第25話 なお、頼みの綱はお前だけとする
「おい! 引け!」
すぐ後ろで志音の怒号が聞こえた。そう言うのも無理はない。まともな武器を持たず、一つ目の化け物のようなバグと対峙しているのだ。しかも向こうは体長3メートルはありそうな巨体で、オマケに斧を所持している。
これは誰がどう見ても逃げるべき場面だ。首が座ってない赤ちゃんですらクラウチングスタートでダッシュする。
だけど私には、ここでどうにかしないといけない理由と秘策があった。
まず理由については簡単だ。
私もいいとこ見せたい。
以上。
失敗したら死ぬんだぞ、という志音のつっこみが幻聴で聞こえてくる。
そんなのは百も承知の上だ。
しかしよく考えてみて欲しい。失敗しなくても、学園内にて社会的に、私は既に死んでいる。何故ならば、今のところクラスメートは私のことを「足を引っ張るレズ」としか思ってないからだ。
前者については否定の余地は無い。後者についてはそもそも違うんだけど、なんかもう下手に否定してもドツボにハマるだけだし、あんまり考えたくないから放置。
つまりいま私がどうにかできる可能性があるのは前者のみ。否定の余地が無い現状を打開する為には、そう。
手柄を立てる必要があるのだ。
「どうしてここにバグが……!」
「こういうのって安全保障ラインの中でやるものなんじゃないんすか!?」
「その予定だったわ! なのに、どうして……!」
意図的に誰かが、スタートの座標をデッドラインの外側に移動させた……?
私達三人を狙う意味は分からないが、そう考えるのが一番自然かもしれない。だけど、それを実行できる人物はかなり限られてきそうだ。もしや先生のうちの誰かが……?
「やっほー! あのね、三人の座標は過去の演習と比較しても、おかしい位置じゃないんだよ!」
「調べてくれたのか!?」
「あったり前だよー、それがウチの仕事だからね! で、じゃあなんでバグが出たかっていうと、たまたま直前に座標の環境変化があったみたいだねー」
「……ごめん、私にも分かるように言ってくれる?」
「うーん、めっちゃ運が悪かったって感じ!」
さっきまで犯人について考察していた私に謝れよ。
めちゃくちゃ恥ずかしいヤツじゃん。
口に出して無くてよかった、マジでよかった。
そうこうしてる間にも、化け物は近づいてくる。さっきはまっすぐ前を向いていたというのに、奴の動向から目を離さないようにすると、徐々に視線が前から上になっていく。
もう猶予は無い、始めるなら今だ。私は今回の作戦の要になる事柄を確認した。
「夜野さん、コアのプログラムはいいの?」
「うん、エラー無く進むのを見守るだけになってるしねー」
「そう。手伝ってくれる?」
「……え?」
私はバッグに先程拾ったまきびしを詰めて、右手の上に一粒だけ残した。ちなみにこいつは志音にぶつけて、あいつの近くに転がっていたまきびしだ。
縁起がいいので、こいつでいく。もうわかるだろう。イチかバチかだ。
「プログラムが通らない場合、爆発する可能性があるんだよね?」
「え? なに? ロッジのコアの話? プログラムが何らかの原因で阻害されると、そういう可能性があるって話ね」
「その”通らない場合”に、プログラムを流している最中の破損や変形した場合も、含まれるよね?」
「もち! でも、さっきも言ったけど100%じゃないよ? 電源供給が死ぬだけの可能性もあるし」
「夜野さんは三回爆発させたことがあるんだよね? 電源供給が止まるパターンの破損は何回だった?」
「……ゼロだよ」
上々、これ以上無い数字と言える。
これで五十とか言われたら身体にウルトラダッシュモーターを装着して、誰よりも速く遠くに逃げるところだった。
「夜野さん」
「なになに?」
「私の手のひらのこれに、情報を流して。なんでもいい、良く分かんないけどできるだけプログラム時間が長くて爆発しそうなやつ」
「えっ、でも」
「今は頭より手を動かして!」
任せて! 声が響いたかと思うと、今までは一切聞こえて来なかった、キーボードのタイプ音が聞こえた。
それは豪雨が地面を叩きつけるように激しく、苛烈だった。よく分からないけど、爆発しそうな感じある。
もうこれ以上はバグを引き付けられない、その時だった。
「おい、ヤベェぞ札井!」
「札井さん! 逃げて!」
「プログラムオッケーだよ!」
私はありったけの力を込めて、一粒のまきびしを投げた。バグは斧を大きく振りかぶり、そのまま横に薙ぐ。その太刀筋は鋭く、脚の鈍さからは到底想像出来ないスピードだ。
しかし、肝心の爆発は起きなかった。不発だったというよりも、そもそもあいつの斧が当たってなかった。まきびしは化け物の後ろへとそのまま落ちたようだ。
いや衝撃与えろやお前。
うん、わかるよ。空気が白けるのもわかる。
でも待って? プラスに考えよう?
これが野球だったら、あの怪物からストライク取ってたからね?
それってすごいよね?
はい、終了。私を詰る空気と視線終了。今日はもうお開きね。
「当たってねーじゃねーか!」
「あちゃ~……」
しかしここで怯んでる時間は無い。バグは私の動きを警戒して、とりあえず立ち止まってくれている。今がチャンスだ。というかもう今しかない。シザーポケットから次のまきびしを掴んで、夜野さんに指示する。
「次!」
返事と共に、再び激しいタイプ音が鳴り響く。志音はさっき言った。「当たってねーじゃねーか」と。先輩も、からくりが分からないならそろそろ止めに入る筈だろう。
黙って見ているということは、気付いているのだ。このまきびしが、前回とは全く別物であることに。
「夜野! それ本当に情報入ってんだろうな!?」
「弾かれないからそこは大丈夫! 最初は意味が分からなかったけど!」
「……やっぱり、そういうことだったのね」
そう。今回、コアの為にカードを所持したままアームズを呼び出したことにより、私のまきびしは全て、情報記憶合金で出来ているのである。
これが私の秘策だ。
あとは、衝撃を与えれば、程度は分からないものの、運が良ければ爆発を起こす事ができる。
「札井之助! いま!」
「はいはい!」
バックステップで飛びながら、今度は目を狙って投げる。
上手く手から離れたそれは、いい感じのルートで、吸い込まれるようにバグの目に向かっていった。
「ぐおおおおお!!」
上から下。振り下ろされた斧が、地面を叩きつける事は無かった。刃に当たったまきびしが、見事斧を砕いたのだ。
あんな小さな金属が爆発したにしては威力も十分。念のため後ろに跳んでおいて正解だった。
「ああああああああ!!」
爆風で目に木片や金属片が刺さったようだ。そりゃあんだけ目がデカけりゃね。苦しそうに悶ながらも、化物は極力声を出さないように努めているように見えた。音を頼りに私達の居場所を探ろうとしているのかもしれない。
そうなると迂闊に音を出すことは危険だ。志音達もすぐに察して、物音を立てないように腰を低くしていた。
「これからコアの仕上げ作業に入らなきゃ! 三人はそのまま音を立てないようにしてて!」
志音と先輩が作ったパーツは、いつの間にか見えなくなっていた。
限りなく透明に近い壁が、コアが地面に刺さっているであろう部分を囲うように展開されている。
つまり、あの中に入れれば私達は、バグから感知されることは無く、無事帰還できるのだ。バグが近くに居たとしても、ロッジの中に入ってしまえば安全と見なされ、リアルに飛ぶことができるというのが基本だ。
そのため、夜野さんがそれを最優先に動くのはもちろん理解できる。
でもさ。
私とバグの距離見た? ねぇ、見て言ってる?
3~4メートルだよ?
化物に歩かせたらこんな距離、一歩で縮まるね?
もちろん、夜野さん以外はいま非常にヤバい状態だというのをきちんと理解している。ただ、声が発せない為、彼女にそれを知らせる術がない。これ以上考えるのは無駄だ。どうにもならない事をグダグダ言ってる暇は無いのだ。
まきびしをただ単にぶつけても駄目なのは明白。こんなデカブツにダメージが入る訳がない。撒くのも却下、踏んでも大して痛がらない可能性が高い。しかし、プログラムを流す余裕は夜野さんには無い。
「おっけ!! ロッジ完成したよ!」
私はその声を合図に、大きく一度手を叩いた。
もう一度言う、大きく、一度、手を叩いた。
ぱぁん! という音が沈黙を切り裂いた。逆上している化け物は片手で痛む目を抑えながら、もう一方の手を振り被って、音のした方へと近付いてくる。
そして私を殴ろうと強く踏み込んだ瞬間、目の前が明るくなった。
そう、爆発が起こったのだ。
秘策が一つだと、いつから錯覚していた? なんて、どこぞの死神のようにカッコよく決めたかったけど、そんな時間は無い。
「はぁ!?」
「な、なんで……!?」
「いいからロッジ入って!」
爆発と同時に私は扉へと走った。
ドアを開け、志音、先輩と順番に入るのを確認して、すぐにドアを閉めた。
「っはぁー……倒せはしなかったけど、足止めはできたみたいだね」
「何してんだよ! あぶねーだろ!」
「札井之助やっるー! クラスメートも拍手喝采だよー!」
「そ、そう? あはは、ありがと」
夜野さんの言葉をさらっと流した風だったが、心の中は歓喜していた。
そうだよ、それそれ! その流れを待ってたんだよ!
精神世界の私は、大の字で全能感に浸りまくっていた。
「説明してくれる? あれはどういうことだったの?」
「そうだよ、なんであそこで爆発したんだ?」
「簡単なことですよ」
今回、まきびしを呼び出した時に、気付いたことが二つある。一つは情報記憶合金製であること、そしてもう一つは、あの大量のまきびしの中に、一粒だけ他とは違うものが混じっていたこと。
何が他と違うのか、最初は気付けなかった。いや、気付こうとしなかった。しかし、志音にそれを投げつけた瞬間、気付いたのだ。私の思った通りに動くことに。
「……馬鹿みてーな話だけど、確かに有り得ない話じゃなさそうだ」
「通常のアームズのレベル上げというのはもっと地道で、何度もリンクを強くしないと発現しないものだわ。だけど、まきびしという、極めて小さい個体の集合であるアームズの場合、一つ一つレベルが上がっていくことも、可能性として考えられなくはない。そういったアームズ使いは滅多にいないから、かなり稀な現象だろうけど」
「つまり私が素晴らしいってことですか?」
「まぁ、札井さんがちゃんとコアを呼び出してさえいれば、私が普通にアームズでデリートしたけどね」
「サーセンした」
こんなに綺麗に元を正せばという話をされたら、ぐうの音も出ない。
話題を変えるために、私は話を元に戻した。
「バグが目を怪我して動けなくなった時に、元々遠くに飛ばしてしまったそれをゆっくりと呼び戻したんです。あのまきびしだけは、私が念じるだけで転がってくれ、それが遠くに居た私にも何故かハッキリと知覚できました」
「なるほど……」
「あとは、見ての通り、奴の足元まで移動させて踏ませました」
「よく思い付いたな」
「まぁ、電源供給出来なくなるパターンのエラーの可能性もあったし、結局運なんだけどね」
「運悪くバグに遭遇したにも関わらず、さらに運に頼ろうとするなんて、私には真似出来そうに無いわね」
「ぐっ……」
言葉に詰まっていると、志音が背伸びをしながら言った。
「ま、何はともあれ、実習は成功だろ?」
「そうね、本当は札井さんにもう少しアームズの呼び出しのコントロールをできるようになってもらいたいところだけど」
「はい……」
そして、雑談もそこそこに、私達はバーチャルから戻ってきた。
実習室は静まり返っていたが、私達が体を起こすと次々と労いの言葉がかけられた。前半は本当の本当にクソ展開としか言いようがない程見せ場が無かったが、後半で持ち直せたと思う。今回の実習では、それなりの手応えを感じて終える事が出来てかなりホッとしている。あとは他の生徒が実習を終えるのを待つだけ。
「おい、バグと遭遇したんだ。休んでないで、みんなが戻ってくるまでに報告書を書いておけ」
鬼瓦はそう言って腕を組んだ。もう少し勝利の余韻に浸っていたかったけど、そういう訳にもいかないようだ。
私はとぼとぼとパソコンの前に移動した。
「なぁ、なんで私にレベルの上がったまきびしを投げつけたんだ?」
「言ったでしょ、あの時はなぜあのまきびしだけが他とは違う感じがしたのか分からなかったって」
「それとどういう関係があるんだよ」
「志音で試そうと思ったんだよ」
「ひどすぎる」
志音はショックを受けているようだったけど、私はそれを無視してパソコンの電源ボタンを押した。
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