第128話 なお、ダンスで加入とする


「いいのか」

「どういうことだ?」

「お前は、本当にそれでいいのか」


 黒くて大きな瞳がエンジンを射抜き、可愛い小型犬が、渋くて低い声を発している。声優の重大なキャスティングミスとしか思えないような光景だったが、そんなことを言い出せる雰囲気ではないので、私はぐっと堪えて会話を見守った。


「もちろんだ。だからお願いしたんだ」

「……別れを、また経験してもいいのか」

「始まる前から終わった時のことを考えるのは、オレには難しいぜ」


 そう言ってエンジンは笑った。彼に何か特別な事情があったのは分かる。生体アームズとして生まれたのに、主人はおろか人間を見た事が無いなんて、はっきり言って異常だ。そんな彼が、知恵について行きたいと言った。知恵達は受け入れようとしているが、可能なのか?


「ねぇ志音、そんなこと出来るの?」

「多分な。見た目もはっきりとしてる、名前も声も、特性も。無から生体アームズを生み出すよりもよっぽど簡単だろ。普通、主人を失った生体アームズに会う機会なんてないから、前例がないのは当然だ。だけど、あたしは出来ると思う。エンジンさえ応えてくれれば、な」


 志音の言うことには筋が通っている気がした。確かに、できるかどうか分からないのは当たり前だ。やろうとした人がいないのだから。そして、知恵がその一人目になればいいだけの話。


「あたしはいいけど……でも一つだけ聞かせてくれ。なんであたしとなら仲良くできそうって思ったんだ?」

「オレらが倒れたのに慌てて、スライムをどけようとしてくれたんだろ?」

「あ、あぁ」

「だから! これからよろしくな、知恵!」

「お、おう!?」


 知恵は未だに頭にクエスチョンマークを浮かべていたが、私にはなんとなくエンジンの言いたいことが分かった。人の為に考え無しに動ける真っ直ぐさ、優しさに惚れ込んだのだろう。

 話がまとまるのを待っていたのか、知恵がエンジンの背中に飛び乗ったのを見計らって、アーノルドが切り出した。


「アームズの終焉、答えはまだ見えない。しかし、再び人に仕えるのも、一つの道だろう。エンジン、もしお前がここに戻ってくることがあったら、その時は聞かせてくれ。お前の、長い、長い、旅の話を」


 全くの部外者のはずなのに、エンジンが泣いてるのを見て、私まで釣られて泣きそうになってしまった。彼は、知恵が何らかの事情で彼を呼び出せなくなるその日まで、アーノルド達に会えなくなる。そんな当たり前のことに、やっと気付かされたのだ。


「アーノルド、安心して欲しい。彼女達に助けられた俺が言えた事じゃないかもしれないが、少なくとも生体アームズの扱いには慣れている。乙には俺が責任を持って基礎を叩き込む」

「……?」

「アーノルド、下。先生、下にいるから」


 小さすぎて見失ってしまったらしい。アーノルドは頭をぽりぽりと掻きながら周囲を見渡していた。先生いますごくいいこと言ったのに。可哀想。


「んじゃ、リアルに戻るか」

「名残惜しいけど、ね」


 私と志音は帰還操作をしようとしたところで気付いた。このままでは、首の脈に触れて歯を鳴らすという操作が出来ないことに。


「……げひげひ、もう一回しないと駄目なのか」

「するしかないだろ」

「恥ずかしいから、みんなでせーのでげひげひって言おうぜ」

「さすが。知恵は天才」


 彼女の提案により、私達はせーのでげひげひをした。一糸乱れぬ、完璧な大合唱だった。

 久々に人の姿の皆を見た気がする。っていうか、チワワから2メートル近くある大男に変わるとか怖いんですけど。元の姿を知っていた私達ですら驚いてしまうのだ、アノールドとエンジンの驚きようと言ったらなかった。


「な、な、な……!」

「あぁ、鬼瓦先生? すごい変わりようだよね」

「知恵が大きい!」

「そこかよ!」


 そうか、エンジンは人間を見た事が無かったんだっけ。知恵のサイズアップにびっくりするのも無理はないのか。そして、そこで気付いた。


 あれ?

 私、視線が高くなってない……っていうか、みんなの顔をものすごく見上げてる……これって……あっ、気の毒そうな視線が私に集中してる……やめてやめて……。


「……お前、なんで人間に戻ってないんだ?」

「いや、え……?」

「夢幻……もしや、もう少しここで遊んでいたいの……?」


 菜華ですら、私が人間に戻らない意図を探るように首を傾げた。待ってね、違うの、これはね。なんでだろうね。私、うん?


「……ごめん、みんな、先に帰ってて」

「いや、でも」

「ううん、駄目。私は限界までげひげひと言わないと、上手く変身できないの。この姿になるときもそうだった。でも、さすがにみんなにそんな姿、見られたくないから」

「……分かった、あとで、絶対戻ってこいよ?」


 志音は私の頭をがしがしと撫でる。耳、耳を折るな。しかし、その感触が楽しいのか、志音はしばらく私の頭を耳ごと撫でた。脚に噛み付いたらやっと大人しくなったけど、あのまま放っといたら30分くらい撫でてそうだった。ムカつく。


 そのあと、何故か知恵と菜華も、私の頭を一撫でしてから、リアルへと帰還した。鬼瓦先生だけは、私に触れず、お礼だけを言って帰っていった。撫でたくてたまらないって顔だったのは見なかったことにする。


 さて、ここからが本番だ。気合いを入れて、げひげひを開始する。


「げひげひ! げひげひー!」

「エンジン! 居た!」

「キキ!?」

「げひげひー!」


 キキが来たのだ。そうだ、あれだけ世話になったにも関わらず、みんな彼女に別れを告げることなくリアルに戻っていった。え、どんだけ薄情なの?


「げひげひ!」

「エンジンが里を出ていくって言ってるアームズがいるんだけど!?」

「うっ……」

「どーゆーこと!?」

「げっひっげひー!」


 かなり雑な扱いをされたキキについては同情するけど、私の”最高のげひげひを追い求める作業”の邪魔は謹んで欲しい。このままでは二人の会話が気になって、集中できない。


「ごめん、キキ……でも、オレ!」

「酷いジャン!? 友達だと思ってたのに! そんなこと一人で決めちゃって!」

「げっひげひーー! げひーーー! げひーーー!」

「オレだってキキのことは友達だと思ってるって! でも、どうしても人の役に立ってみたいんだ!」

「そんなのここに来る前に体験してきたジャン!? 今更そんなことにこだわる必要ある!?」

「げひーーーん!!」


 私にはエンジンの言い分が分かる気がした。エンジンは座標の調査機のエンジンとして動いていたと言っていた。写真を撮ったり動画を撮ったり。彼は意味を理解していないようだが、その作業はマッピングの意味合いが強かったようだ。

 しかし、そんな事をしても意味がないのだ。バーチャル空間の地形はランダムで変わる。何年も変わらないところもあるかも知れないが、大体のエリアは長くても一年ほどのスパンで変わるのだ。おそらくは当時、そこまで研究が進んでいなかったのだろう。

 こちらに来てから、もし誰かがそれをエンジンに伝えたとしたら。自分が仕えてきたことすら無意味だったのかと、感じてもおかしくはない。


「ごめん、キキ」

「げひげひ!!」

「エンジン……」

「げひげひーー!!!」


 きた、きたきたきた!


 すらりと伸びる肢体、視線が高くなった事を感じる。

 やっと人間に戻れた、そう確信した。


「この姿では初めまして、かな。キキ」

「げひげひ喚いてたかと思ったら、今度はいきなり話の腰折る気!?」

「そんなつもりないけど!? っていうかキキが私の変身中にやってきたんじゃん!」


 邪魔をされたのはこちらだ。キキの気持ちを汲んで、出て行けとは言わなかったのに。感謝されるならまだしも、罵声を浴びせられる覚えは無い。


「っていうか、一人で何やってんの? 志音達は?」

「は? もう一人しかいないし。あいつら先に帰ったし」

「置いてかれたの!? ヤバいウケるー!」

「置いてかれたんじゃなくて先に帰したんだっつの!」


 とことん失礼な小鳥だ。私は頭を抱えると、ある異変に気づいた。めっちゃケパケパしてる。半端なくケパついてる。


「あれ……私……」

「ってゆーか、顔面だけ変身解けてないとか笑えるんですけどー!」

「なっ!!!」


 ねぇ、どうして私だけいつもこんな苦境に立たされるの。おかしくない? 頭だけチベットスナギツネってヤバくない? このままマンウィズの仲間入りした方がいくない?


「えぇ……気付いてなかったの……?」

「も、元々こういう顔だし!」

「そうなのか!?」

「騙されんなっつの! んな訳ないじゃん!」


 せっかくエンジンが信じかけてたのに、この鳥は余計なことばかり言う。私は苛立ちを覚えながらも、それを押し込め、ある提案をした。


「ねぇキキ。私とこない?」

「はぁ〜? 連れションすら一緒に行きたくないんだけど、一応聞いてあげる。どこに?」


 うるせぇおしっこかけるぞ。

 そう言いたいのは山々だったが、私はキキの問いかけに答えた。


「長い旅に」


 私の発言を聞くと、それまで黙って聞いていたアーノルドが立ち上がった。そして、固唾を飲んでキキの返事を待っている。


「……へぇ、面白そうじゃん?」

「でしょ?」

「なっ……! そんなのってありか!?」

「なんで? エンジンは不服?」

「まさか! 最高だ!」


 エンジンは嬉しそうに吠えると、私の脚に体を擦り寄せた。何コイツ可愛い。

 肩に何かがピタッととまる感触、視線を向けると、そこにはキキがいた。


「んじゃ、呼び出し食らうの、楽しみに待ってるから」


 そう言って小鳥は悪い顔で笑う。私は彼女のくちばしにちょんと触れると、その指を首筋に添えた。


「という訳で、しばらくの間、二人共借りてくね。アーノルド」

「ふははは。構うものか、存分に使い倒せ。必要とされ、役割を果たす事は我ら生体アームズの誉れだ」


 空いた方の手でアーノルドとハイタッチをすると、私は歯を鳴らした。


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