第126話 なお、先に帰るとする

 知恵が頑張ってくれたおかげで、ほこらはかなり綺麗になった。人間の姿ならもっと隅々までできたと思うけど、また”げひげひ”をしなければいけないなんて、絶対にイヤ。私は人間に戻るという選択肢に気付かないフリをして、見違えたほこらの姿に喜んだ。


「本当にこれでみんな目を覚ましたのか?」

「さぁな、完全に陽が落ちる前に帰ろうぜ。そうすりゃ分かる」

「それもそうだな、暗くなると危ないし」


 エンジンと志音はそんな話をしながら、ほこらに背を向けた。だけど、私は二人について行けずにいた。何故だか気になって、ほこらから目を離せない。


「おーい、帰るぞ」

「キキはオレの上に乗ってくれ」


 そのときだった。ほこらから淡い光が漏れ、暗くなりつつあった辺りを優しく包み込むように照らしたのだ。私の目の錯覚でなければ、小窓の中が光の中心源に見える。しかし、あそこはさきほど、知恵がどれだけ開けようと力を入れてもびくともしなかった。

 私は開かなかった事よりも、なんか触れちゃいけなさそうな雰囲気のあるそこに、躊躇いなく踏み込もうとする知恵の方が恐ろしかったけど。躍起になっていた知恵だったが、菜華に”お化けに怒られるかも”と言われてからは一切触れなくなったのだ。枠の隅や、小窓の中にもスライムが入り込んでいるかもしれないから、気になるのは分かるんだけどね。


「なっ!?」

「こ、これって……!」


 発光していたそれは徐々に収まっていき、しばらくすると完全に光は消えてしまった。私達はそれを黙って見守るしかなかった。


「お、終わったのか?」


 知恵が恐る恐るほこらに近付こうとした次の瞬間、蓄えていたエネルギーを一気に放出するように、それは激しく光った。

 目の奥、裏側までもが焼き付くされるような、暴力的な白。しばらく続いたその光が、どこまで届いていたのか、私達には分からない。


 ただ、一つ言えることは、このほこらはやはりとても大切な何かであるということ。ゆっくりと目を開けた私達は、光が収まったのを確認すると、それぞれ目を見合わせた。


「なに……いまの……」

「わかんねぇ……」


 その場にいた者が同じ夢を見たかのような、そんな感覚だった。皆が惚けている中、私は一つ異常に気付いた。


「ねぇ、ほこら、そんなピカピカだった?」

「んあ?」


 知恵と菜華は、覗き込むようにして観察すると、すぐに声をあげた。


「まるで新品」

「あたし、ここまで掃除してねぇぞ」

「オレはほこらが完全復活したって思っとけばいい?」

「だねー。もー、自分で綺麗になる機能ついてるんだったら最初から自分でやってーって感じなんだけど」


 キキは心底迷惑そうにそう言うと、エンジンの背中の上に飛び乗った。彼女の言う通りだと思う。あんなに大変な思いをして、半日くらいかけてやっと綺麗にしたというのに、水洗トイレのレバーを倒すようなノリでこれほどさっと綺麗になられては、こちらの立つ瀬が無い。というか、なんなら今の光でスライムもやっつけてくれればよかったのに。


「はっきりしたことは言えないけど、多分、スライムに寄生されてたんじゃないか?」

「寄生?」

「あぁ、だから本来の浄化機能も使えなかったし、アームズ達にも影響が出始めた」

「私もそう思う。あの光を見た瞬間、ラーフルと先生にもいい事が起こっている、なんとなくだけどそんな気がした」

「菜華……」


 菜華は女さえ絡まなければ、クールかついい奴なんだ。久々に思い出した事実、いや、もしかしたらいま気付いたかもしれない事実に、私の胸は少し熱くなった。


 こうして私達は、今度こそ山を下りて、里を目指した。暗くて見難い道に差し掛かると、キキが炎で照らしてくれるので、案外不自由はしていない。山を下りて平坦な道を歩く。私はここに来てからのことをぼんやりと思い出していた。

 ダイブ先で死ぬかもしれないと言われて躊躇っていると、他のみんなはもう既にダイブしていると告げられた時のこと、エンジンに出会って”げひげひ”として振る舞ったこと、集落に到着して泉に映された自分の姿にショックを覚えた時のこと、アーノルドのメンタルに改心の一撃をお見舞いしてしまい皆で慰めた時のこと、そして山の頂でスライムと奮闘したこと。

 全てが昨日のことのように鮮明だった。そりゃそうだ。昨日どころか、全部今日の話だし。


「エンジン」


 声の主は知恵だった。菜華の長い首にくっついて、たてがみで手遊びしている。彼女は気にしていない素振りでただ歩いていたが、アレ、同じことを私がやったら踏まれて死ぬと思う。

 名前を呼ばれたエンジンはやや振り返って、私と同じように菜華と知恵を見上げていた。


「ありがとな。お前が走ってくれなかったら……」

「そうだな、エンジンが助けを呼んでくれなかったら、マジでヤバかった」

「っていうかあそこで菜華が現れなかったら、確実に知恵は死んでたよね」

「それな」


 あの崖から落下して、怪我で済むとは考えにくい。いや、もしかしたら強運を発揮してなんとか生き延びた可能性はあるけど、リアルにもかなりの後遺症が残る大怪我となっただろう。

 考えれば考えるほど、私達はエンジンに救われていた。しかし、彼が述べたのは予想外の言葉だった。


「オレの方こそ、ありがとう」

「なんでだよ」

「やっと……罪滅ぼしが、できた気がする」


 罪? このケパケパ頭は何を言ってるんだろう。彼は私達と行動を共にし、みんなの為に走ってくれた。いくらエンジンの脚が速いと言っても、山と集落の往復は容易ではなかった筈だ。

 そこでやっと気がついた。多分、罪というのは、私達と出会う前に起こった出来事を指しているんだと。それは恐らく、”エンジン”として生きていた頃のこと。

 彼の過去を知らない私には何も言ってあげられない。言葉を探すように視線を落とすと、エンジンの隣を歩いていた志音が言った。


「お前に罪なんて無い。あったのは不幸だけだ」


 ……は? 何?

 今の台詞ちょっとかっこよくない?

 私が言いたかったんだけど? なんで「今からこういうこと言おうと思うんだけど、いいかな」って確認取ってくれないの?

 私が惚けていると、今度は知恵がエンジンに微笑みかけながら言った。


「お前があたしらを受け入れてくれなきゃ、集落のみんながあたしらを追い出してたかも」


 志音の妙に耳あたりのいい言葉に後ろ髪を引かれつつも、私は数時間前を回想する。知恵の言う通りだ。エンジンが私達を仲間として接してくれたから、今がある。


「よく分かんないけどさ、ちゃんと前見て歩かないと、転んじゃうよ」


 私から彼に伝えたいことはそれだけ。だってここに来る前って、もう20年以上も昔の話でしょ?

 日本の法律に照らし合わせれば、場合によっては殺人犯ですら娑婆に出られる程の期間だ。何を悔いているのかしらないけど、20年以上引っ張り回されるトラとウマの気持ちにもなってあげるべきだと思うよ。


「……っあーあ! オレ、集落のみんながどうなってるか気になるから、先に戻ってるな!」

「ちょっ! あーしが乗ってんだからあんまスピード出すなっての!」


 エンジンはそう言って走り出すと、背中に乗っていたキキをお供にして、すぐに見えなくなってしまった。そして、取り残される人間組の4人。

 あのさ、照れ隠しっていうか、そういうのはね、うん、いいの。そういうことしたくなるときあるよね、感情がある生き物なんだもん。当然だと思う。


「おい……どうすんだよ……」

「道わかんねぇし……」

「暗くて、どこを歩いているかも分からない」

「エンジンーーー!!!」


 だけど、私達から生還する術を完璧に取り上げつつ居なくなるのはやめろ。っていうかやめて下さい死んでしまいます。

 残り30分程だった道のりに倍以上の時間をかけて、私達はなんとか集落に辿り着いたのであった。

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