第14話 なお、初恋もまだとする
死んだと思った。むしろ死ぬしかないとすら思った。意識を手放しただけではない、明確に自ら死を望んだのだ。
「いい加減、顔あげろよー……」
「先生が悪かった、な? な?」
棒立ちのまま、私は自分の意識とか魂とかそういうものが、ふわーっと天に昇っていくのを待っていた。しかし、ここまで気を遣われると逆に惨めになってくる。
「なんで私達が付き合ってるって……」
「顔くっつけてたせいだろ」
「キスしてたみたいな言い方しないで」
「はぁ〜……めんどくさ……」
先生は困り果てた様子で、いやぁ実は……と話し出した。ちなみに、この時点で若干嫌な予感はしていた。だって、私達が顔を近づけていた以外にも、何か理由がありそうな口ぶりだったから。
「鬼瓦先生が言ってたんだ。バディを組む時に小路須が札井に告白したって」
いくら鬼みたいな顔してるからってやって良いことと悪いことがあるだろうが。もしかしてあの鬼面、学園中の先生に言いふらしてはいないだろうな。
だけど先生に「その話をどこで聞いたんですか」なんて聞けない。朝の職員会議なんて言われた日には、私の手首の上をカッターが通過することになる。
「二人の愛の障害になるようなことはしてはならないって、注意されたんだよ」
おい鬼瓦てめぇこの野郎、見かけによらずめちゃくちゃ理解あるじゃねぇかこの野郎。責めるに責められなくなっただろうが、あぁん?
「っても誤解だしなぁ」
「うん。でも、あんなところであんなこと言ったあんたが完全に悪いよね」
「うーん……あの流れは怪しかったかもな」
面倒くさそうに頭を掻きながら、それはもう軽々しく志音は反省を口にした。
その軽さは半端ではない、パンティライナーも驚きの軽さだ。
ちなみに謝罪はなかった。まず謝れや。
「でしょ? だから、罰としてあんたがクラスの誤解を解いて来て」
それくらい当然だろう。この件に関して、私は被害者だ。
しかもその妙な告白の直前までは、人間性を全否定され続けたと言っても過言ではない。強盗殺人にあったようなものだ。
「誤解を解くって……先生がわざわざ付き合ってるのかって聞いてくるくらいだぞ?」
「どういうことよ」
言葉の意味が知りたいような、知りたくないような。というか知ってしまったらどうにかなってしまいそうな。
「結局、あたしがお前を好いてるって事実がエスカレートして至る所で噂になってるんだろ」
職員会議で……という、私が勝手に想像した最悪の事態が頭を過ぎる。
死ねってか。
「そ、そりゃそうかもしれないけど。あんただってそういう意味で言った訳じゃないんだし」
「まぁな。でも、別にいい」
「……は?」
別にいい、じゃあないんだよ。こればっかりは私とあんた、二人で否定しておかないといけないことだ。そんな噂が一人歩きしてる状態で私だけが精一杯否定したって、照れているようにしか見えないでしょうが。
「言ったろ? お前がクラスに好かれようが嫌われようが関係ねぇって。それはあたし自身にも言えることだ」
「……え」
「だから、別に誤解されたままでいいって。正直、あたしは訂正しておきたいほど、その噂に異論はねーよ」
「ま、またまた、異論は無いけど、異議はあるよね?」
「なんでだよ、どっちも似たような意味だろ。異議もねーよ」
異議もねーよ? はい? 逆転裁判も真っ青な勢いで異議しかないけど?
私がこめかみに青筋を立てていると、ここまで黙っていた凪先生が口を開いた。
「なんかいいなぁ、青春って感じで」
「青くも春でもないですよ、止めて下さい」
「まあまあ。それじゃ、第三者に聞かれたら恥ずかしい話も終わったし、用を済ませて帰ろうか」
「いや、でもアルファ地点がまだ……」
「ここがそうだよ。ほら、見てごらん」
少し先で先生が手招きをしている。とりあえず駆け寄ってみると、今度は地面を指差された。頭にクエスションマークを浮かべながら視線を向けると、思わず声が漏れた。
「わっ」
「っうを!?」
そこは、切り立った崖だった。何とは言わないが金属製の荷物が重過ぎて気付かなかっただけで、途中はそれなりに急な坂になっていたらしい。道理で辛いわけだ。
「すごいね……」
西日が眩しい。隣を見ると、志音も目を細めてその光景を眺めていた。ただでさえ悪い人相が、【犯行直後の様子】とテロップが出てきそうな勢いで極悪になっていた。
「あぁ、すげぇな」
過去に土砂崩れでもあったのだろうか……なんて考えてから、ここは仮想空間だということを思い出す。こんなに綺麗な太陽も、赤く染まる木々も、陽を浴びて感じる熱すらも、全てが作り物なんて。やっぱり信じられなかった。
「二人とも、景色もいいけど、崖の下を見てくれ」
「あ! あれって、ロッジか!?」
「そうだよ」
ロッジの周囲はデッドラインの光で揺らめいていた。揺れて見えるのは、実際に動いているからだろう。私達が今回使用しなかった出口付近では、何かが起こっているらしい。寄せては返す波のように、紫の光が揺蕩っていた。
「あんなに動くもんなのか…」
「そう。昨日安全だったところが、今日は激戦区になっているかもしれない。日によっては、僕らが越えたラインが動く日もあるんだよ。変動が激し過ぎて、日に数回、同じ光を跨ぐことだって、ないわけじゃない」
私たちはしばらくその光景を眺めていた。
そして頃合いを見て、凪先生が私達の肩を叩いた。
「よし。帰ろう。演習は合格だ」
内心で胸をなでおろした。それはもう盛大に、四回ほどなでおろした。
「……おつかれ」
「あぁ。おつかれさん」
達成感を噛み締めながら、私達は頸動脈を押さえ、歯を鳴らした。しかし、視点は切り替わらなかった。
「……?」
「……まずいな」
「先生? これは……」
ただならぬ空気に、一瞬で体が硬直した。戻り方を間違えたか? いや、そんなはずない。雨々先輩と戻った時と同じようにやったはずだ。
だとしたら、何故?
「近くに、バグがいる」
「なっ……!」
ねぇ、志音聞いて。
私さ、何を持ってると思う? あのね。まきびし。
今度こそ、別の意味で死を覚悟する私であった。
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