第226話 なお、ヒロインなんていなかったとする
礼音さんの作戦はとんでもなくシンプルだった。コアに引き寄せられたまきびしを私が大きくし、コア周辺の障害物をクリアにして、そこに攻撃をブチ込むというもの。ちなみに攻撃というのは、礼音さんがブッ放すまきびしである。
私はこのクリエイティブな作戦に心から賛同した。私のアームズを礼音さんのアームズで射出し、敵を撃破。二人が力を合わせる、トリムとただの女子高生が。こんなの、私ったらお手柄過ぎる。トドメを刺すのは私のアームズなんだし、これはもう私がトリムと言っても過言ではないってくらいのお手柄。
私はうんうんを頷きながら彼女の話を聞いた。本当にそんなゴリ押しでいけるのか、という不安もなくはない。だけど、この状況を最大限生かすなら、私も同じような提案をするだろう。というか、礼音さんに告げられる前に同じようなことを考えていた。やっぱり実質トリムかな。
そして内容を伝え終えると、彼女はさっきと同じことを再び言った。飄々としてるんだけど、どこかキリっとした感じの顔で。
「チャンスは一度きり。分かってるよね?」
「当然です」
あのバグ、彼女の言う通り、おそらく馬鹿ではない。礼音さんが相手だから翻弄されっぱなしに見えるけど、彼女の攻撃方法を学習して避けようとしたり、彼女の動きを警戒しているのが見て取れる。
読み切られないような動きで完全に振り切っちゃう礼音さんがすごすぎるってだけで、並の攻撃力、対応力のデバッカーが対峙したらかなり苦戦するだろう。というか学習能力がすごいから、下手に学習材料を与えない方がいいとすら言える。
もしかすると、前回の騒動の時にあそこまで事が大きくなったのって、そのせいもあるのかなって、今更になってちょっと思った。みんなでバグのこと強くしちゃいました、みたいな。有名なデバッカーはすぐに手が空くことも稀だろうし、向かわせるチームも新人からベテランへ、小規模から大規模へと、徐々にランクアップしていった可能性が高い。
そう考えると、今回発生を確認した段階で彼女がやってきたのは、まさに僥倖と言えるだろう。この協会だけじゃなくて、日本にとって、ね。
礼音さんは手を開く。そこには私が渡したまきびしがあった。手は……どういう仕組みか全く分からないけど、何故か無傷だった。え、こわ。いや血塗れになってても怖いけど。どっちにしても怖い。
「夢幻ちゃんには、ヒットの直前にまきびしをできる限り大きくしてもらうからね。よく見てて」
「はい!」
「できる限りっていうのは、コアのサイズに合わせてってことね。分かる?」
「はい!」
はいしか言ってないけど、他に言うことが無いんだから仕方がない。礼音さんの言うことは分かる。コアがまきびしと同じくらいのサイズだったとしたら、大きくするのはアウト。攻撃するまきびしちゃんがコアよりも大きかったら、周辺をこじ開けた他のまきびしにぶつかって目標に当たらなくなるから。要するにきちんと貫き切るイメージでサイズを調整すればよいのだ。
私がすべきことは一つ。礼音さんの言うように、よく見ておくことだ。崩れた瓦礫の上に登って、少しでも顔を近付ける。あいつの足下に走っていった方が確実なのは分かるんだけど、それは勘弁して。踏まれて死ぬから。
私の準備ができたのを見計らって、礼音さんはバケツを構えた。取っ手部分ばかりが大きくて、かなりアンバランスな見た目だ。彼女が握ると、取っ手の根元がぐにゅっと変形する。そうしてY字にしてから地面にブッ刺す。
彼女が即席で何を作ったのか、分かってしまった。これは、パチンコだ。弾はまきびし。すごい、子供の遊びならバキバキに親に怒られるやつ。
「すご……」
バケツの底にまきびしをセットして、裏側から思いっきり引っ張ると狙いを定めた。おそらく、支柱になっているところと、まきびしに接している面だけすごく硬いゴムになっているんだ。あぁ、バケツの縁もそうかも、そうじゃないと枠が変形しちゃうだろうし。そして取っ手部分は柔らかい材質で形を作ってから堅くして固定している、と。
こんなに複雑な材質変化を一瞬でやってのけるとは、やっぱり彼女はとんでもない。形状を見ても一瞬じゃ追いきれないくらい、込み入った構造をしているっていうのに……。実行できてしまう彼女のアームズの対応力もすごいけど、何よりもすごいのは、その構造を考える力。遡って言えば、応用を効かせられるアームズを生み出す発想力がすごい。
難しいことなんて何一つしてませんよって涼しい顔をしてるのがまた、すごいっていうかここまで来ると憎い。
「それじゃ、いっくよー!」
「はい! コアを出します!」
私はアームズを大きくした。バグの右の腰辺りがぐわっと開いて、真っ赤に輝く何かが顔を出した。どう見てもあれがコアだ。なんであんなところにあるんだよ、普通心臓とか胸の辺りでしょうが。小癪過ぎるわ。
イラっとした私とは違い、礼音さんは目標を確認すると、千切れるんじゃないの? ってくらいビンビンに引っ張られたバケツをパッと離した。他のことは何にも考えて無かったって顔をしている。
離す直前に気付いたけど、底面にはフープのような指を引っかけるところが付いていた。多分、引っ張りやすいようにだと思う。細かいところへの気配り……ヤバい……。
だけど、そんなこと気にしてる場合じゃない。よく見ててって言われたんだから、まきびしを見なきゃ。
「……ヤバい」
礼音さんに聞こえないくらいの小声で言った。私のアームズが現在、びゅんびゅんと風を受けて目標に真っ直ぐ向かっているのは分かる。だけど、今どの辺を飛んでいるのかは全く分からない。小さすぎて見えない。終了。もう完全に終了。
私は少しだけまきびしを大きくした。多分あのコバエみたいな小さい点がまきびしだ。これであとは直撃の瞬間にまきびしの大きさを調整するだけ。幸い、コアは私の顔くらいありそうだし、小さ過ぎて当たらない、ということはなさそうだ。
難を逃れたと思ってほっとしていると、バグは腰を隠すようにそっと手を添えた。いい加減にしろ、風呂上がりにお父さんと遭遇した娘かお前は。
私はその所作にまたイラっとした。けど、対策は思い付かない。手を躱すように軌道を変更してまた戻す? いや、そんなことをしたらせっかくの勢いが死んでしまう。せめて一度角度を変えるくらいなら。
どうしよう。
ダメだ。
このまま手に当たる。
私が諦めかけたそのとき、バグの体が傾くと同時に、大きな金属音が鳴った。見覚えのある如意棒がバグの脚を貫き、体勢を崩させている。
あれが誰のものかなんて、考える必要は無い。
不意を突かれたバグの手が腰から離れる。
「夢幻!」
「くたばれ!!!」
脚が崩された分、想定していた位置よりも低いところにコアはある。私は拳を振り上げ、自分とまきびしの動きをリンクさせることを意識する。
そして、力いっぱい振り下ろした。
軌道を補正して大きくなったまきびしが何かにぶつかる感触があった。それでも私は念じることをやめない。
「くたばれー! 志音ー!」
「さっきからくたばれってあたしに向けて言ってたのかよ!」
志音のつっこみと共に、コアを貫く手応えを感じる。その瞬間、引き付けておくものが無くなったガラクタ達はずんどこずんどこと地面に落ちてった。土煙がすごい。あとうるさい、めちゃくちゃ。
倒、した……?
アームズから伝わってきた感触を反芻していると、背後から抱きつかれた。
「やるじゃーん!」
「え、あ、はい」
「あっはっは! 志音ー! 彼女にくたばれって言われるってどんな気持ちー!?」
「最低だよ!」
志音は怒鳴りながら、こちらにズカズカと向かってくる。そして、目の前に辿り着くと、「悪い。なんかトークンの再発行とかでかなり時間がかかった」なんて言って頭を掻いた。
……そんなことよりも今、礼音さん……彼女って、いやなんでもない。無し。今の無し。私知らない。
「まぁいいじゃん! 結果オーライってことで!」
「母さんはいっつも軽いんだよな……」
「っさいなー。子供の成長と次世代の担い手がいっぺんに見られたんだから、今のあたしは相当気分がいい!」
腕を組んでけらけらと礼音さんは笑った。並んでいるところを改めて見ると、本当にそっくりだ。表情が違うから、服と髪型を交換されたとしても見間違えることはないんだけど。
「じ、次世代って……気が早いですよ」
「そうだよ、まだしばらく第一線でやるんだろ」
「まぁねー」
崩れたバグが巻き起こした土煙がやっと晴れてきた。すると、夜だった空の色にまで変化が現れ、少しずつ明るくなった。空にまで影響を及ぼすなんて、本当にヤバいヤツだったんだな。数歩前に出て、礼音さんはバラバラになったガラクタと綺麗な夕陽とを交互に見ている。
そうして、「でもさ」と呟くと、私達の方に振り返って、はっきりと言った。
「今日のヒーローはアンタら二人だよ」
何も言えなくなって、誤摩化すように志音を見る。志音は持っていた如意棒の呼び出しを解除しながら、「おう」と笑った。
お前……最後の最後に現れていいところ掻っ攫っていって……お前お前……。
ところで、え、彼女って言った……?
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