第12話 なお、笑い過ぎてシックスパックになったものとする


 私達は仮想空間にいた。なぐ先生の引率で二度目のダイブだ。

 クラスメートはまだ一回。入学早々、早くも他の生徒達と経験で差をつけてしまった、と言いたいところだが、口にするのは控えた。

 志音に、ほぼ間違いなく「逆だ、バカ。差をつけられているからここにいるんだよ」等と言われてしまうからだ。


「じゃ、いいかい。札井、これを見てくれ」


 先生は、自分の目線くらいの高さに手をかざした。パントマイムでも始まりそうな雰囲気だ。隠し芸大会だろうか。

 そう思ったのもつかの間、空中にパソコンOSのウィンドウのようなものが現れた。


「わ!」

「なんだ!?」


 よく見ると、先生の腕時計が光っている。おそらくあれはモニター要らずの小型端末だろう。

 最近流行っているようだけど、確か滅茶苦茶高かったはず。大人はいいなぁ。


「何してるんですか?」

「うん? これはね、ググっているんだよ」

「オーバースペックにも程があるわ」


 しかし空中に映し出された画面を見ていると、本当にただググっているだけのようだ。私に呼びかけておいて、これは一体どういうことだろうか。

 不思議に思って見つめていると、先生はすぐに私を呼び寄せた。


「なんです?」

雨々さめざめからも聞いていると思うが、アームズはいつでも変更することができる。もちろんいくつかの制約があるものの、今はそれほど気にしなくていい。とりあえず軽い気持ちで、この画面に表示されている刀をイメージするんだ。いいね」


 私に武器のイメージをつけやすくさせる為に、画像をググっていたのか。

 確かにこれなら想像しやすい。


「なるほど、札井みたいなタイプには下手に選択肢を与えずに、”とにかくこうしろ”と一本道に放り込む方が手っ取り早そうだ。流石ですね、先生」

「はは。まぁ、アームズが決まらない生徒は毎年数名いるからね。慣れない内はアームズの名前を言いながら呼び出すといい。そうするとよりイメージが強くなりやすいからね。今日のところは刀や日本刀と呼べばいいんじゃないかな」


 わかりました! と、元気よく返事をし、私は空中のディスプレイに表示された画像を凝視した。

 大切なのは、その造形を知ることだ。そしてその造形に込められた意味すらも理解すること。そうすることにより、より強固なイメージが形成される。

 形、色、重さ。考えうる限りの全てを想像し、そしてディティールにとにかく拘る。


「……うん」


 この画像の刀、やけに真直ぐだな。っていうか鍔大きくない? あれか、忍者刀ってやつか。鞘の先端が尖ってて金属製になってる。まず間違いない。でも忍者刀って確か存在が疑われてるんじゃなかったっけ。忍がそんな目立つもん持ち歩くかよ、ってさ。ロマンが無いなぁとは思うけど、まぁ言ってる意味はわかるよ。やっぱり忍者と言ったら何かとコンパクトなイメージがあるものね。えーと、なんて言ったっけ、あれ。まぁいいや。あとでググらせてもらおう。

 今は課題をこなすことに集中しないとね。


「日本刀!」


 両手を前に差し出して呼び出したのは、そこに刀が乗るようイメージしていたからだ。私の頭の中で鳴っているのか、二人にも聞こえているのか分からない、大きなノイズが耳を劈いた。

 そして次の瞬間、バチっと電気が弾けて閃光が走る。

 周囲には霧や煙の類いの何かが立ち込めていて、手元が全く見えない。


「こ、これは……!」

「先生、アームズを呼び出す時って、毎回こんな風になるんですか!?」

「まさか! こんなの、見た事が……!」


 はっきりと分かる。成功した。

 ずっしりと重い感覚。冷たい金属の感触。

 そしてちくちくと手に何かが刺さる、微かな痛み。


 痛み……?


 視界が晴れ、私の手元には二人の視線が注がれた。

 というか私自身も注いでいた。


「なっ……」

「えぇ……」


 だめだ。これはだめだ。

 駄目さ加減で言うと、ひん死の状態でルーラを使って町に戻ろうとしたのに、ラスボスの前に飛ばされるくらい駄目だ。

 だって私の手のひらの上には、大量のアレが乗っている。


「……なんで?」


 凪先生は深刻そうな顔をして尋ねた。

 わかる、視線には若干の「何かしらの病気ではないか」という疑いが含まれている。ここははっきりと説明しないと、後々マズいことになる気がした。


「先生の出してくれた画像が忍者刀に見えたので、ついそこから連想して……」

「で? それでまきびしが出てきちゃったの?」

「あー! まきびし! スッキリした! 名前思い出せなくて気にしながらアームズの呼び出ししちゃって!」

「刀のこと考えて呼び出ししてって言ったでしょ!」


 あの優しそうな先生が声を荒げた。ちなみに志音はまきびしを目視した瞬間から、腹を抱えて床に転がっている。案外笑い上戸なのかもしれない。

 だってそんなにおかしい? 日本刀とまきびしって似てるし、こんな間違い、世界規模で見れば一日5件は発生しているよね?


「気を取り直して、もう一回最初からやらせてください!」

「無理だよ」

「え……?」


 聞いていた話と違う。え?

 先生、変更は出来るから好きにしろと? 先程おっしゃいましたね?

 先生だけじゃない、雨々先輩だって同じことを言ってた。

 何故? お前のようなクソは一生まきびしでも使っていろということ?


「確かにさっき、何度だって変更できると言ったよ。それは間違いじゃない」

「だったら」

「いいかい?」


 先生は私を諭すように続けた。

 私達学生が一度のダイブで使用できるアームズは原則的に一種類であること。何度だって変更できるというのは、ダイブ単位での変更になるということ。

 つまり、私が別のアームズの呼び出しをしたいのであれば、一度リアルに戻る必要があるということ。


「そこで先生から提案なんだが……これも何かの運命かもしれない。僕がちゃんとフォローするから、目標のアルファ地点まで行ってみないかい?」

「先生……!」


 正直、「まきびしとの運命ってなんやねん」と、思わないでもなかったが、先生の気持ちが嬉しかったので、気が付いたら頷いていた。

 そのままで持ち歩く訳にはいかないだろうと、先生のアームズとして厚手で堅い革の袋を呼び出してくれた。

 なるほど、こういった使い方もあるのか。まぁ、枠が一個しかない私にはあまり関係の無い話だけど。


「ありがとうございます。これで持ち運びが楽です」


 私は怪我をしないようにまきびしをざらざらと入れながらお礼を言った。

 手に乗り切らないものも多かったようで、足元に散らばっているそれらも拾い集める。


「あぁ。本来なら使用時以外は消しておく事もできるんだけどね。アームズを持ち歩いてリンクを強くするという実習も兼ねているから、しばらく頑張ってもらうよ」


 リンクを強くしたところで、これを呼び出すことは未来永劫ないだろう。

 というかリンクが強くなるとより使いやすくなるって聞いてたけど、まきびしに使いやすさなんてあるのか。撒きやすくでもなるのか。


「じゃ、そろそろ出発しますか。……って、あれ? 志音は?」


 あたりを見渡したものの、姿が見えなかった。

 さっき私のまきびしを見て笑い転げているところは見たが……。

 耳をすませると、草陰から妙な声が聞こえた。


「ねぇ、本当に死んで」


 志音は笑い過ぎたせいか、息も絶え絶えといった様子でうつ伏せに倒れていた。

 なんならまた少し変なことをして、とどめを刺してやりたい気持ちすらある。


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