第15話 なお、逃げ場はないとする


 前回のあらすじ。

 しょぼい武器しか持ってないのにバグが出た。


 三歳児が三秒で描き上げた落書きのような造形でショックを受けている私と比べて、志音の反応は素晴らしいものだった。私の前に立ち、周囲を警戒する。

 あっという間だった。志音が動き始めるところを見逃してしまったほどだ。


「二人共、迂闊に動くな!」


 言い終わるや否や、先生はアームズを呼び出す。

 何かあったら僕がフォローするから、デッドラインを越える時に言われた言葉を思い出す。まさか本当にそうなってしまうとは、思いもしなかった。


「札井! こっちだ!」


 志音が私の手をかなり強引に引く。

 身を任せてみると、私が居た地点に人の頭ほどのクレーターが出来た。


「な!?」


 バグと呼ばれるそれは木々を飛び回り、私達を嬲るように追い詰めようとしていた。右。左。後方。頭上。高速移動するそれは自在に移動し、どんな形状をしているかすら目視できない。

 実践経験の無い私でも分かる。地の利は完全に向こうにあるって。


 翻弄される私達とは違い、先生は冷静だった。ナックルのような形状のアームズを鈍く光らせ、余裕だとでも言うように笑っている。


「まずは、邪魔なものを取除くとしようか」


 そして一発、正拳突きの素振りをした。


「何をして……」


 ここで私の台詞は途切れる。というかかき消された。

 なぜならば、一呼吸置いて、暴風が巻き起こったからだ。


「ちょっ……!?」


 何かが拉げて折れる音、吹っ飛んでぶつかる音、様々な音が聞こえるが、私は自分の顔を腕でガードすることに集中した。目を開ける余裕なんてどこにもなかった。


 風が止んでから顔を上げてみると、視界に先程までの森はなかった。

 先生の正面には薙ぎ倒された木々が大量に転がっており、木の根と共に、土が地面から引っぱり出されている。そして、その景色は十数メートルは続いていた。

 先生の前方と後方で、景色がまるで違う。その光景は異様だった。


 さらによく見ると、切り倒されたような木も散見できる。もしや、真空波というやつだろうか。だとしたらカッコ良すぎる。私もそんな技ほしい。

 っていうかもうそれ魔法の類だよね。私にイオナズン禁止しておいておかしいよね。


「札井、あたしの側から離れんなよ?」


 また手を引かれる。先生が今しがた作った、むき出しの大地に向かって走り出す。

 なるほど、これならば木を利用した移動は出来ない。

 しかし、ここまで警戒する必要があるか?


 ふと見ると、志音の横顔は「まだ終わっていない」と言っていた。

 こいつは案外心配性なのだろうか。この凄まじい光景を目の当たりにすると、どうしても”バグが居たとしても無事なわけがない”という気持ちが先行してしまう。


 しかし、私のその憶測は、瓦礫から這い出てくるその姿によって、即座に否定された。


「やっぱり、戦うしかないみたいだね」

「あれが……バグ……?」


 初めて見た。

 なんとなくモンスターのような形状や、のっぺらぼうの人間をイメージしていた。

 でも、あれは……。


「ピカチュウじゃん!」

「油断するな! バグはそれぞれ見た目や大きさが違う。モンスターのようなヤツもいれば人型のヤツもいるんだ。もちろん、動物の形をしたタイプも」

「先生、あれはそのどれでもない、所謂ポケモンですよ」

「だからそういうのもいるの!」


 私と先生が戯れていると、志音はしびれを切らしたように駆け出した。そして先生の制止を無視し、思い切りアームズを振りかぶって、ブン投げたのだ。


 モーターでも入ってるのかと聞きたくなる程の轟音をあげて、ブーメランは一直線にピカチュウ改めバグチュウに向かう。


 ねぇだからおかしいよね。

 先生はともかく、なんであんたもそんな中堅クラス風の実力発揮してんのよ。

 あとそれもほぼ超能力だよね。


「!」


 バグチュウは高く飛んでそれを躱す。もうこいつらが何をやってるのか、全くわからない。目がついていかないとまでは言わない、一応見えている。

 だけど心がついていかないのだ。誕生日パーティーにふらっと天皇が遊びにくるくらい、心がついていかない。


 だって二人とも明らかに超能力だし、ビジュアル的にもおかしい。

 客観的に見たら、私達が集団で動物を虐待しているようにしか見えないし。


 バグをデリートするというのは、一体どうなったら終わりなんだ。

 もしかして、あのバグがボロボロのズタズタになって、血溜まりの中で丸くなり、息を引き取るところまで見届けないといけないのだろうか。

 想像するだけで心が痛んだ。


 しかし志音は容赦するつもりは無さそうだ。


「っしゃあ!」


 志音はバグチュウのジャンプの軌道を見て笑っていた。そしてその予想通り、戻ってきたアームズはバグの後頭部を直撃。

 そのまま頭が真っ二つに割れるのではと思っていたが、さすがバグチュウ。

 そこそこ丈夫なようだ。


 どさっと音を立てて、黄色い小動物は地面に転がった。

 終わったか?

 さっきから言ってるけど、目安が全く分からない。どうなったら安心していいのか、誰か教えて欲しい。


 よく見ると、バグチュウの体からはバチバチと電流が漏れ出している。少々紛らわしいが、攻撃の準備ではなく、ダメージを受けているのだと思う。

 私の予想を裏付けるように、バグの体の一部がモザイクで覆われ始めた。実体を保っているのが難しくなって来たようだ。


「そろそろ、終わりっぽいかな……?」


 ほっとして、少し離れていた凪先生の方を見た。やれやれという顔をしている。おそらくは志音のことだろう。

 制止を振り切って攻撃したことは、あとで注意される筈だ。結果オーライとはならない。何度か授業を受けているうちに、そのノリのようなものが分かってきた。


 だけど、私はこいつに助けられた。

 私がまともに戦えないから、短期で決着をつけたかったのだろう。

 お礼の一つくらいは言ってもいいのかもしれない。かなり癪だけど。


「あのさ」

「油断すんな、まだあいつは完全に消えちゃいねぇ」


 志音が言い終わる前に、何かが私に向かって飛んできた。そう、バグだ。先程と同じ個体とは思えない速さで、先生も志音も完全に出遅れた。

 こんな隠し玉を持っていたのだ、出し抜かれたと言ってもいいだろう。まさに窮鼠猫を噛む、という言葉が相応しい状況だ。


 ヤバい。

 やられた。


 そう思った。


「おい!」

「札井!」


 二人の声がする。全てがスローモーションのように見えた。

 こちらに回転しながら近付いてくるそれだけは、かなりのスピードで動いてたけど。

 だけど、バグの表情ははっきりと読み取れた。

 そいつは驚くほど邪悪な笑みを浮かべていた。

 こいつも道連れじゃ……そんな声が聞こえてきそうな表情だ。


「……!」


「逃げろ! 札井!」


 視界の隅で、志音が手を伸ばしているのが見えた。

 こいつ、マジで私のこと心配してんだな。



 ムカつく。


 先生と志音が、私のことを”守るべき対象”としてしか見ていないことに。


 そして、バグにすらそれを見透かされて、チームの弱点をつくように、私が狙われたことに。


 さらに、それを肯定するように、志音が私を助けようとしかしていないことに。


 あとこんな非常時にまきびし持ってる自分もちょっとムカつく。


 そりゃ嫌いじゃなければ守ろうともするわ。



 こんな時は八つ当たりに限る。


 特に暴力なんて最高だろう。


 私は両手に力を込めた。



「あんま舐めんなよ」



 地を揺るがす轟音。


 先生と志音が、目を点にして固まっている。


「おま」


 志音が何かを言おうとしたが、私は視線でそれを制止した。

 そして宣言する。


「私は弱くない。あんたが勝手に守ろうとしただけだから。さっきあんたが突っ走ったことにお礼を言ったりしないから」


 やっぱりこいつに礼を言うのは無しだ。このタイミングで伝えてしまうと、こいつは”私を助ける”ということを、正しい行為として認識してしまいそうだ。

 もちろん、それは間違ってる。なぜならば、私が対等な存在として扱われていないからだ。

 こいつは私を守ることを、きっと呼吸をするのと同じように今後も行うようになるだろう。


「札井、結構やるじゃないか。よく反応したよ」


 先生は褒めてくれているが、今のカウンターは、まぐれだ。

 ざー……と小豆が袋の中を移動するような音を立てて、私のアームズは久々に娑婆の空気を吸っている。


 とっさに、担いでいたまきびし袋を振り下ろしたのだ。

 バグチュウは袋ごと地面にめり込み、脳天にクリーンヒットした袋は当然破けた。

 そうして死にかけた状態で、さらに頭上からまきびしが降り注ぐという地獄の中ですら目撃し得ないような光景が広がっている。


「あ。消えた」


 志音が呟く。

 じじっと虫の鳴き声にも似た小さな音をあげて、モザイクに全身を浸食されて、そのまま消えた。


「倒した、って、こと……?」


 呆けていると急に身体に衝撃が走った。

 志音が私の肩を抱いている。


「やるじゃねーか!」


 それはもう、嬉しそうな表情を浮かべて私を揺すってくる。

 まきびしを掻き分け、バグが完全に消えたのを確認して、先生も安堵の表情を浮かべていた。


「二人共、お手柄だな。まさかこの短い演習でバグに遭遇することになるとは思わなかったけど、なんとかなって良かったよ」


 先生は私達に手を差し伸べてくれたが、その手を握り返すことは出来なかった。

 私はその場にへたり込み、溜め息をつく。


「はは、緊張の糸がとけたかな。バグに遭遇したとなると、報告書の提出が必要だ」

「うげー……めんどくせぇ」

「そう言うなって。ほら、札井も立って」


 再び差し出された手を、今度は掴んだ。

 そうして、手を引かれるままに立ち上がり、私は力なく笑って見せたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る