたまったものではない。

 あのエンジンは完璧だ。今度、小路須に会ったらおかげ様でいいものが作れたと礼を言うつもりだ。


9月19日

 近頃、我々が他の調査班の噂になっているらしい。破竹の勢いで調査を進めている班がある、と。他の班の進捗報告を読んでも、我々ほど多くの範囲を調査済みにしている班は他に無い。

 あの座標周辺の予定調査期間はあと半年。来年の春頃までとされている。しかし、桜を見る前に、我々は次の任務に移っているかもしれない。


10月13日

 リアルは寒くなってきた。バーチャルではリアルの季節は反映されないので、あちらでは我々の服装に変化は無い。気温に変化があったならば、調査機に新たな問題が起こっていた可能性が高い。そう考えると、バーチャル世界というものの在り方に、感謝の気持ちすら芽生える。


11月16日

 上からの指名を受け、我々ミヤベ班は、来年から別の任務を与えられた。デッドラインの外、ロッジの建設されていない、危険区域の調査をすることとなったのだ。桜どころか、雪すら見る前に、あの区画を後にすることになるかもしれない。

 不安はある、しかし名誉なことだ。


11月20日

 班員が見ていないところで、エンジンにお礼を言ってしまった。コイツが無ければ私の昇進も、班の抜擢もなかった。そう思うと、自然と感謝の言葉が出てきたのだ。ありがとう、機体に触れ、ただそう言った。これからもこの機体と仕事に邁進したい。


12月11日

 昼過ぎ、機体を囲んでデータの確認をしていると、部長が激励に来てくださった。我々は来年の6日から新天地に赴く事になった。通常、年末年始の休みはもう少し短いのだが、我々の働きを評価した上層部は、他の班より数日多めに休みをつけてくれたらしい。割り当てられた区画の調査が終わり次第、冬休みに入っていいと、破格の待遇を受ける事となった。とても有り難い。多く見積もっても、あと一週間もあれば調査を終えることができる。今年のクリスマスイブは班員と、調査機体と過ごすことになるとばかり思っていたが、その頃には、それぞれ家族と過ごしているだろう。せっかくの長期休暇、旅行にでも行こうか。


12月12日

 エンジンの調子が悪い。以前ほどのスピードが出なくなった。しかし、元は私の適当なイメージの元に生まれたものだ。事態を重く受け止めた私は、専門家に意見を貰い、より具体的なエンジンのイメージをすることにした。


12月19日

 調査機に新エンジンを投入した。こいつが頗る好調だ。今回のエンジンは資料を見ながら考案したもので、前回のそれとは全く違う。燃料の問題については、太陽光を利用することでクリアした。我ながらいい出来だと思う。

前のエンジンの不調の理由は気になるが、機械に詳しくない私が見ても何も分からないだろう。専門家を招いて調査を依頼する事もできるだろうが、新しいエンジンが完成した今、その必要もない。この調子ならあと三日で今年の仕事納めを迎えるだろう。


1月5日

 明日はいよいよ新エリアの調査に赴く。危険を挙げればキリがないが、我々なら任務を遂行できるだろう。

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