第63話 なお、改心しないとする
「っぶな!」
「ボケっとしてんなよ?」
落ちてくる瓦礫を避けつつ観戦するのは、何気に大変だ。手を出そうにも、空中であんなに動き回られたら加勢のしようもない。
「おっ。終わったな」
急降下し、ビームを撃つと見せかけ、寸止めして腕を振り下ろす。フェイントが見事に決まり、最後まで粘っていた風車も粉々に砕け散った。
派手に空中分解した風車だったが、瓦礫の心配をする必要はもうなかった。なぜなら、崩れ落ちた部分からモザイクに囲まれ消えてしまったからだ。
重量のある金属音が耳の端に響いた。振り向くと、私達が倒したバグも姿を消していた。聞こえてきたのは、井森さんの刀が地面に落ちた音のようだ。
足下を見ると、これまで振り注いでいた瓦礫も、みるみるうちに消えていく。モザイクだらけでなんか気分が悪い。
あと、遠くに倒れてる村人の頭とお尻にも、モザイクが発生しててなんか可哀想。耳と尻尾が消えてるんだろうけど、変なアダルトビデオみたい。
それを確認して、私ははっとして周囲を見渡した。家森さんは私が何をしているか、すぐに気付いたようだ。
「村長達、いた?」
「それが……」
「そっかぁー……ま、しょーがないよ」
「軽っ」
しかしそれは非常に彼女らしい返答だった。女の子に手を出しまくりの井森さんも十分恐ろしいが、家森さんのドライさには別の恐ろしさがある。
「勝手に殺すな!」
「え?!」
村長とラリラリ姉妹はラーフルの背中に乗っていたようだ。彼が地上に着地すると、同時に三人は飛び下りた。
「3人はあのバグとは違うの?」
「……今のバグが倒されて記憶が戻ったわい」
「え、どういうこと?」
「ワシらは元々、別個体のバグじゃったようじゃな」
あの風車の中で一晩過ごせば、人だけじゃなく、バグの記憶も操作できる、ということか。
「そうそう、もー完っ全、バッチ思い出した。雨が降ってたから風車に泊まったんだよ」
「あー、そうだったわ。っていうか姿が戻らないんだけど? もっとナイスバディだったんだけど?」
「ワシも、元は枯れ木のような老婆じゃったよ。見た目麗しい今の姿に不満はないから良いがの。記憶が戻った今だから言えることがある。奴の核となる部分は風車じゃったが、村全体が奴の本体じゃ。ここはもうじき消えるじゃろうて」
「まぁ、それは察してたよ」
志音が驚いた声を上げて地面を指さしていた。見ると、地上そのものが輝いている。いや違う、輝いているのは例の草だ。
バグの破片が消えていくモザイクと、草の輝きを同地点で発生させるのはやめて欲しい。テレビやアニメのゲロ描写みたいだ。
「あれって……」
「真実草じゃな。みんなの心に戻っていってるんじゃろ」
「まー、その辺の清算が終わったらこの村消えるだろーねー。で、私が気になってるのはそのあとのことなんだけど」
家森さんはそう言うと、至極面倒くさそうに刀を横に薙いだ。切っ先は村長の鼻っ面を掠め、その様子にラリパッパ姉妹が小さく悲鳴を上げる。
「……ワシらの処遇について、じゃな」
「来世? みたいなものがあったら、そこでまた村長と補佐をやったらいいんじゃないかな? なんだかんだお似合いだったしさ」
「家森さん? 来世って何?」
「うん? だって結局3人はバグだったんでしょ? デリートしなきゃ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
そうだった。この人ってこういう人だった。情とかないんだろうか。うん、無さそう。
「まぁ……家森の言うことが正しいんだ。しかたないだろ」
「……ここで消される、ということかの」
「はぁー!? マジかよ! ありえないんですけど!」
「裁判の準備、手伝ってやったろ!?」
「アンタらマリファナ吸ってトんでただけでしょうが」
とはいえ、私はこの3人を見殺しにするつもりは毛頭無かった。このまま家森さんに切り捨てられるだけなんて、あまりに可哀想だ。
害は無いだろう。その証拠に、刀を向けられて尚、彼女達は抵抗しようとしない。
「おーい、何考えてんだ?」
「あのさ、提案があるんだけど。この3人をどうするか」
そして私は続けた。とりあえず捕われていた子達を介抱したあと、すぐにリアルに戻る。しかし、バグが近くに居たら帰還することはできないはず。
こちらの機器が、一度別のバグに取り込まれた個体をどのように判断するか分からない。もし無事に帰還できた場合は、彼女らをバグとして見なす事無く、見逃してあげよう、と。
「うーん……確かに、無事に帰還できるなら、まぁいっか? 志音はどう?」
「まぁあたしも殺したいってワケじゃねーし。いいんじゃね」
「うんうん、多分、3人もこの期に及んで悪いことなんてしないと思うし、ね?」
「それじゃ決まりね」
これで首の皮一枚で繋がった。風車が消えても3人が元の姿に戻る気配はない。ほっと胸を撫で下ろす。
バグとして生きていた3人に、”村長とメイド”という設定が上書きされたのでは、という仮説を立ててみる。村人が書き換えられた情報は耳や尻尾、真実草の様子から、元に戻っていると考えるのが妥当だろう。
しかし、無理矢理ここの村人にされた人間とは違い、村長達は元々バーチャル世界の住人だったのだ。完全に上書きされてしまった情報は元には戻らない。だから彼女達の容姿はそのままだ、と。
矛盾は無いように思うけど、どうだろうか。
だとすれば、あとは静かに過ごしてくれれば、それでいい。バグがデバッカーに目を付けられるのは、リアルの世界に影響を及ぼすからだ。
それさえしなければ、デバッカーは他の、害のあるバグを優先的にデリートする筈だ。
「お前らがリアルに帰れたら見逃してくれる、か。でも、その後はどーするよ?」
「さぁーね。とりあえずハッパあるとこ探そうぜ」
「ワシは、また村を作るぞ。今度こそ、何者にも頼らず、真の村長として」
「……ったくしゃーねーな! んじゃババアもこいよ! 大麻村作ろうぜ!」
うん、聞かなかったことにしたい。私が庇ってやったというのに、このアホ姉妹は一体何を言っているのだろうか。
いっそのこと、”悪いことなんてしないと思う”と言ったこの口を呪ってやりたい。
「なんかめちゃくちゃ物騒なこと言ってんだけど?」
「あれって悪いことじゃない?」
「はいはい! 二人とも! 気を失ってる人の介抱手伝って! ちゃきちゃき動く!」
「いやあいつら」
「口答えするなよ!」
「いてぇ!」
私は志音を拳で殴りつけながら3人を強引に誘導した。体を起こす少女達からは、やはり妙な耳と尻尾が消えていた。
「体調はどう?」
「えーっと……あれ? 私、何してたんだっけ」
うん、貴方はね、虎の耳と尻尾を付けて、色欲に狂った子達に罵声を浴びせていたよ。とは言えないので、バグに洗脳されていた、ということにしておく。
呆然としながら生返事をする女の子をとりあえず立たせて、他の子の介抱を手伝ってもらうことにした。
志音と家森さんは村の外を、私と井森さんは建物の中を担当する。始めに立ち寄ったのは、すぐ近くの裁判で使われた建物だ。ここには少なく見積もっても10人程の少女が取り残されていた筈。
「大丈夫?」
「あなたは……?」
声をかけたのは、証言で井森さんと関係を持ったと暴露した、あの子だった。上半身のみを起こし、辺りを見渡している。
さっきの虎耳だった子との会話から、村人の時の記憶は無いという確証を得ている。この子達が再び井森さんを取り合ってキャットファイトを繰り広げることは無いだろう。
井森さんは、その子の肩を支えるように抱きながら、事情を説明している。おーい、その人、あなたの初めて奪いましたよー。わざわざ本人に告げる必要も感じないので黙っておくけど。
「これは……?」
「私の連絡先。もしあなたが鈴重の近くに来ることがあったら、また会いましょ」
やめろや。
私はすぐにでも彼女からその連絡先を奪い取ってビリビリに破いてやりたかったが、どう足掻いても不自然な流れになりそうなので断念した。
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