第86話 なお、人の話を聞かない女とする

 ダイブが完了した私達の眼前に広がっていたのは平原だった。


「ここ、デッドライン超えてないんだよね?」

「うん、多分ね。さっきよりも遠いところに飛んだなー……」


 家森さんは遠くを見つめながら、囁くようにそう言った。何かを探しているようである。私と知恵は彼女に倣って、デッドラインの向こうの丘の上に目を凝らした。


「見える? あの洋館。あそこがさっきまで私達が居た場所」

「八木君がやられた時、二人は離れたところに居たんだよね?」

「そそ、別の階に居たの。それで木曽さんの声を聞いてすぐに駆けつけたんだよ」


 あの木曽さんが悲鳴を上げるのか……よっぽどだな……。

 彼女のことはよく知らないけど、後ろから突然現れて驚かせたら、「きゃあ」というよりも「うおお!」と言いそうな子である。


「『何寝てんだよ!』とか『起きろ!!』って言ってたよ」

「八木君が何をしたっていうの」


 私は改めて彼に同情して歩き出した。

 横を見ると、知恵がマップを確認しながら眉を顰めている。何かあったのだろうか。


「点いたり消えたり、挙動がおかしいんだよ」

「さっきもそんなだったよ。洋館の中をふらふらしてるみたいだから、この縮図だと移動しているようには見えないだろうけどね」

「なるほどなぁ。しっかし、建物の中か。こりゃ確かに、マップじゃ手に負えないな。フロアが違ったらピンがど真ん中にあったとしてもバグに会えねぇよ」


 思ったより厄介そうだ、と知恵はため息をつく。洋館に向かう途中、私達は二つの取り決めを作った。

 一つは単独行動はしないこと。一つはできるだけ両手をフリーにしておくことである。


 いざという時に耳を塞げる状態にしておいた方がいい。耳栓を付ければ万全だろうが、手で塞いで大丈夫だったという実績があるのだ。

 アームズの枠を無駄に消費しないためにも、耳栓の呼び出しは見送った。


「へぇー、じゃあパソコンで色々出来るんだ?」

「色々っつっても限度があるけどな。お前の武器はなんなんだ? えーと」

「私は家森の方だよ。よく間違えられるんだよね、井森さんと」


 あははと笑いながら、彼女はかなり遅い自己紹介をした。知恵は呆れた顔で彼女を見ると、そーじゃねーと言い放つ。


「下の名前だよ、皆お前のこと名字で呼んでるじゃねーか」

「知りたいの?」


 家森さんはドス黒いオーラを纏って、知恵に確認を取る。

 私? 私はなんかヤバい空気を感じたから、徐々に近づく洋館をぼーっと眺めている。彼女の表情は見ていない、絶対怖い顔してるから。


「お、おう。嫌ならいいけど」

「うーん……ま、いっか。月光つきみつっていうんだよ」

「すげぇ名前だな」

「知恵、私だって怒るんだよ?」


 こわいこわい。いま絶対笑顔で知恵を恫喝してる。絶対そう。

 私は気を紛らわすように、彼女の名前を反芻することしかできなかった。


「へぇー。家森さんって月光っていうんだー……って、はい!? ツキミツ!?」

「うわっ、びっくりした!?」

「うを!? んだよ、夢幻!」


 二人を驚かせたことを謝りつつ、私は課題の資料集めの日に会ったメンヘラの事を話した。

 名前は聞いていなかったので、身体的特徴をいくつか伝えたが、彼女はずっとぼんやりとしたまま左上に視線を動かして、何かを思い出そうとしている。

 制服の特徴を教えると、やっと「あぁ!」という声が響いた。


「あー、あの子ね。まだ私のこと気にしてんだ? かーわいー」

「リスカしてるって言われた時点で思い当たってあげて」

「あはは、無理だよ。私と関わって手首切る子って少なくないし」


 はいサイコパス。

 この人絶対サイコパス。


 知恵を見て。どん引きしながら私の腕にくっついてる。私は知恵の頭を撫でながら、家森さんに畏怖の眼差しを向けた。


「だってさ、その子とはもう終わりなんだよ。私のこと好きなんでしょ?」

「家森さんは、好きじゃないの?」

「あの子はー……うん、可愛いよね!」


 ねぇ、聞いた? 好き? って聞いたのに、可愛いって答えられたよ。答えてるようで全然答えてないよ、論点ズラされたよ。誰かこの子に社会性とか人間らしい感情を与えて。早く。

 知恵が泣かないように宥めてるけど、私も結構ヤバい。


「私は誰かのものになったりしないんだよ。理解されなくても構わないけどね」


 そう言って、彼女はまた笑った。

 少しだけ寂しそうな顔をしているように見えたのは、私の気のせいだろうか。


「っと、着いたよ。準備はいい?」


 家森さんに声をかけられて、私達は顔を上げた。

 その洋館はとにかく大きかった。バイオ的なハザードに出てきそうな、立派な建物である。

 ばらけないようにみんな一緒に行動するとなると、一周するだけでもかなり骨が折れそうだ。


 洋館、霧のように消える。

 この二つから、私はバグについて、ある憶測を立てていた。


「ここのバグ、吸血鬼なんじゃないかな」

「あ? なんでだ?」

「吸血鬼って霧になって消えるとか言われてるじゃん?」

「そうなのか? 銀製品が苦手ってのは聞いたことあるな」

「太陽に当たると駄目、とかね」


 もしそうなら銀のコーティングがされた何かで、とりあえず建物を破壊してしまうのはどうだろう。太陽に当てることができれば万々歳だし、戦闘になっても銀製品で戦えばいいし。

 それを提案すると、二人はお化けをみるような目で私を見た。


「え……こわ……よくそんなこと考えつくね……」

「お前……クラッシャーにも程があるだろ……もうちょっと常識的に考えろよ……」


 なんでやねん。

 私は悪くないでしょ、手っ取り早く物事を終わらせられる手段を考えただけ。あと、スーパーサイコパスにそんな目で見られる覚えないから止めて。


 相手が吸血鬼じゃないにしても別にデメリットは無いし、試す価値はあるように思える。うわぁ……という視線を私に向ける二人は放置して、私は銀コーティングのまきびしを呼び出した。


「おまっ、マジでやる気かよ」

「中をちんたら歩くよりもマシでしょ?」


 まきびしを大きく変化させ、十分な距離を取ってそれを壁にぶつけてみる。スピードを上げて衝突させると、甲高い音が鳴り、火花が散った。

 感触的に、何度かやっていれば突破できそうだ。


「こういうのは私よりも井森さんの専門なんだよなぁ」

「そうなの?」

「そそ、私は刃物が好きで、井森さんは大きな武器が好きなんだー。だから、井森さんなら嬉々としてデカいハンマーとか呼び出してると思うよ」

「へぇ、意外な好みだな」


 二度目の衝突の為にまきびしを壁から離すと、後ろで声が聞こえた。


「やめて!?」


 振り返るとそこには、黒いマントを羽織り、黒縁眼鏡をかけた、マッシュルームカットの青年が立っていた。マントの襟が立っている、はいこれは吸血鬼。

 私は自分の読みが当たったと確信した。


 そうと決まれば建物を破壊せねば。私は彼の目を見ながら、無言でまきびしに動くよう念じる。


「君! やめるんだ!」


 彼の制止を無視して、アームズを壁に激突させた。

 ぱらぱらと破片が落ちる音が響く。まるで私を「もう少しだ」と元気付けているようであった。


「おい、八木をやったのはお前か」

「八木……? さぁ、誰だろうね」

「とぼけないで欲しいなー。さっき館の中で、男女のペアを襲ったでしょ?」


 第三打、だんだんとコツが掴めてきた。私は今まで以上に苛烈に、まきびしを貫通させようと念じた。


「あぁ、彼のことか。覚えているよ……って、おい、君! やめろと言っているだろう!」


 がこんという音の後、石造りの城に穴が空いた。

 なにこれ、すごい達成感。


「あああぁぁ!! 何をしているんだ!」

「何って、あなたの城を壊しているんだけど……」

「なんで人の家を破壊しておいて”ちょっとした事を尋ねられた”というテンションでいられるんだ!」

「あー、悪ぃ。コイツちょっと変だから」

「そうそう、気にしないで? ね?」

「これが気にならない者がいたら、そいつは死んでいる!」


 うるさい吸血鬼だ。私は別の壁を壊そうとしていたまきびしの軌道を変更して、そのままバグの頭を狙った。


「っぶな!? 何を考えてるんだ!」

「安心しろ、夢幻は多分、何も考えてない」

「一番ヤバい奴じゃないか!」

「というか、この人いま外にいるじゃん? 太陽は平気ってことじゃない? 壁を壊す意味あるかな?」


 家森さんに質問されてはっとした。

 言われてみればそうだ。こいつが太陽の下で普通に活動できるなら、私が壁を破壊する意味はない。

 アームズの呼び出しを解除して、私は改めてバグと対峙した。


「はぁ……やっと話を聞く気になったか」


 ……いや、でもやっぱり壊しておいたほうが良いと思う。中に逃げ込まれたら面倒だもん。私は振り返って、また壁にまきびしをぶつける。


「なんなんだ! やめろ!」


 結局、二人に制止されるまで、建物を破壊しようと念じ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る