第224話 なお、ヒロインはいないとする
32リターンズと名付けられたバグが、その名に恥じない存在だということがはっきりしたのに、礼音さんには一切の動揺が見られない。だけど、決して舐めているわけではなさそうだ、それくらい分かる。
私達をここに連れてきたくらいだし、本当に大したことがないと舐めてかかっていたら、「夢幻ちゃん、頑張って?」くらい言いそうだもん、この人。
金属のハリボテのようなバグは、手中で生成したスクラップ製のこん棒を両手で構え、姿勢を低くした。デッカい一撃が来そうで、早速不穏だ。下がっていろって言われてちょっと下がったけど、もっと下がった方が良さそう。だけど、このひりついた空気の中で下手に動く勇気もない。はい詰み。
バグの体が震えてガチャガチャと音を立てる。次の瞬間、こん棒がバチバチと光り出した。何か考えなくても分かる、さきほど私達を襲ったのと同じ電流だろう。金属が擦れ合うような音の不快な咆哮が辺りに響き渡った。
「来るよー!」
「はい!」
いや、はい! じゃないが。対処なんて全く考えてないよ。
礼音さん、下がって見てていいって言ったじゃん……。だけど、彼女に私を守ろうとするような素振りは見られない。今から背を向けて全力ダッシュで逃げ去っていい?
もうだめだ。じり、っと私の足が踵を返そうとした瞬間、バグのこん棒が何かを叩くよりも早く、礼音さんが動いた。
バケツの取っ手を両手で持って、ハンマー投げのように回転する。取っ手の部分だけが伸び、それは風切り音を立ててバグの手元へと向かっていった。その間、バケツは大きく平らに形を変える。バカデカい中華包丁みたいだ。
「!?」
何あれ。
礼音さんの、斬撃……? いや、斬ってはいない、よね……ゴムだし……。彼女のゴム撃はバグの武器部分どころか、振り上げられた手首からまとめて斬り落とした。
手首から先の連結を解除されたスクラップが地面に落ち、礼音さんのアームズが地面を叩く音と混ざって、けたたましい音が鳴る。アームズはすぐに普通のバケツに戻って、彼女の顔の横辺りでふよふよと漂っていた。
一方で、礼音さんの表情は真剣そのものだ。色々と聞きたいことはあったけど、今は命のやり取りの真っ最中だということを忘れてはならない。私も気を引き締め直して、バグの動向を観察した。
「/-*/*/***/***-**--****」
バグは不気味な、声のような音を発している。深夜にお隣さんにこの音を出されたら、それこそ包丁持って玄関のドア叩くだろうなって感じの音だ。
「あの、礼音さん」
「ん?」
私達は互いにバグを見つめながら話をする。どうしても気になっていることがあったから。
「今の攻撃、多分連続攻撃できますよね。ぐるぐるーって」
「おっ。いいところに気付いたね、そうだよ」
「じゃあ、なんでしないんですか?」
「あいつを無闇に攻撃しても意味がないからだよ」
「……?」
礼音さんを盗み見る。私とは違って、彼女はたったいま叩き切った手に注目しているようだ。
「デストロイ32のデリートに参加した多くのデバッカーが撤退を余儀なくされたのには理由がある」
「……?」
「あいつ、再生するんだよ」
「……ヤバ」
激ヤバじゃん。じゃあなおさら再生する前に攻撃しまくってデリートしてくださいよ、なんて言おうと思ったけど……私は的中していて欲しくない、とある可能性に気付いてしまって口を噤んだ。
「…………もしかして、コアがある系ですか?」
「勘がいいねぇ。あったりー」
ニィと口をつり上げて笑う礼音さんと、めんどくささに意識が遠のきそうになる私。だけど白目を剥いている暇なんてない。バラバラのスクラップ達は、バグの手から先を構成するように、ゆっくりと戻っていく。私は礼音さんと一緒に、それらしき物が中に混じっていないかと目を凝らした。
「前回は体の中央だったんだよねぇ」
「コアの在処ですか?」
「うん。ちょっとその辺を重点的に観察してくれる? 私は、回転してるから、ずっとは見てられないし」
「はい! わかりました!」
すごいよ、私。今の私に出来るのは見てることだけっていうのを極めてる。見てることしか出来ないって感じじゃなくて、見てるということをしてくれる誰かが必要で、それに私が大抜擢された、と。これってすごいと思う。だから私は決して無能なんかじゃない、無能なんかじゃ。
それから、礼音さんはバケツを操って、危なげなくバグを追いつめていく。いや、危なげがないっていうのは、礼音さんの声や表情から、遅れて分かる感じなんだけど。
二人の戦いを見ていて、結構な頻度で「あ! 危ない!」って思ったりしてる。世界的なデバッカーに対して失礼なのは分かってるけどさ。心配なものは心配だ。だけど、礼音さんはそんな時でも、余裕そうな表情で、時には笑って対処している。
彼女の攻撃の仕方を何度か見て、やっと何がどうなってあの災厄のような破壊力を生んでいるのかが、段々と分かってきた。
まず、バケツはパーツによって硬度を変えているようだ。弧を描いている持ち手の部分は伸ばせるように柔らかく、反対にバグに叩き付ける部分はとんでもなく堅くしているっぽい。攻撃の度に金属と金属がぶつかるような音が鳴っているから、多分間違いない。
さらに、さっきからチラチラと見えているバケツの中身……どう見ても透明じゃない。看板とコードにかけていた液体は多分水だったと思うけど、なんかそれも自信なくなってきた。
振り回されるアームズから見えたのは、銀色の液体。そんなもの、私は水銀くらいしか知らない。あれは水より10倍以上重たいはずだ。けど有毒なので、そのままイメージしているというのは考えにくい。おそらくは”水銀に限りなく近い性質を持つ何か”と思っておいていいだろう。バーチャルではリアルに存在しなものを発現させることができる、あの液体もその一例ということだ。
つまり、重さをパワーに変えるために、礼音さんはバケツ部分だけじゃなく、中に入ってる液体の性質をも変質させている、ということになる。あのバカデカいサイズだと、中に入っているのが水だったとしても重たくて振り回せないだろうから、ヒットの時だけ内容量や性質を変化させて、最小限の負担で戦っているのだろう。
一つのアームズ内で、あんなに複雑に物体の性質を切り替えるなんて。私のアームズとは違う意味で扱いが難しそうだ。というか、この人ならどんなものでも、それなりに戦える武器に変えてしまいそう。
「すっご……」
「で、夢幻ちゃん。コアは見つかった?」
「まだです!」
「元気があってよろしい!」
わはは、礼音さんはそう言ってまた舞った。戦ってるのに踊ってるみたいでなんかかっこいい。手に持ってるのバケツだけど。
「にしても、さっきからヤケに顔のガードが固いと思わない?」
「思います!」
ウソ、全然気付いてなかった。
だけど礼音さんは私がどう答えようと、多分どっちでも良かったんだと思う。私が返事をする頃には大分離れたところ、というか空中に居た。彼女は大きくしたバケツをひっくり返すようにして地面に置き、そのど真ん中を踏んで高く跳んだのだ。トランポリンみたいに使うだなんて……面白そう……ズルい……。
そして空中で体を捻り、手元に呼んだバケツを縦に構える。バグは頭上からの攻撃に備えた。当然だ、礼音さんのアームズであれば、頭から縦に真っ二つにできるんだから。それを警戒しない方が馬鹿だ。
だけど、礼音さんはバグのその予感を逆手に取った。上段の構えで振り下ろそうとしていたアームズの軌道を変えて、ほぼ真横にフルスイングしたのだ。
バグはほぼノーガードで頭部を砕かれ、そのままバケツの軌道に付いていくようにバランスを崩す。転倒する、私がそう確信するのとほぼ同時に、礼音さんはついでとばかりに、バグの腹部も叩き斬った。
今度こそ真っ直ぐに振り下ろされ、そのまま地面に刺さるバケツ的な何か。持ち手だけを柔らかくしならせると、礼音さんは土煙が上がる中、涼しい顔で着地した。息切れ一つしてない。
すごい、この人。マジで強い。
倒れちゃったらバグの体の中は見れないよね、という事実から目を背けながら、私は礼音さんの強さにシビれていた。
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