第27話 なお、ボイ達もいるものとする
ロッジ設置実習の三日後。
私は三度、時の人となった。
今回は噂ではない。2クラス分の生徒達が、リアルタイムで戦闘を観戦していたのだ。初ダイブでバグを倒したという噂も相俟って、「やっぱりあのペアすげぇ」という周囲の認識が確固たるものになってきた感じがする。
正直「そうだよ、そうそう。もっと褒め称えろ」という気持ちも無くは無い。しかし、私は同時に恐ろしかった。
あの時はたまたまあの戦闘方法を思いついただけ。
また同じことがあったときに、同じように機転が利くかなんて分からない。というか全く自信が無いし、結局私がいまだまきびし以外を呼び出せないことに変わりは無い。噂が一人歩きしまくる状況は避けたいが、今の私にはどうしようもないのである。
そしてもう一つ気になっていたことがあった。
私と志音の噂に関することだというのは分かるが、意味が分からないので、今までスルーしてきた言葉についてだ。そんなとき、志音が口を開いた。
「なぁ、札井。ちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
私達は珍しく一緒に昼食を食べていた。
というか二人で購買のパンを頬張っていた。
「ぼいねこって何かわかるか?」
「!? あんたも意味不明な単語を言われたの?」
「ってことは、札井も言われたのか?」
それだよ、それ。いま私も同じことを志音に聞こうとしていた。
しかし驚いたな。そんなに浸透している言葉なのか。
言葉の意味を探る為、まずは家森さんに言われたシチュエーションについて
詳しく思い出しながら話してみる。
志音は眉間に皺を寄せたまま、「あー……?」なんて言いながら聞いている。
なんだ? 急に日本語が通じなくなったか?
「で、結局それってどういう意味なんだよ」
「知らないって。適当に返事しちゃった手前、なんか今さら聞き出しにくくて」
「あ〜……」
志音ってぼいねこなんだね、家森さんはそう言った。
こいつも直接2〜3回言われたらしいから、ぼいねこというのは私達ではなく、志音のことを指しているように思える。そう考える理由はもう一つある。
私がこの数日で言われたある言葉が、対になるような言葉のような気がするからだ。
「ふぇむたちって知ってる?」
「あ? しらねぇ。ふぇむって誰だ?」
「フェム達じゃないよ、なんで複数居るみたいな感じに解釈したの」
「だって知らねぇし。で、それはなんだ?」
「いやわかんないんだけど」
「はぁ?」
志音は呆れたような顔をして私を睨みつけた。
いやお前も意味わかんないなら同類だろ、私だけのせいにすんな。
「私はぼいねこって言われたことないんだよ。その代わりに、家森さんにふぇむたちって言われた」
「……対になってる言葉なのか?」
「さぁ。私達が付き合ってるって前提で掛けられる言葉だから、ろくな言葉じゃないのは想像つくけど」
「あ」
「どうしたの?」
「この間の実習で、雨々先輩が言ってたろ」
「え?」
「まこと先輩だよ。性別を聞いたつもりだったのに、猫って答えやがった。覚えてるか?」
「あー!」
ここで私は、その言葉の意味を聞き忘れていることに気付いた。
なんか辺りが騒がしくなって、なんとなくその話がお流れになって……。
まこと先輩は猫。志音はぼいねこ。共通点は……ねこ。
はっ! もしや……!
「確認するけど、あんたゴリラじゃなくて猫だったの?」
「人だよ」
もう意味が分からない。考えるのも面倒だ。
私は一つ目のパンを完食すると、すぐに携帯端末を取り出した。
二人とも分からないとなると、もうこれに頼る他ないだろう。
「えーと……うーん……? うー………? うぁ………ぃゃ………ん………………」
「読み進めるにつれて札井がみるみる弱っていく!?」
その内容は衝撃的過ぎた。ボイネコといううのは、簡単に言うと、ボーイッシュな受けという意味だったらしい。
その、性的に。
私は口に出す事もできず、黙って端末を志音に渡した。
「えぇ……」
こいつのことだから無表情を貫くかと思ったが、思いのほか普通にダメージを受けていた。青い顔をしてるのはなかなかレアだ。
「まさかこんな意味だとは思わなかった……」
「なんかあったの?」
「さっき、かなり大勢の前で「まぁーそんな感じかな」って言っちまった……」
「ねぇばか。志音、ばか」
私はドン引きの表情で志音を責めた。
”そんな感じ”であると認めることは、逆に言うと私が嬉々としてコイツに色々してるってことになる。
あまり想像したくないけど、少しだけしてみる。
私が? このチンピラを? 何? やっぱり無理だ。
「まぁた失礼なこと考えてんだろ」
「だって私にチンピラを抱く趣味はないもん」
「誰がチンピラだよ!」
ここで情報を整理しよう。
身長170cmくらい、声は低め、短い茶髪、三人くらい殺めてきた過去がありそうな鋭い目つき。口は悪いし、人が傷付くこともわりと平気で言う。ただ、顔は悪くない。綺麗めのチンピラって感じ。
このスペックの女を抱きたがる人間を想像してみよう。
「……うん、わかった」
「あ? 何がだ?」
「あんたを抱きたがる人って、そういうフェチのゲイしかいないと思う」
「お前マジで殺すぞ」
しかし、すぐに気付いてしまった。
これは、つまり……?
「噂では……私がゲイ、ということになっている……?」
「もうワケがわからねぇよ」
そして私は、すぐに”ふぇむたち”という謎の言葉についても調べた。
女性らしい見た目をした攻め、と言えば分かってもらえるだろうか。
うん、綺麗に繋がった。つまり家森さん他数名の同級生は、私達が既にそういう関係であると囃し立て、挙げ句の果てには私達の攻め受けを適当に……適当に……?
ここで深く深く、過去の出来事を思い返してみる。
そういえば、この間、放課後に志音を空き教室に連れていったとき……教室に戻って志音の服の汚れを叩き落として…そうだった、あの時の会話が誤解されてから、志音はボイネコとかいう噂が流れるようになった。
考えれば考えるほど、どうしたらいいのか分からなくなってくる。
だけど、この数日間でのやらかしで気付いたことが一つだけあった。
いま、絶対にやってはいけないことがある。
今までの私は迷わずそれを最善の策として打ち出し、即座に実行していただろう。
それは、志音に「ボイネコじゃないよ!」と否定させることだ。
一見それしかないように見えるだろう。だけどそうじゃないのだ。
これを実行すると、翌日には「やっぱり小路須さんは受けじゃなかったみたい、攻めだね」という解釈の噂が一人歩きする。そりゃもう、メキシコシティくらいまで、ばーっと歩いてく。
「ボイネコじゃねぇって言うしかないな」
「待って」
「なんだよ」
「本当にそれでいいと思ってんの? そんなこと言ったってあんたが攻めって噂が、新たに広まるだけだよ」
「……? あぁ、それでいいけど?」
は?
理解不能の展開に動揺を禁じ得ないんだけど?
なんなんだよ、お前まで私の敵かよ、もう帰れよ。
「もうここまで事実と異なると、相手にするのも面倒になってくるけどな」
「じゃあなんでわざわざ否定しようとするのよ」
「ビジュアル的に見たらそっちの方がしっくりこないか?」
「くる」
私は即答した。
だって私がこんな長身チンピラを……ってそれ本当に何かの間違いだし。
コイキングといいきずぐすりで禁断の操作をしてでもくれないと、絶対に有り得ないと断言できる。
逆ならね、別にされたいとか1mmも思わないけど、被害届けを出すところまで容易に想像できるし。要するに私が”タチ”という噂よりよっぽど現実的に思える。
「まぁあたしはタチでもネコでもイメージ湧かないけどな」
「は? ネコの方が難解でしょ」
「お前になんかするなんて想像つかないっての」
「あ、私が高嶺の花過ぎて?」
「どうしてそんなにポジティブなんだよ」
志音の呆れた視線を横顔に頂戴しながらパンを頬張った。
妙な空気が流れたあと、志音は思い出したように呟く。
「そーいや、来週からテストだな」
「らしいね」
「らしいねってお前……大丈夫かよ……」
「私は常に予習復習してるし。そんなことで焦らないっての」
「へぇ、案外ちゃんとしてんだな」
案外って何だ、案外って。私ほどちゃんとした人間はいないだろう。志音はつくづく人を見る目が無い、と言いたいところだけど、そうするとバディに選ばれた自分の立場が危うくなってしまう。妙なジレンマに陥りつつ、苦し紛れに睨みつけると、目が合った。
「……」
「なんだよ」
「志音ってさ、なんでいつも私のこと見てるの?」
「? そんなこと気にしてんの?」
「目が合う頻度が異常だからね。そりゃ気になるでしょ」
「うーん」
志音は少し考え込んだあと、「理由は無い」と言い切った。
まぁそんなことだろうと思ってたけど。
「あ! 二人もここにいたんだ!?」
「え?」
振り返ると家森さんと井森さんがいた。
私達も割とちぐはぐな取り合わせだと思うけど、この二人も見た目は全然タイプが違う。だけどいつも一緒にいるから、本当に仲がいいんだろうなぁと思う。
「二人は今は教室戻らない方がいいかもね」
家森さんが苦笑しながらそう言うと、井森さんも気まずそうに同意した。戻らない方がいいというのはどういう意味だろうか。みんなが私達の机を囲んで蹴ったりしてるのだろうか。
何それ悲しい。
「そりゃどういうことだよ」
「原因は志音だと思うけど? ボイネコさん」
家森さんの返答で、教室で何が起こっているのかを一瞬で理解できた。そうだった、コイツ、大勢の前で肯定したんだった。私は志音を睨み付け、顎でドアを指した。
「ま、あたしが撒いた種だしな……」
かったるそうに歩いていく後ろ姿に「ダッシュ」と静かに言いつけ、閉まりきるまで扉をじっと見つめた。本人の言う通り、今回はあいつが悪い。
責任は自分でとってもらうことにする。
「はは、志音ってば尻に敷かれてんね」
だから、私達は付き合ってないんだって。そう言えたらどれだけ幸せだったろう。いや、言うつもりだった。だけど家森さんが続けて言った言葉が衝撃的過ぎて、弁明が頭からすっ飛んでしまった。
「ま、私も似たようなもんだけどねー」
「私そんなことしてないでしょ」
「はは。ま、そういうことにしとくか」
は?
何?
二人は、その、何?
愛のラビリンスなの?
もう自分で何を考えてるのか全く分からなくなってくる。
え、この二人ってそうだったの?
私は驚きのあまり、絶句して二人の顔を交互に見つめた。
駄目だ、付き合っているのか? という疑念のせいで、どう見ても甘ったるい空気が流れているようなフィルターがかかる。
「でも志音は具体的に何をしにいったんだろ?」
「自分でボイネコだって言ったって聞いたけど……」
「そ、それは違うの!」
やっと声が発せるようになり、私は即座にその疑惑について否定した。
意味がわからず適当に言ってしまったことだと伝えると、二人は思いの外すぐに理解してくれた。
「あー、そういうことね」
「そうそう、だから私達はそういうのじゃ」
「札井さんがネコなのか」
違ぇんだよ。
そういった結論に陥るであろうことは予測済みだったにも関わらず、つい強い口調で否定しそうになる。クラスメートの中でもこの二人は比較的よく話すので、どうにか誤解は解いておきたいところだ。その為にはあくまで優しく、正しい情報を伝える必要があると考えた。いくら私でも、せっかく出来た友達を失いたくはないのだ。
「えーとね、私達、付き合ってないんだよ」
「え? 二人はセフレなの?」
お前は馬鹿なの? そう言い返したくなったが、我慢した。
私が四苦八苦していると、それまで黙っていた井森さんが助け舟を出してくれた。
「その言葉通りなんじゃない? ただの友達、そういうことだよね?」
友達? あいつと? 冗談じゃない。誰があんな奴と。
気付くと私は「それはないよ!」と否定していた。自分でもびっくりするくらいの悪手だったと思う。わかってる、わかってるのに、つい反射的に反応してしまったのだ。
「……あ、じゃあセフレなんだね」
「え、いや」
その瞬間、私の言葉を遮るように予鈴が鳴った。
「やば! 次の授業の準備してないや! それじゃね!」
そう言い残して家森さんは走っていった。
その後を追うように、井森さんも走り出す。
「仲いいなぁー……」
誤解を解こうとして余計こじらせてしまったという事実から目を背けるように、私は二人の後ろ姿を見送った。
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