第11話 なお、下の名前は流蔵とする


 雨々先輩にお守りを断られてしまった私達は言葉を交わすことなくとぼとぼと歩く。途中、自販機で大して飲みたいとも思っていない缶コーヒーを買った。私が足を止めている間、律儀にも志音は後ろで腕を組んで立っていた。

 先に行けばいいのに。言いかけてやめた。そうして、また当て所もなく校内を彷徨う。


 歩き疲れて辺りを見渡すと、そこにはまるで私の為に誂えたかのように、ベンチが鎮座していた。中庭で雨ざらしになっているものなので、お世辞にも綺麗とは言えない。だけど、私は構わず腰掛けた。

 続けて、当然という顔をして、隣にどかっと哺乳類が座った。


「……あのさ、てめぇマジで頭大丈夫か?」

「頭? 志音の頭は大丈夫なの?」

「はぁ? なんてあたしの頭の話になるんだよ。大丈夫に決まってんだろ」

「じゃあ私の頭も大丈夫だわ」

「てめぇ! あたしの頭のがヤベェって言いてぇのかよ!」


 私と志音はにらみ合っていた。

 正確には、志音が私を睨んで、私は冷めた視線を返していた。


「イオナズンを注意された後にライデインを提案するような女に、ヤバい奴呼ばわりされる覚えはねぇよ」

「そんなヤバい奴と進んでペアを組むってもっとヤバいと思わない?」

「あ、本当だ。あたしヤバいな」

「でしょ?」


 そろそろ飲み頃になっているであろう缶コーヒーにゆっくりと口をつけた。

 自販機って、なんであったかいを選ぶとあんな灼熱の状態で出てくるのだろう。

 酷い時は持つことすら難しかったりするし。


「で? なんでだ?」

「……それは、恐らく入れ物が缶、つまり金属である以上は仕方のないことなんだろうね。入れ物の素材を変えるか、中身だけを暖める方法があれば」

「待て待て何の話してんだよ」


 珍しく志音が困り顔で動揺していた。

 こいつとの付き合いは短いが、断言できる。かなりレアな表情だ。


「え? どうして缶コーヒーはあんなに熱いかって話じゃないの?」

「違ぇよ! なんだよそれ! あたしはどうしてライデインなんてもんをアームズにしようと思ったかを聞いてんだよ!」


 あぁ、そっちか。どうでも過ぎて理解が及ばなかった。

 私は過去を振り返らない女なのだ。


「雷は爆発よりも身近じゃない。それに、静電気なら何度も体験してるし。具現化できるんじゃないかと思って」


 どんだけ馬鹿なんだ、とでも言いたげな視線が痛い。

 どこがおかしいのかあまりピンとこないが、それを言うとこいつはまた怒るだろう。


「札井! ここにいたか!」

「先生!?」


 声がした方を見ると、そこには我らが担任、なぐ先生が立っていた。入学初日に私が噛み付いたとされている先生だ。優しくて裏表が無く、どんな相談も親身になって聞いてくれるとか。

 言われてみれば、顔からもその人柄が滲み出ているように見える。さらにかなりの愛妻家らしい。まるで生徒に好かれる教師を絵にしたような人だ。

 まぁ、私はあまり関わりがないので、これらは全て噂だけど。


 よく見ると、肩で息をしている。

 どうやら私を探して校内を奔走していたようだった。


「どうしたんですか?」

「追試の件だが、雨々ではなく、私が同行することになった」

「あっ、そうですか」


 私は同行者が誰でも構わない。

 そりゃ美形の方が嬉しいけど、なんか頻繁にドン引きされて心が痛いし。しかし、隣に座っていた志音は突然立ち上がり、深刻そうな顔をしている。なんだと言うのだ。


「志音?」

「先生、もしかして先輩に何かあったんですか」

「え……?」


 考えてみると、志音の疑問と不安は尤もだった。急遽担当が変わるなんて、きっと異例の事態であろう。

 後輩の実習指導は先輩の中でも成績上位者のみと聞いているし、授業が免除になることから、結果が成績に反映されることは想像に容易い。

 それが、何故?


「まさか、バーチャルプライベートで何かあったんですか……?」


 志音の言葉にはっとした。バーチャルプライベートは未知の領域だ。

 有資格者が管理し、基本的にバグが発生しない空間とはいえ、その可能性はゼロとは言いきれない。


「? いいや。札井が妙なアームズを発現しようとして実習が中止になったと聞いてね。先輩とはいえ、生徒にそんな爆弾を抱えさせる訳にもいかないから、僕が担当することにしたんだよ」

「すげぇな、お前。遂に爆弾だよ。人ですら無くなったよ」

「うるさい死ね。先生! 私、ライデインにしたいんですけど、やっぱり駄目ですか!?」

「遂にあたしへの殺意を隠さなくなってきたな」


 私は志音に自分の思いを伝えてから、先生にも自分の思いを伝えた。

 しかし、二人の表情は曇っていた。


「気持ちは分かるけど……いいかい。基本的に広範囲に渡る武器の使用は禁止されている、というか、そのようにプログラムされているんだ」

「プログラムされている……? それはつまり、人間がそのように制御している、という話ですか?」

「あぁそうだ。例えば世界を焼き尽くすという魔法を発現する人が現れたらどうする? それを認めてしまえば、バーチャルの世界は一日と保たないだろう。そしてバグとは暴走したAIの末路だ。AIは学習する。僕達があの世界でそれを使えば、間違い無くバグ達もそれを使う日が来るだろう。だから魔法や超能力の使用は禁止されている」


 なるほど。

 一理ある。というか百理、いや、全理ある。


「原則的に、アームズは単体の物理攻撃を主体とするものと定められている。だから爆弾や地雷の類いも使用できない。銃だってものによってはアウトだったりするんだよ」


 それならそうと言ってくれればいいのに。口には出さなかったが、そう思った。そしてそれは志音には伝わったようだ。

 私の顔を見ながら、ゆっくりと口を開いた。


「あのさ、先生がここまで詳しく言わなかったのって、アームズは基本的に物理攻撃主体のものにしろ、魔法等は無効って言われて、それを無視する生徒が今まで現れなかったからだと思うぞ」

「それじゃあ私が変人みたいでしょ死ね。で、先生、実習はいつ行けるんですか?」

「あたしと喋る時だけ語尾に”死ね”って付けるの止めろ」

「文句言わないで、マスコットキャラみたいで可愛いでしょ」

「そんなマスコットキャラ嫌だよ」


 地獄がマスコットキャラを作ったら、あんたのフルネームそのまま拝借されるんじゃない? と言いたくなるような名前の女がなんか言ってる。


「二人が空いてるなら、すぐにでも構わないよ。どうする?」

「じゃ、行こっか」

「だな。学年であたしらだけだぞ、この課題クリアしてないの」

「二人で頑張らないとね」


 私は立ち上がって、空になっていた缶をゴミ箱に投げ入れた。先生は優しく頷いて歩き出す。今度こそは成功させなければいけない。

 私の立場的に、もう後がないのだ。

 沈みかけた太陽を背に、私達はあの建物に向かった。


「っつか追試になったのは十割てめぇのせいだからな、そこんとこよろしく」

「おそばみたいで可愛いね」

「やっぱお前おかしいよ」


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