第238話 なお、忠犬なので外で待ってるとする

 前回のあらすじ。生まれたばかりのバグ達で構成される光の柱に先輩二人を巧みに誘導してしまった。今もディスプレイからは彼女達の「いたいいたい!」という声が聞こえている。

 ここだけを聞けばかなり深刻なミスを犯してしまったように見えるかもしれないが、彼女達の命に別状はない。だけど私の成績には別状ある。なんなら既に瀕死。結構ヤバい、とっととなんとかしないと。

 私は立ち上がって画面を睨み付け、インカム越しでもしっかりと伝わるように、張りのある声を出した。


「何をしているんですか! 早く中から破壊してください」

 ——は!?


 先輩二人の声が綺麗にハモる。だけど私は顔に張り付けた精悍な表情を動かさない。

 ポイントは絶対に焦っているようには見せないこと。隣で志音が絶句してるけど、私は大切なものを守る為に、演じ続けなければならないのだ。大切なものっていうのは成績のことなんだけど。

 そしてさらに、何をしているんですかという言葉を遣うことで、さらに「あえてやりました、作戦の内です」感を演出する。セルフプロデュースが上手で涙が出そうになる。私がいま軽く泣きそうなのはそういうことだと思う。


「おまっ……」

「志音、集中して」

「…………………おう」


 志音は私に言いたいことを、多分5個分くらい飲み込んだ。分かるもん。お前やりやがったなとか、素直に謝ってそこから出るように指示しろとか、なんかそんな感じの言葉をたくさん飲み込んでた。さすがに先輩達の命に関わるものなら志音も止めに入っただろうし、というかそもそもそんなヤバい状況だったら私も自分の成績を優先したりしないっていうか。


 私はこの場で誰よりも賢く、誰よりも冷静に振る舞える、という雰囲気を醸し出し続けなければいけない。私の指示を受けて、先輩達の抗議が先行してしまうことだけは避けたい。先手を打たねば。


「いいですか、私は先輩達の実力を見てそうしたんです」

 ——いたっ! つまりわざと……?

「扇の先輩! 弓の先輩の背中を守ってあげてください!」

 ——へ!? あ、わ、わかった!


 こうして、二人は柱の中で背中合わせになり、上がったり下がったり、柱の中を縦横無尽に移動するバグと対峙した。実力を見てそうした、という言葉が効いているらしい。二人は背中を預け合いながら、ものすごいスピードでバグを処理している。雨々先輩には劣るかもしれないが、彼女達もまた、一年以上ここで腕を磨いた生徒なのだ。

 私は腕を組み、うんうんと頷きながらその光景を見届けた。大丈夫、ちょっと奇抜な作戦だと思ってもらえると思う。さっきまでは先輩達が動揺して、明らかに彼女達に迷惑をかけましたこの一年坊主はって空気が出てたけど。今の二人は、私を信頼のおける指令官として認めた上で作戦にあたってくれてる。


 満足げにモニターを眺めていると、志音がそっと私に耳打ちした。すぐ近くできゃははと笑いながらモニターを見つめている夜野さん達ですら、その隠密行動に気付いていない。まきびし使ってる私よりもよっぽど忍者っぽいよ、アンタ。


「おい。先生はこっちの様子に気付いていないみたいだぞ。今の反省を生かして、次からは手前まで誘導するからな」

「うん。よろしく」


 こっそりと意思疎通した私達は、ぱっと顔を離して、それぞれの任務に当たっているよう振る舞った。先生が見ていない。これは朗報だ。いくらバレたときの為にそれっぽい嘘を重ねたとはいえ、心のどこかじゃ通用するハズないって、分かってたから。

 だって……今回の作戦は、あくまで高度情報処理科の作業を体験し、簡単な任務を遂行してみせること。もっと言うと、バグをデリートするというミッションの全体像をデバッカーとして認識することが狙いなのだ。決して、バグを超速で処理することじゃない。

 先生が見ていなかったという事実は、ほんの少し私を素直にさせた。そして、いつの間にか柱を消滅させていた先輩は、地上に降り立ってため息をついている。何か言いたいことがあるようだ。


 ——なんとかはなったけど……ぽこぽこ痛かったんだけど?

「それについてはすみません、先輩達ほどの実力者ならば、全て躱しきれると踏んでいました」

「なんでだよ、妖怪かよ」


 志音のつっこみにハッとしたが、彼女は武士の情けで自分のインカムを切ってくれていた。無理のある言い分だとは思うが、そういうことにしておかないと、この作戦を熟考した上で実行したという設定と矛盾してしまう。私だって、妖怪かよって思ったよ、そりゃ。


「第一ウェーブを見ていて思ったんです。つまらなさそうに虚無の表情を浮かべ、矢を放つあなたを見て」


 モニター越しに、まるで小さい子に言い聞かせるような声色で語りかける。志音の「まーた始まった」という視線が痛い。ここがバーチャル空間であればまきびしをお見舞いしてたのに。


「もっと迅速に、かつ先輩方の実力に見合うミッションにする方法を探すべきだと。これがそうです。事実、これまでの柱の撃破時間を大幅に短縮できました」


 これは事実だ。同じタイミングに柱に向かったグループの中では最速だった。遅いグループではまだ半分も処理できていない。アームズのタイプにもよるが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという状態から、下手な鉄砲なのに撃った数当たるという状態になったのだ。当然の結果とも言える。

 私は、彼女達には見えないことを承知の上で、謙虚に頭を下げた。私が謝意を示そうとしていることに志音がビクっとしている。あとでシバく。


「しかし、先輩達ならばと力を過信し、また、先走った判断で作戦を共有する前に強行してしまったことは素直にお詫びします。すみませんでした」


 私は徹頭徹尾、設定を貫いた。そうするのが正しいと思ったんじゃない、そうせざるを得なかったからだ。もう後戻りすることは許されないところまで来てしまっている。

 頭を下げたついでに背後を盗み見ると、先生が柱撃破の途中経過をタブレットで確認しているところだった。妙に速かったから、違和感を持たれたかもしれない。次からはちゃんと正規の方法でやろうと心に決める。

 頭を上げると、二人はまんざらでもないという表情を浮かべてニヤついていた。嬉しそう。


 ——……まぁ、そういうことなら仕方ないけど?

 ——そうね、確かに、張り合いなかったものね


 やった、この人達アホだしチョロい。

 張り合いなかったどころかバグに張り倒されてたのになんか許してくれた。


 よし、今度こそいい感じの位置に先輩達を誘導するぞ。まぁ私がやらなくても、志音がやってくれるんだけど。

 褒められて気を良くしたのか、先輩達は先ほどとは別人のようだった。きびっ! っとした声で「次の位置は!?」と指示を仰ぎながらも、どこかに向かって駆け出す。まるっきり当てずっぽうという訳では無いようで、ルートは合っていた。おそらくは空に何か異変が見て取れたのだろう。


「柱の予測地点は50メートルほど離れたところです。なので、少し余裕を持って40メートルほど進んでいただきます。その後は柱の様子を見て、改めてこちらで指示するので、とりあえずは目標ポイントまで向かって下さい」


 志音はインカムに手を当てて、そう言いきった。我が相棒ながら、こういうときのそつのなさはすごいと思う。手元の機器でデバッカーを示す点の動きを確認し、ある地点に到達すると、志音は顔を上げた。


「その辺りで待機してもらえますか?」

 ——さっきの、やろう!

 ——もちろん!


 おいやめろ。

 それダメだから。

 志音がせっかく正しく案内してたの全部台無しになるから。


 私は慌ててインカムを入れ、二人を制止した。けど、聞く耳を持ってくれる訳がない。二人は嬉々として柱の中に飛び込み、近くでデバッグにあたっていた他の生徒が二度見していた。そら見るわ。


 結局、彼女達は先ほどと同じように柱を撃破した。ここまで来ると、もう一つの柱についても、先生に見つかる前にとっととクリアした方がいい。どうせあの二人は止めても聞かないし。

 一人でじりじりとそんなことを考えていると、ポンと肩を叩かれる感触があった。いや、これは肩に手を置かれている。志音……ではないと思う、なんか、すごい圧力があるっていうか……おそるおそる振り返ると、そこには居昼先生がいた。


「ひゃ……」

「これはどういうことだ? 札井」

「私は、やめろって言ったんですけど、その、先輩達が……」

「そーかそーか。じゃあ録音されてる通信記録を確認しないとな!」

「すみませんでした私のせいです!!」


 もう言い逃れはできないと判断した私は、光の速さで頭を下げた。もげるんじゃないかって勢いで。

 結局、私が居昼先生にしこたま怒られている間に、志音と夜野さん達が残りをやってくれた。さらに他の生徒を見なければいけないから待っておけと教室の端に立たされ、授業が終わってからまたお説教。私が解放されたのは、授業が終わって15分後のことだった。


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