第225話 なお、ヒロインはいらないとする

 横たわるバグを見つめながらも、礼音さんは微動だにしない。多分、見える範囲でコアがないかを確認しているんだ。大きなダメージを与えると、バランスを崩したバグは倒れてしまってその姿が見えなくなる。かといって、小さな攻撃だけでは向こうに反撃の隙を与えることになりかねない。さじ加減がかなり難しい、とんでもないワガママを言う女子みたいでちょっと腹が立つ。

 あのバグの身体の中をチェックするって、想像していたよりもずっと面倒だ。手を切断したときは上手くいったけど、腕回りばかりをチェックしても仕方がないし。中身をくまなくチェックしたいなら、同じように全身に攻撃を与え続けなきゃいけないってことになる。狂いそう。

 私が難しい顔をしていると、それに気付いた礼音さんが声をかけてくれた。


「どうしたの? もしかしてコア見つけた!?」

「いいえ!」

「元気じゃん!」


 礼音さんはカラカラと笑って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。会った時から思ってたけど、志音と同じような顔をして屈託の無い笑顔を作られると、違和感で頭が爆発しそうになるっていうか。

 そこで私は思い付いた。なんで思い付かなかったんだろう、私も、礼音さんも。バグの体の中を調べる、とんでもなく簡単な方法があるじゃないか。


「礼音さん、私……まきびし呼び出していいですか」

「……何か考えがある感じだね」

「はい。攻撃を無効化されたり、はね返されたりして危ないから、とりあえずしまっとくようにって話でしたよね?」

「そうそう」

「攻撃、しなきゃいいんじゃないですか?」


 礼音さんは一瞬、何言ってんだこいつ、という顔をしたけど、すぐにはっとした表情で顎に手を当てた。だけど、私は一瞬でも何言ってんだこいつって顔をされたことを忘れない。そんなところまで志音とそっくりなんだってちょっと感心した。別に知りたくなかったけど。でも鋼のメンタルだから、何かあったら「あのトリムに蔑むような視線で見られたことあるんだよ」って自慢することにしよ。

 彼女はすぐに私の狙いに気付いたらしく、意地の悪そうな顔で悪役みたいに笑った。これまで何度も見てきたアイツの笑顔に、やっぱり似てた。


「最高じゃん! いま、奴が再生する前にいける?」

「はい!」


 私は奴の周辺に、ありったけのアームズを散りばめるように呼び出す。だけど、すぐに考え直して、念のため手元に少しだけ残しておくことにした。

 奴が帯びている磁気にどれほどの感覚があるかは分からないが、もしかすると私が自分の意思でアームズを操作すると「むっ! こいつ! いま自分で動こうとした!」と感知されてしまうかもしれない。なので、呼び出した後はほっといた。この周辺に転がっているのは、ただのザキザキで踏んだら危なめの鉄くずである。死人のふりをするまきびし。可愛いね。


 狙いは、バグの全身に入り込んだ私のアームズを、なんかいい感じで最大サイズまで巨大化させること。なんかいい感じにね、これすごく重要だから。

 がしゃがしゃと体を再生させるバグ、磁力に引き寄せられて奴の体を構成する一部となるアームズ。ここまでは作戦通りというか、むしろ思い通りに事が運び過ぎて怖いくらいだ。

 バグが体を起こすのを見て、礼音さんはバケツを顔の横にふよふよさせながら言った。


「そろそろだな。とりあえず、あたしが何度か奴に攻撃してみるから、夢幻ちゃんは何か異変があったらすぐに教えてくれる?」

「はい!」


 ちなみに、私はしばらく礼音さんに丸投げするつもりだった。本人もそうしろって言ってるし、何より私には武器が無いんだから。

 邪魔にならないところに移動しようとしたところで、違和感に体が硬直した。なんだ、これ。


 ピンボールみたいに、色んなところにぶつかって、少しずつある一点に引き寄せられていく感覚というか。これ、まさか。


 私ははっとした表情で立ち止まっていたんだけど、礼音さんはそんな私のことは気にせずに、さっさとバグとの戦闘を開始した。

 おかしいじゃん、今のは「夢幻ちゃん、もしかして何か分かった?」ってなる流れだったじゃん。バグのデリートついでにフラグをクラッシュするな。


「*---*---***-*-*-**」

「その耳触りな音、懐かしいよ」


 先ほどと同じ要領で切断するように振り下ろされるバケツ。……かと思ったら、直撃の寸前で大砲のような円筒状になった。ぶつかったところを抉るように削ぎ取ると、小さくなって中身を圧縮し、すぐにスクラップを吐き出す。まるでバケツの食事を見せられているみたいだ。


「うーん、スクラップにはできるけど、やっぱこんくらいが限度か」

「残念です……」

「ホントにね」


 大して残念じゃなさそうに礼音さんは頭を掻く。

 奴全体を飲み込むくらいバケツを大きくしてそのまま圧縮できれば、コアなんて探すまでもなく勝ちだと思ったのに。礼音さんもそれを狙ってたようだけど、さすがにあの巨大ロボのようなサイズのバグを一度に丸飲みにするのは難しいらしい。

 そして、礼音さんと話をしながらも、頭の半分くらいでは別のことを考えていた。というか感じていた。


 ヤツの身体に取り込まれたまきびし達が徐々に移動してる……?

 かちゃかちゃと色んなガラクタにぶつかりながら、どこかを目指している、気がする。

 これって。まさか。


 私は、バグが私達の会話を聞いて理解できる可能性を考慮して、小声で礼音さんに話し掛ける。


「礼音さん、大変です」

「どうしたの?」

「多分なんですけど……バグの体の中を、まきびしが移動しています」

「……どういうこと?」

「強い磁力に引き寄せられてる感じがするっていうか……」


 おそらく、あのバグの体を形成しているのはコアの仕業だろう。つまり、磁力の発生源はコアである可能性が極めて高い。小さいまきびしは障害物の隙間を縫うようにして、ゆっくりとコアを目指している、ということ。

 私が説明する前に事情を察した礼音さんは、にやりと笑った。相手は馬鹿じゃない、チャンスは一度きりだね。そう言って私の背中を軽く叩く。やってやろうぜって感じだったけど、実際私はアームズの移動を待つだけだから何もすることが無くて、なんとなく気まずい。


「夢幻ちゃん、まきびしの移動が終わるまではこっちで時間を稼ぐ。だから」

「あの」

「何?」

「近くにあったものについては終わったっぽいです。私にはそれがどこか、まだ分からないですけど……アームズの移動の仕方を考えると、おそらくは胴体のどこかだと思います」


 バケツを手元に呼び寄せると、彼女はこちらに手のひらを差し出した。私宛っぽいその手を見て、ちょっと意味が分からなかったから礼音さんを見る。


「まきびし、残してるんでしょ? 貸してくれない?」

「……はい!」


 私はすぐに、残しておいたまきびしを彼女の手の上に置く。ありがとう、礼音さんはそう言うと、受け取ったまきびしをぎゅっと握って不敵に笑う。

 彼女は特に気にしていないみたいだったけど、あんなに激しくまきびしを握る人なんて初めて見たので、かなり困惑してる。手、鋼か何かで出来てるのかな。志音のお母さんだし、それくらいありそう。

 ……っていうか、そういえばあいつ、何やってんだろ。すっかり忘れてたけど、ホントにダイブしてきてないんだろうか。でも、礼音さんは後から合流できると思うって言ってたし、こんな巨大なバグが大暴れしてたら遠くからも見えると思うし。


 いや、いない人のことを考えてもしょうがない。あいつはもういいや。

 私はさっさと志音のことを諦めると、礼音さんに作戦の概要を確認することにした。

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