第181話 なお、大活躍とする
私は真剣に私と向き合っていた。ねぇ、そのコピー、変じゃない? もっとスリムでスタイル良くてすらっとしてると思うんだけど。
「アホなこと考えてないでとっとと倒せな!」
「いま戦い方を考えてるの! 黙ってて!」
見透かしたように志音に怒られてしまった。私の思考を読むなんて、許せない。プライバシーの侵害と言っても過言ではない。
頭の上でグルグルとまきびしを回しているバグを観察してみる。まきびしの軌道のせいか、天使の輪っかみたいに見える。あっちは闇の私だから堕天使、ということになるね。つまり、私がこうしたら……ほら、天使。
バグは人の動きを真似た経験はあっても、真似られた経験はなかったようだ。困ったようにかっちりと固まっている。
ふざけているように見えるかもしれないけど、私は大真面目だ。バグの挙動を確認している。いままで槍とかいう、直感的に操作できるアームズを使っているところしか見ていなかった。私が確かめているのは、バグの知能。
私の武器は、自分で言うのもなんだけど、扱いが大分特殊だ。剣ならただそれを振るえばいい、槍なら刺せばいい。しかし、私のアームズはそうはいかない。
まきびしを投げる? 撒く? それで敵に大ダメージを与えられる? 無理だよね、だってそもそもそういう目的で作られたものじゃないし。
バグは私に真似されたことに気分を害したのか、まきびしを大きくしてこちらに飛ばしてきた。その攻撃も、まだまだ予想通りだ。大きくしたことも、思った場所に飛ばしたことも、どちらも先程私がやってみせた扱い方だ。
私は確信しつつあった。あのバグは、私の扱い方を真似ているだけだ、と。つまりアイディア次第でどうにでも使えるこの武器の、最大の利点を活かすことができていないのだ。
「おい! 遊んでないで早くしろよ!」
振り向くと志音と知恵は三体のバグと交戦していた。剣を持った個体と、槍を持った個体が敵に加わっている。つまり、志音達の相手の内、二人は槍を持っている。いや何人の槍使いがあいつと遭遇してんの。
バグのアームズを手に入れた二人は、数では不利になりつつも、かなり健闘している。だけど、押されているように見えなくもない。私は自分の分身をさっさと倒して、あの二人に加勢しなければならないということだ。
「んじゃ、遊びは終わりにしよっか!」
私は笑った。左斜め前から鉄槌のように振り下ろされるまきびしを確認する。どうやらこの程度で、相手はチェックメイトを決めたつもりでいるようだ。その証拠に追撃の様子が見られない。
「甘い!」
左手をかざす。手のひらの先に、小さいまきびしがぎゅっと集まった状態で具現化して盾を作る。井森さんとの共闘で炎を防いだアレだ。あの時よりも密度が高いと思うけど。ガキィン! と甲高い音を立てて、敵の攻撃を防ぐ。
バグは狼狽えている。しかし、隙は与えない。この防御法を学習されると厄介なので、一発で決める。
右の拳を突き出すと、私の動きに呼応した別のまきびしちゃんが一直線に敵へと飛んでいき、ヒットする直前、質量・サイズ共に最大まで肥大化する。私のアームズは見事に敵の脳天を破壊して、コピーはぐちゃりとねちっこい音をあげて消えていった。
「あんたの敗因は、まきびしへの理解を深めていなかったこと」
「逆にすげぇ勝因だな」
志音のツッコミを右から左に流しつつ、私は振り返る。そして、右手を広げるように薙ぎ払った。
「伏せて!」
私の声に反応して、知恵と志音がしゃがむ。声に反応できなかったのはバグだけだ。横一直線に並んだまきびしが、大きくなりながら肩ほどの高さですっ飛んでいく。そのいくつかが三体のバグの頭を捉えて、貫通して木に刺さる。
バグが全て消えたのを確認した志音は振り返った。信じられないものを見たという表情だ。
「お前……やるじゃねぇか」
「まぁ美少女だからね」
「それぜってー関係ねぇよ」
バグが消えたのと同時に拝借していた槍も消えたらしく、手中の感触を確かめながら知恵は言った。
呆れた声色とは裏腹に、彼女は笑っている。私を認めるように微笑むと、「強ぇじゃん」とだけ言って口角を上げた。そして私の真似をするように手を翳して見せる。
「これ、あった方がかっこいいな」
「咄嗟にやったんだけどね。志音がくれたプレゼントのおかげ」
「え? プレゼント?」
「あぁ、こいつ、この間誕生日だったから」
「はぁ!? 聞いてねぇぞ!?」
別にあんたに誕生日を知らせる義務はないでしょ、と言おうとしてやめた。私の誕生日を逃してしまったことが余程ショックだったようで、知恵は本気でしょげているように見える。
気持ちは嬉しいけど、菜華にバレたら浮気だとか言われて私まで巻き込まれそうだから、そんなに気にしなくていいよ。
「ま、まぁまぁ、気にしなくていいって」
「そ、そうだよ、こいつ、自分の誕生日忘れてたし。それより、あたしのプレゼントがなんで役に立ったんだ?」
「いくつか絵が描いてあったでしょ」
「あぁ、文章だけじゃ分かりにくいかと思って」
「ちょっと待てよ、プレゼントってなんなんだ?」
「まきびしについて書かれたノート」
「ま……? え……?」
知恵の顔が一気に険しくなり、志音を見る。
うん、わかるよ、そういうリアクションしたくなるよね。受け取った私ですら「は?」って思ったし。
視線を感じたのであろう、志音は弁明するように知恵に言い聞かせた。
「ま、待てよ。あたしがこいつにプレゼントしたのはアームズ強化のアイディアをまとめたものだ。デバッガーならそんなに変なことじゃないだろ?」
「だからってお前……まぁいいけど。でも、なんであげた志音に心当たりがないんだよ、おかしいだろ」
腰に手を当てて首を傾げている知恵と、腕を組んでふんぞり返ってる志音にも分かるように、私は説明した。
志音のイラストでは、私には似ても似つかない棒人間がまきびしを操作していたこと。それはまきびしの活用例を分かりやすくしたイラストであったこと。そして、そこに描かれていた棒人間は妙なポーズを取っていたこと。
私は当初、その棒人間がまきびしとは全く別の用件でとち狂ったのだとばかり思っていたが、メモを読んでいく内に、まきびしの動きにどことなくシンクロしていることに気付いたのだ。
「なんで彼女の誕生日プレゼントに謎の理由でとち狂った棒人間のイラストを添えるんだよ」
「だって本当に意味分かんなかったんだもん」
そして続けた。
私は自他共に認める、イメージ下手である。もう高校生活も二学期に突入しているというのに、まきびし以外のものを一度も呼び出せたことがない。多分、そんな生徒は、少なくともこの学年では私だけだろう。志音のイラストから、自らの動きでイメージを補填するというヒントを得たのである。
「今までは、夢幻の頭の中のイメージをまきびしが50反映させてたとして、ジェスチャーを加えることで、それが100になったって感じか。今までも、とっさにやったことはあっただろうけど、意識して動きをつけた方が、より効果が高いはずだ」
志音は腕を組んだまま笑っていた。こいつは本当に、まきびしの話をするときは嬉しそうにする。フェチなの?
「まさか、今までアームズの力を出し切れていなかったなんて思ってなかったし、思いつきというか、気分でやってみただけなんだけど」
「いや、バーチャルの中でイメージってのは大事だ。これで、さっきのまきびしの動きが妙に機敏だったことや、大きくしたときのサイズが一回り大きかったことにも説明がつく」
「言われてみりゃ、最初に槍を持ったバグを潰したときよりも、さっき頭をふっ飛ばしたときのまきびしの方が大きかったな」
二人はふんふんと頷いて、私の説明に納得している。私自身、この結果には驚いていた。しかし、ここでは長々と話をしている余裕などない。
志音もそれは理解していたようで、状況を整理するように言った。
「今、まともにアームズを使えるのは夢幻だけだ。そして、夢幻のコピーは撃破した。さらに、4体のバグを倒した。持ってる武器が妙に被ってたせいで分かりにくいが、それぞれ体格が違った。つまり別の人物のコピーであることが考えられる」
「だな。ダブって同じ人物が出てきたのは、今のところ見てないよな」
「あぁ重要なのはそこだ。バグは対象を一度しかコピーできない可能性がある」
「そうだった場合とそうじゃない場合の難易度が桁違いじゃん。ま、とりあえず私達は戻ろうよ」
私はそう言うと、やっと歩き出した。いつまでもこんなところに突っ立ってるなんて、時間が勿体ない。とっとと菜華を連れてきて部隊を再編すべきだ。
知恵は私の横を付いて歩いたが、一人足りない。振り返ると、志音が険しい顔をしてこちらを睨んでいた。
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