第223話 なお、バケツツールとする
ちょっとパンクな雰囲気の中華街を走りながら礼音さんは笑った。あたしのアームズ見たい? なんて言って。
「え!? 是非見たいです!」
「おっけー! とっておき、見せてあげるよ……!」
世界的に有名なデバッカーのアームズなんて、見たくないワケがない。見たくないデバッカーがいるならそいつはもうデバッカーじゃないまである。っていうかデバッカーじゃなくても見たいでしょ、トリムのアームズなんてさ。
私は元気に返事をすると、目を輝かせて彼女の手元に視線を向けた。そこに現れたのは、バケツだった。
もう一度言う、彼女の手元にシュン! と現れたのはバケツ。取っ手が付いたグレーの普通のヤツ。うん? この人ふざけてるの?
「どう?」
「……………………………バケツですね」
「あはは! あからさまにがっかりしてんじゃん!」
その時、前方にぶら下がっている看板がガタガタと動き出した。散々自分のアームズで対処してきた攻撃だ。また落ちてくるかもしれない、そう思った私はすぐに盾を作ろうとまきびしを密集させる。が、それを見ていた礼音さんは「あたしに任せてごらん」と言って笑った。
包み隠さず言うと結構嫌だ。だってバケツだし。だけど「いやです」なんて言える立場じゃないから、おずおずと礼音さんに譲った。
「嫌そーじゃん! ま、見てなって」
礼音さんが手を離すと、バケツは見えない力で浮いていた。まるで私のまきびしみたいだ。物質を空中に浮かせられる、ということは何度も呼び出している証拠だ。私のまきびしだって最初からこうだった訳じゃないし。どうやら彼女はふざけてバケツを呼び出したワケじではないようだ。
落ちてくる看板、大きくなるバケツ。バケツは落下物をまるまると飲み込んで、今度はまきびしみたいなサイズまで小さくなった。がしゃがしゃという音が聞こえる。中で看板がスクラップにされたようだ。
ぺっと手のひらサイズになったスクラップを吐き出すと、礼音さんの手元へとバケツは戻っていった。まるで躾の行き届いた犬みたいだ。
「す、すごい……!」
「ね? こいつ結構使い勝手いいんだよ」
志音が私のまきびしを笑いはしたものの、有用だといち早く気付いた理由が分かった気がした。すぐ近くにとんでもないアームズを使ってる人がいたら、そりゃまきびしにだって可能性を感じるだろう。笑いはしたけど。めちゃめちゃ爆笑してたけど。しばきたくなってきた、早く合流すればいいのに。
「おーっと、やってくれるね」
「うわ」
私達の進路を横断するように、いくつもの看板が転がっていく。バチバチと至るところから漏電している配線が繋がれた状態で。威嚇するような青白い光が、私から「そのまま跨ぐ」という選択肢を奪う。
まきびしで足場を作ってその上を歩くか? いや、あの電流には意思があるように見える。まきびしにまで届いたら足から感電するし、高くしすぎると私が乗れない。かと言ってあんまり距離は無いから、階段を作ろうにも間に合わない。いや、それでもやるしかない、か。
私がアームズを集合させようと念じるとほぼ同時に、礼音さんが「大丈夫」と呟いた。ノープランじゃなく、しっかりと考えがあって言っているような感じがして、私ははっと彼女を見た。
「楽しくなってきたねー!」
そう言って彼女は、手に持っていたバケツを思い切り横に振った。水をかけるような仕草だ。というか本当に中に水が入っている。中から出てきた水量は明らかにバケツのサイズと見合っていない。あれは無限に水を出せるのかも。
バシャアと豪快に掛けられた水は意思を持つように、不自然な軌道を描いて配線の上に降り注ぐ。壁に据え付けられた起点となっているらしい機械から不穏な音が鳴り、コードは死んだように静かになった。
「ちょっと渡りにくいだろうけど、頑張って!」
「は、はい!」
礼音さんがバケツを操りながら言う。バケツは桶みたいに浅く大きく広がって、配線の上に覆い被さった。電気は死んだっぽいけど、念の為ということだろう。金属のまきびしよりは、プラスチックのバケツの方がマシっぽいよね。
そうしてヤバそうな配線地帯を抜けると、今度は看板が二つ、正面から飛んできた。
「は?」
礼音さんの手元に戻ったばかりのバケツは、ぐわっとその口を広げてそいつをキャッチ。本人は涼しい顔をしている。私は唖然としながらも、大きくしたまきびしで看板を打ち砕く。
偶然を装って攻撃するようなスタンスだったくせに。いきなりこんなものが飛んでくるなんて。敵もどんどん余裕が無くなってきてるということだろうか。
「攻撃がどんどん露骨になってきたねー!」
「ですね!」
視線の先に何かが見える。あれは……スクラップの山?
ガシャンガシャンと音を立てて、周囲の物質を吸い寄せている。これまで私達に散々嫌がらせしてくれた看板が主で、まるで強い磁力で引き付けられるようにとんでもないスピードでそれらは山にぶつかっていった。
「やっとおでましかー」
「え……?」
「分かんない? バグだよ、あいつ」
言いながらも礼音さんの足は止まらない。むしろ更にスピードが増している。マジで付いていけない。彼女の背中は、何かに焦っているようだった。
「どうしたんですか!?」
「デストロイ32の再来……マジかもね」
ぶつかってバラバラになった部品が再構築されていく。そこにいたのは金属の身体を持つ、鬼のような何かだった。
対峙しただけでこれがヤバいって分かる。今までのバグとは違う。明確な殺意を感じた私は、少しだけ足が竦んだ。だけど、立ち止まっていたら、それこそ本当に死ぬ。そんな確信が私を突き動かした。
「っやぁぁぁ!」
手を開いて腕を振り下ろす。私の動きに連動するように、バグの頭上に現れた無数の大きくなったまきびし達が雨のように降った。少しでもダメージを与えられたらと思ったけど、ヤツはうざったそうに腕を振って、容易くまきびしを払ってしまった。
「……」
「夢幻ちゃん?」
「帰りましょう」
「諦めるの早くない!?」
こんなん諦めるわ。今までこの攻撃が一切効かなかったことなんて無かったはずなのに。いや、あったとしても悲しいから私の記憶から綺麗に消えてるだろうけど。
バグはゆうに3メートルを超える巨体だ。逆三角形のたくましい身体に、ご丁寧に腕らしき部分にはこん棒っぽい武器まで持っている。全部が金属の寄せ集めで作られたものだから、あくまでそれっぽいシルエットってだけなんだけどね。それでも、全てをなぎ倒そうとしているようなあの武器の存在はいただけない。
多分一撃でももらったらリアルに帰還できなくなる、もしくは帰還できたとしても重大な障害が残るだろう。そういう不吉な予感がビンビンする。
「ま、もうちょっと戦ってみてからでも遅くないでしょ。あいつも来てないし」
「志音はバグが倒されるのを待ってからひょっこり出てきて「いやぁ~~あたしも戦いたかったな~~あとちょっと早ければなぁ~~~」って言い出しますよ」
「信用なさ過ぎてウケる」
こうは言ったけど、志音には早く合流してほしい。「あ、ちゃんと武器っぽい武器持ってる人がいる」っていう安心感を私に与えてほしい。
「ビビってる夢幻ちゃんにいいこと教えてあげる」
「なんですか?」
「信じたくないけど、こいつ、32リターンズがデストロイ32の生まれ変わりだっていうのは間違いないと思う。前と見た目が同じだから」
「全然いいことじゃないんですが」
どこがいいことじゃ。日本を混乱に陥れたバグの再来。それと対峙しているのが、バケツを持った女と、まきびしを持った女。何も知らない人がそこだけを知ったら発狂しそう。
しかし、礼音さんは不敵に笑った。
「つまり、私はこいつを一度倒したことがあるってこと。それもこのバケツでね」
「……!」
「メカっぽいバグが相手の時、私は決まってこいつを呼び出す。水とゴム、この二つの属性があればなんとかなるもんだよ。相手が磁気を帯びてる可能性もあるから、とりあえず夢幻ちゃんはまきびしをしまって、少し下がっててくれるかな」
あのバケツ、プラスチックじゃなくてゴム製だったのか。アホっぽく見えても、すごくちゃんと考えられた武器なんだ。
私は大先輩の胸を借りるつもりで、小さく頷いた。
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