中間テスト〜筆記〜
第26話 なお、蹴り飛ばす時は安全靴を履くものとする
みんながダイブしてからおよそ三十分。私達はダイビングチェアではなく、普通の椅子に腰掛けていた。言われた通り、バグと遭遇した報告書を書いていたのだ。凪先生が教えてくれたように、手続きや確認を済ませていく。
私がこの作業を面倒に感じ始めた頃、志音は「えっ」と声をあげた。自分の年収の低さに驚いているのだろうか。
目を丸くしている志音に話しかけてみることにした。
「何? どうしたの?」
「このバグ、懸賞金がかかってるぞ」
「え!?」
まさか二体目にして懸賞首に当たるとは。運が良いというか、なんというか。いや、あんな状態で出会ったんだ、とてつもなく運が悪いと言った方が適切か。
「すごいわね、私も殆ど当たったこと無いのに」
「そうなんですか?」
「えぇ、確率にして、多分1%にも満たないんじゃないかしら」
「今まで何体の懸賞首と当たってきたんすか?」
「7体程かしら」
「少なくとも700体のバグをデリートしてきたという計算になりますが、よろしいですか?」
ドン引きしながら先輩に確認すると、彼女は笑いながら「すごいわねー」なんて言って私を褒めた。話を逸らす気か? 先輩?
っていうかなんで私達より一年早いだけの人が、こんなにバグを撃破してるの? 怖過ぎる。
「そうだな。ありゃお前の手柄だ」
「もっと誇っていいのよ」
この二人に褒められるとなんだか無性に照れ臭くなる。一時しのぎとはいえ、凶悪な賞金首と渡り合えたのだ。きっと誇ってもいいのだろう。
もちろん、これは私一人だけではなく、夜野さんの功績でもある。彼女も隣の実習室でクラスメートに讃えられていて欲しい。
「ところで、懸賞金っていくらだったの?」
「五万円だ。懸賞首の中じゃ小物だな」
「五万円!?」
私は思わず悲鳴にも似た声を上げてしまった。
これが驚かないでいられるか。それだけあれば、しばらく外食三昧で好きに暮らせる。毎日ファニチキとからあげクソとか買って帰りたい。
「あ、学生が貰える報酬は十分の一だからね、期待し過ぎないようにね」
「え!? 確かに学生には大金かもしれませんが、こういうのは結果重視ですよね? そのまま受け取っても……」
「札井さんの言うことも分かるわ。だけど、こればかりはどうしようもないの。過去に、授業そっちのけで賞金のかかったバグを探し歩いた人がいるからだって聞いたことがあるけど」
私は先輩の話を聞いて思わず唸った。滅茶苦茶な生徒だけど、奨学金制度などを利用している学生にとっては渡りに舟だったのかもしれない。
そう考えると、懸賞金に制限がかけられるのも納得できる。
「というか今回はどっちにしろ足止めしただけだろ。貰えもしない金に文句言うなよ」
「は? 今回のことは分かってるっての。私はこれからの話をしてるの」
「まきびし以外のものを呼び出してから言ってくれ」
ムカついたので、エアーまきびし投擲をしてみた。
ちょっとビクってなってやんの、はは、ざまぁ。
「札井、てめぇ!」
「とりあえず、書類の作成はこんなところかな」
「……雨々、ご苦労だった」
私達の背後には、いつの間にか鬼瓦が立っていた。その顔で音もなく背後に立つのは今後やめて頂きたい。しかし、そんなことを言える訳も無く、私は跳ね上がった心臓を静かに落ち着かせた。
先生は先輩からデータを受け取り、それを事務員に渡している。ここで何か不備があれば訂正を求められるのだろう。先輩が清書してくれたお陰か、データは一発で通ったようだ。
ダイビングチェアで一眠りするなんて言ってスタスタと歩いていったアホは置いといて、私は先輩の後ろ姿をぼんやり眺めながら、席へと戻った。
ここで先輩のスペックについて簡単におさらいする。整った中性的な容姿、バーチャルプライベートの許可証を取得する程の頭脳の持ち主、もちろん品行方正。そしてバグを何百体もデリートしている腕っ節の強さ。
誰がこんな完璧超人を作れと言った。
この人の欠点といえば、軽くサイコパスの気があるくらいだ。
「……なに?」
「いえ……」
何も悪いことはしていないのに、何故か後ろめたい気持ちになって、私はすぐに視線を逸らした。
というかサイコパスだなんて思っていることが気付かれたら、命が無い気がする。
返す言葉が見つからず、沈黙を貫いていると、だらしなくダイビングチェアに座った志音が「そーいや気になってたんすけど」、なんて言って話を切り出した。
敬語を使ったところを見ると、おそらくは先輩に聞きたいことでもあるのだろう。先輩は頭にクエスチョンマークを浮かべながら、志音の顔を見た。
「先輩の相方って何やってんすか?」
……そういえばそうだ。何をしているのだろう? 先輩からパートナーの話を聞いたことは一度もなかった。もう少し話題に上がっても良さそうなものだけど。
興味があって先輩の返答を待っていた私だったが、次の瞬間激しく後悔することとなる。
「死んじゃった」
はい。
はい。
はいこの話おしまい。
とんでもない地雷に触れたアホカスには、後ほど私がギガデインを食らわせておきますので、何卒ご容赦下さい。
「あ、そうなんすか。事故っすか?」
おいそこ突っ込んで聞くところじゃないだろ。
私に散々空気読めないって言っておいてなんなんだ、あんたは。
見ていられなくなった私は、志音の名前を呼んで制止した。
「いいのいいの。二人も知っておいたほうがいい事だし……真はね、バーチャル空間でバグにやられたんだよ。植物人間になってしまった彼女の最期は、家族に看取られてとても穏やかなものだったわ。それだけが唯一の救いと言えるかしら」
先輩はいつになく優しい表情でそう言った。まこと。そう呼ばれたのは先輩の相方さんの名前だろう。毎年帰らぬ人となる生徒がいることは入学初日に聞いていた。
だけどまさか、先輩のパートナーがそうだったとは。掛ける言葉が見つからず、私は口を噤んだ。
「そうだったんすか……」
「うん、だから君達も気を付けてね」
「はい……」
もういいだろう、この話題はこのくらいにしておこう。志音も気が済んだでしょう? 彼女を見ると目が合ったので、二人で頷いた。
「相方がいなくなった場合、それからは一人で行動するんすか?」
オイお前もうこの話やめろや。今の頷きは何だったんだよ。
私は志音を思いっきり睨み付けた。
「ううん、普通は三人チームになるよ。私も最初はそうなる予定だった。だけど拒否したの」
「えっ。そんなことできるんですか?」
「普通は無理だよ、やっぱり危ないしね。私は成績と実績でそれを覆したの」
相変わらず無茶な人だ。だけど、この人がそう言うならそうなんだろう。とにかく、まこと先輩という人が、雨々先輩にとって特別な人であることは痛い程わかった。まさかパートナーまでユニセックスな名前とは、さすが先輩。
相方さんの性別がかなり気になったが、それを私に確認する勇気は無い。しかし、悶々としている私の隣、救世主はすぐ近くにいた。
「ところで、まこと先輩ってどっちなんすか?」
すごい。志音。偉い。骨あげる。バナナでもいいよ。
こいつのAKY(あえて空気読まない)力の高さには脱帽する。
あまりにも不躾な質問にも関わらず、先輩は優しく微笑んで答えてくれた。
「ネコよ」
え? 予想外の答えだ。ネコってつまり男なの? 女なの?
志音を見ると、志音も意味が分かっていなさそうな顔をしていた。先輩にその回答の真意を訊かなければ。私達には少々難しい言い回しだ。
「それって」
その時だった。
「おっしゃー! やったな!」
「一番乗りかな」
「じゃね? 今回はラクショーだったな。偉かったぞ、
「……うん」
「お前までアレ呼び出したらどうしようかと思ってたからなー! なんつったっけ? そうだ、まきびし!」
ダイビングチェア越しで顔までは見えないが、どうやら前列の生徒が目を覚ましたようだ。私は先程の先輩に負けない程の優しい笑みを浮かべていた。
聞 こ え て る ん だ よ 。
しかし、声の主達からこちらは見えていないだろう。
歩いていって後ろから座席を蹴り飛ばしたくなる衝動を抑えてると、隣から苦しそうな声が聞こえた。
「くっ……おま、ネタにされるじゃねーか……」
口を押さえて、顔を真っ赤にして笑いを堪えてやがる。
先にこいつを蹴り飛ばしてやろうか。
「笑ったら、失礼よ……ぶふっ……!」
もうこいつら全員血祭りにあげてやりたい。
控えめに言って、ブラッドフェスティバル開催したい。
私が名字の
「でも、あの機転の利かせ方はすごいと思った」
「……あぁ。あいつ、アームズの呼び出しを覚えたらかなり化けるぜ」
「うん。きっと、最前線でみんなを引っ張っていける人になる」
あらあらまあまあ!
自販機はどこ?
二人にジュースを振る舞わなきゃ。
私がキョロキョロと辺りを見渡していると、今度は近くの席のペアが体を起こした。あれは家森さん達だ。
言われてみれば、もうダイブから結構な時間が経っている。寝ている生徒達が、続々と目を覚ます時間だろう。
「戻ってきたね」
「えぇ。アンカーは少し歪になってしまったけど、無事に終わって良かった」
「うんうん。私達までバグに襲われたらどうしようかと思ったけど」
「怖かったぁ……」
「自分がバグに遭遇した訳じゃないのに、泣きそうになってたもんね」
私達の戦いをモニターで観ながら……? 井森さんはやっぱりいい子だ……。このクラス唯一の癒しと言ってもいい。
あまりうるさくするのもいけないと思い、私は無言で家森さん達に手を振ってみる。二人はすぐに気付いてくれて、同じように手を振り返してくれた。
この時、初めて「あ、私クラスに友達いる」と実感した。もう入学してかなり経つけど、やっとそう感じることができた。
コアの呼び出しに失敗してしまったものの、全体的に見ると悪くない実習だったと言える。
今しがた、先輩にしようとした質問をすっかり忘れて、私は充足感に浸っていた。この時、先輩に言葉の意味をきちんと確認していれば、あんなことにはならなかったかもしれないのに。
浅はかな私は完全に余裕をぶっこいていた。
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