第182話 なお、作戦変更とする

 志音は私達を見つめたまま、「ここに残ろう」とだけ言った。脳直で「なにそれ絶対イヤ」と言いそうになるのをなんとか踏み留まり、私は志音がそう提案してきた理由について考えた。まさかとは思うけど、こいつは何か有り得ない提案をしようとしているんじゃないだろうか。

 でも、ちょっと待って。さっき帰るって言ったよね? 私の願望が強すぎて勘違いを発生させた訳じゃないよね?


「何言ってんの? 帰るんでしょ?」

「作戦変更だ」

「なんでだよ。お前だって菜華の力が必要だって言ってたじゃねーか」


 知恵は志音と向かい合う。私も知恵と同じことを考えていた。そうだよね、やっぱり帰るって話になってたよね、あぁ良かった。

 が、志音が言わんとしていることに気付いてしまった気がする。私がはっとするのを見て、志音は頷いた。


「そうだ。もし一度コピーした対象をコピーできないとして、その制限がどこまで課されるか、考えてみろよ」

「要するに、ダイブし直すことで、またバグにコピーされる可能性があるってことを言ってんだな?」

「あぁ、しかも今度はさっき夢幻が見せた技を学習済みのヤツが出てくるかもしれない」

「さっきの防御と攻撃を真似されたら……勝てる方法思いつかないかも」

「まぁ、一度コピーしたものは何度でもコピーして使える可能性もまだ捨て切れないしな。夢幻は今のうちに、さっきの自分の攻略法を考えといた方がいい」


 無茶言うな。ウッポポゴリラめ。

 まきびしを並べてのローラー攻撃(物理)も、アームズと体の動きのシンクロも、あれは私の中で初お披露目の要素だったんだから。それを超えろだなんて、簡単に言わないでほしい。


「志音の言うことは分かった。もしあのレベルでまきびしを使いこなせるバグが出てきたら、今のあたしらじゃマジでやべぇってのも同意する。でも、ただここに残るってのはキツいだろ。多分、あのコピーバグはその辺にうようよといるぞ」

「夢幻。まきびしでドームを作れないか?」


 志音はすごく真面目な表情で私を見てそう言った。なんだろう、ふざけてるんだろうか。私は「出来らぁ!」とか言った方がいいんだろうか。

 困って知恵を見てみると、完全にアホの表情をして志音の顔を見ていた。志音のことをアホだと思っているのか、知恵がアホで理解が及ばないのかは分からないけど、とにかく話についてこれていないのは間違いない。


「いや、話が飛び過ぎたな。あたしは、もし夢幻がそういうものを作れるとしたら、その中に身を潜めて菜華を待つのが安全だと思ったんだ」

「まぁそんなものの中に隠れてたら身を潜めるどころか確実に注目の的になるんだけどね」

「籠城戦ってヤツだよ。分かるだろ。菜華の到着までの時間稼ぎだ」

「言いたいことは分かるけど……」


 志音は下手に動かずに待機するべきだと考えているらしい。バグに遭遇して面倒に巻き込まれて、とっさにアームズを召還しました、なんてなったら絶対にめんどくさいし……私もその意見には賛成だ。

 だけど、それもこれも私のまきびしドームに全てが掛かっている。できないなら嫌でも他の方法を考えないと。そんなものをわざわざ作ろうと思ったことはないけど、できるんだろうか。


 志音と知恵が固唾を飲んで見守る中、私はイメージを始めた。私が1つの枠で呼び出せるまきびしの数には限りがある。無限に使える訳ではないのだ。夢幻なのに。

 密度を考えるなら、できるだけ小さくしてぎゅっと寄せた方がいいに決まってるけど、それじゃ壁の半分も作れずに手持ちが底を尽きると思う。


「つまり、今の私に作れるのは……」


 まきびしを具現化し、できるだけ大きくすると、私達三人の周りを囲うように積んでいく。私達は自然と背中合わせになった。

 私がイメージを膨らませているのを確信したらしい志音は、しゃがみながら言った。


「膝を抱えて座った方がいいな。高さが出ると必要になるまきびしが増えそうだし、崩れた時に危険だ」

「そうだな。にしても夢幻、こんなことも出来たんだな」

「私がすごい訳じゃないよ。美少女ならみんなこれくらいできるよ」

「訳分かんねぇ謙遜すんな」

「そんなことできる美少女イヤだな」


 かなり狭いが、大きくしたまきびしで私達を完全に覆うことに成功した。とりあえず言われたことはやった、という格好だ。しかし、このままではあまり意味を成さない。なぜならば、隙間のバーゲンセール状態だからだ。

 手持ちはまだかなり余っている。ドームの外側にそれらを呼び出し、その隙間を埋めるように棘を挿し、きゅっといい感じで大きくして蓋をしていく。


「これなら槍や剣の攻撃がきてもなんとなりそうだな」

「初手はな。まぁ時間稼ぎみたいなもんだし。きっとこんな不気味な物体を見たら、何の考えもなく攻撃なんてできないだろ」

「確かにな。異様だもんな」


 二人の声を聞いた私は、耐えきれずに反論した。せっかく頑張って作ってるのに、そんな認識はあんまりだと思ったのだ。


「ちょっと待って。人が作ったものを不気味とか異様扱いするのやめてくれる?」

「じゃあなんだよこれ」

「お家の中に美女がいるんだから、ミカちゃんのドールハウスと言っても過言ではないでしょ」

「どう考えても過言だろ」

「百歩譲ってシルバリアファミリーでもいいよ」

「こんな烏滸がましい譲歩、初めて見たな」


 こいつらは何も分かっていない。私は憤慨しながら穴を塞いでいく。どんどんと暗くなっていくドーム内で、着実に防御力が上がっていることを確信する。

 穴埋め作業が終わっても尚、手持ちは少し余っていた。だからと言って、一から組み直すのは面倒だし、そのいくつかを浮かせて、ドームの周辺をぐるぐると衛星のように巡回させることにした。どうせ中じゃ使うこともできないしね。

 余った分全部をぐるぐるさせると、私の頭の中のイメージが保たないので、ドームを中心として、いくつかは地面に設置しておくことにした。敷き詰めるように、というよりも、点々と配置している。あくまで敵が近付くのを知るセンサーとしての役割だ。

 そうしていざというときの為に、ほんの少しだけ手持ちを残しておしまい。これ以上現状でできることはないと思うけど。

 二人にいま私がしたことを告げると、知恵はすごいと褒めてくれ、志音も「そこまでやれば、他にできることはなさそうだ」と言った。


「そうでしょ。というわけで、具体的に考えようよ」

「何がだ?」

「バグの特性について、ね」


 知恵はさっきも似たような話しをしただろ、と言いつつ、私達の話を止めたりはしなかった。こいつもこいつで思うところがあったんだと思う。私はそれを聞き出すように知恵に話し掛けた。


「知恵だって気になってること、あるでしょ」

「おう。能力のコピーがどこでされるか、がな」

「どういうことだ?」

「あたしらはアームズを呼び出してないからバグにコピーされていない、そうだよな?」

「おう。呼び出した夢幻がコピーされたことからも、そこが肝なんだろ」

「いいや、まだだ」


 どうやら、知恵が言いたいことは、私が考えていたことと同じようだ。これについては、志音にはこういう状況で扱えるアームズがないだろうから、思い至らなかったのも仕方ないと思うけど。


「アームズをコピーするのに、バグがそれを視認する必要があるとしたら……どうよ」

「……可能性は高いな。なるほど」


 そう。つまり知恵は、ドームに入って向こうから姿が見えない状態ならアームズを使ってもいいんじゃないか、と言っているのである。もちろん、姿が見えなくてもコピーされてしまう可能性もあるし、軽卒に試すべきではないと思うけど。


 本当はもう少しこの話をしていたかったが、そうもいかない事情が発生した。センサー代わりのまきびしちゃんが誰かに蹴り飛ばされたのだ。


「しっ、誰かがこっちに来てる」


 私は声を顰めて二人にそう告げると、外から聞こえる音に集中しつつ、外に配備しているまきびし達を、ゆっくりとそちらに向かわせた。


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