第85話 なお、超絶楽勝とする
ねぇランプの魔人ってもっと大きいんじゃないの? 大きいよね? 普段は2メートルくらいあって、その気になったら更にぐーんって巨大化するよね?
私は混乱する頭でそんなことを考えていた。彼の身長は、精々120センチくらいだろう。
攻撃しにくい。一番始めに出会ったバグチュウの時もそうだけど、相手が小さいと少し罪悪感が湧くようだ。
「んじゃやるか、札井。頼んだぞ」
「はぁ? なんで私が」
「お前がまきびししか呼び出せないからだろ」
なんだとコラ。
私は食ってかかろうとしたけど、志音の追撃によってそれは遮られた。
「知恵は相手によってパソコンの仕様を変えて呼び出すし、あたしも武器の種類変えるし、菜華に至っては知恵のアームズがないと戦えないんだぞ。消去法でお前しかいないだろ」
「そうやって正論を突きつけるのはロジハラって言うんだよ」
「やかましいわ!」
「夢幻、向こうが変なことする前になんとかして」
「……はい」
私は菜華に脅され、まきびしを手元に召喚した。
バグは強者のオーラを発しながら、微動だにしない。
相手の出方が分からない以上、こちらから仕掛けて探るしかないだろう。まずは、念じてまきびしを飛ばしてみた。
腕を組んだまま、必要な分だけ、ランプの魔人は的確に避けてみせた。まるで無駄な動きはしたくない、と言うような身のこなしである。
「はい、つぎ誰?」
「諦めが早ぇよ!」
「だってあいつ避けるじゃん。スッ……って避けるじゃん」
「避けたけども!」
私達が口論している間も、眼の前の魔人は腕を組んでじっと佇んでいた。もしかして、こちらが何もしなければアイツは手を出す気は無いのでは? ということはわざわざ倒す必要は無いのでは?
ヤバいって、こういう手合いは攻撃に転じた時にすごいのを仕掛けてくるって。もうほっとこう、それがいい。
「あのな、一応言っとくけど、倒さないと駄目だぞ」
「あーもう! やりゃいいんでしょ! やりゃ!」
大声で返事をしながら、私はありったけのまきびしを素手で投げて、バグの周囲にばら撒いた。
身動きが取れないようにしてから、一つだけ残しておいたそれをランプの魔人に念じて飛ばす。大きくなりながらバグへ一直線に向かったまきびしは、空振った。
魔人は先程と同じように横へ避けたのだ。
下にはまきびしが撒かれているというのに。
そして、すぐにうずくまった。
「…………!」
「あ、痛かったんだね」
「あいつアホだろ」
痛みに耐えかねて転がると、今度は彼の全身をまきびしが襲った。というかアイツが勝手にその上に転がっただけなんだけど。
のたうち回れば回るほど、それはバグに牙を向く。
「見てるこっちが痛ぇよ……何やってんだよアイツ……」
「見て。モザイクに包まれてる」
いや待って。
おかしいおかしい。
ここにきてそんなアホな倒し方するとか、逆に納得いかない。
ほら立って。なんか反撃して。
しかし、私の願いも虚しく、彼はそのままモザイクに包まれて消えていった。
「うわぁ……えぇ……」
「なんだったんだよアイツ……」
アンタめっちゃ強そうなオーラ放ってたじゃん。
今までで一番苦戦するかもってこっちも構えたじゃん。
色々と言いたいことはあるけど、どれも言葉にならない。
気まずい沈黙の後、私達は4人で目配せをして呟いた。
「帰ろう」、と。
全てのバグがこんな風にちょろかったら良かったんだけどね。でもそうしたら、こんな学校設立されなかったんだろうなぁ。
なんとも言えない気持ちのまま帰還すると、A実習室は物々しい雰囲気に満ちていた。
普段は出てこない、設備スペースで作業している職員が慌ただしく走り回り、何かの対策に当たっていた。
「おーい! 八木くん大丈夫!?」
家森さんの声だ。
私は自分でも気が付かないうちに走り出していた。
「どうしたの!?」
「それが、分からないのよね……」
井森さんは頬に手を当てて、首をかしげていた。隣では木曽さんが怖い顔をして、拳を固く握っている。
知恵達とペアを組んでバグのデリートに向かった、あの
八木君は苦しそうに眉間に皺を寄せて呻いていた。
「木曽さん……?」
「……こいつ、私のこと庇って……」
「どういうこと……?」
八木君と木曽さんは家森さん達とペアを組むことになったらしい。GPSの反応が微弱だったから、付近まで着くと、それぞれ二手に分かれて捜索をしていたようだ。
そしてバグは八木君達を襲った直後に霧のように消えた、と。
「通り魔じゃん」
「私達は会わなかったんだよ、すれ違ったりもしなかった」
「木曽さん達がその場から帰還できた、ということは本当にどこかに消えたんでしょうね」
「木曽。確認するが、お前は音で攻撃されたんだな?」
「多分、そうだと思います……八木が咄嗟に私の耳を押さえてくれて……それで助かったんです」
鬼瓦先生はこちらに歩きながら、敵の情報を確認する。騒ぎを聞きつけたのか、その間に知恵達も駆けつけた。
他のクラスメートはまだバグと交戦中の為、リアルに戻ってきているのは4組だけのようだ。
白衣を着た男性が八木君のダイビングチェアに機器を繋いで作業している。一番始めの授業で紹介された、バーチャル専門の保健医だ。
「脳が体のどこかにダメージを負ったと認識した履歴はなさそうですね」
「つまり、どういうことですか?」
「おそらく精神的な攻撃を仕掛けられたのでしょう。彼は大丈夫、目を覚ますのも時間の問題です」
その場にほっとした空気が流れる。
大事に至らなくて本当に良かった。
しかし、鬼瓦先生だけは腕を組み、睨みつけるように八木君を見つめている。しばしの沈黙の後、彼はため息をつき、決心したようにこう述べた。
「札井、家森、乙。3名にはNo.12のデリートの為に再ダイブして欲しい」
「えぇ……なんであたしが……」
「じゃあ私が行こうか?」
井森さんは優しく知恵に笑いかけた。
しかし、家森さんがそれを制止する。
「八木君って井森さんのこと好きでしょ? 目覚めた時に側にいてあげなよ」
「あー、それいいかも。こいつも喜ぶよ。井森さん、相方の私からも頼むよ」
「そう? じゃあ、仕方ないわね」
ねぇ待って。
オーバーキル過ぎるから、待って。
菜華に黙ってろと睨みつけられ、パートナーの子を庇って倒れて、レズに惚れる。まさに踏んだり蹴ったりである。彼は前世で強盗殺人でも犯したのか。
私は自分が指名されたことよりも、八木君の不運さを嘆いていた。肩に手を置かれて、はっとする。
隣に立っていた志音が、私の肩を強く握っている。
え、ちょっと、マジで痛いから。痛い痛い。へし折る気か。
「痛いんだけど!?」
「お、おう、ごめん」
「もう……何よ?」
「あたしも行く」
「駄目だ」
返事をしたのは私ではなく、鬼瓦先生だった。各チーム一人が選抜されている状態をみると、何かしら理由があるのだろう。
「デリートが長引いた場合、発表までに間に合わない可能性がある。各ペア一人は残しておきたい。心配するな、この子達は強い」
志音は難しい顔をしたまま、首を縦に振った。
なんとなく分かる、こいつは待つよりも待たせるタイプの人間だと。クソ村の時のようになったらと思うと耐えられないのだろう。
「分かりました。じゃあこいつじゃなくて、あたしが行きます」
「札井が信じられないのか」
鬼瓦先生が語気を強める。
”そういう訳じゃない”と言わせたいんだろうけど、志音の表情は明らかに「うん」と言っていた。というか、なんなら無言で頷いていた。
無事に帰ってくると信じてもらえるだけの要素が無いのは分かってる。分かってるけど、今すぐ分身してコイツの顔面にツインシュートをブチ決めたい。
「志音、発表の準備はしなくていいよ」
「いい出来じゃなかったから、発表する番が回ってこないってことか?」
「それまでに帰ってくるっつってんだよ!」
私は志音の襟を掴んで、思い切り揺さぶる。いい感じで脳が揺れたのか、志音は「おえ……」と呻いて跪いた。
「じゃ、行くよ」
「おっけー」
「大丈夫かよ、コイツら……ま、行くけどな」
ダイビングチェアまで戻ると、私達はすぐにトリガーを装着した。隣で志音が心配そうにしている。
こいつと付き合ったらめちゃくちゃ面倒くさそう、とふと思ってしまった。
鬼瓦先生がダイブ準備完了の合図をする。
私は過保護な視線から逃れるように、トリガーを強く噛んだ。
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