第64話 なお、外面だけは完璧とする
リアルに戻ってくるときの感覚を上手く言い表すのは難しい。とんと背中を押されたような、そんなちょっとしたきっかけを与えられたような感じというか。
とにかく、ただの目覚めとは少し違うのだ。私が未だに帰還に慣れないのは、このびっくりさせられるような感覚のせいなのかも知れないと、初めて思い至った。
ゆっくりを体を起こすと、傍らには鬼瓦先生が組んだ手を額に当て、座っていた。視線を落としているので、私達にはまだ気付いていない。
ただいまと声を掛けると、彼は大きな体を起こして、大袈裟に顔を上げた。目の前の光景を疑うような、それでいてこの上なく嬉しそうな、二つの気持ちが複雑に混じり合って同居しているような表情だ。
「戻れた……ってことは、あの3人は無罪放免だねー」
「えぇ、そうね……っ、ちょっと目眩が」
「ありゃ、大丈夫?」
「お前達! 無事だったのか!」
普段はあまり感情を爆発させるタイプではない先生が、慌ててダイビングチェアに駆け寄る。
私と家森さんは彼がいかに生徒のことを想っていたのかを知っているので、その様子に違和感は無かったが、志音と井森さんは少し面食らっていた。
「先生。ラーフルから”ぼく、頑張ったよ”って、伝言を預かってます」
「良かった……良かった……」
私のダイビングチェアの横で膝をつきながら、彼は噛み締めるように呟いていた。
「先生、その、心配かけて悪かったな」
「私もお詫びします。いつのまにか相手の術中にはまっていて……」
「いい……無事なら、それで……」
先生は私達の生還を、私達以上に喜んでくれた。それだけで大きなイベントを終えたような気持ちになってしまったせいだろうか。一つ、大切なことを報告し忘れていた。
「鬼瓦先生! ここにいたんですか! 大変ですよ!」
勢い良く扉が開かれ、引戸が反対側の戸先にぶつかり、衝撃音が鳴る。驚く私達には目もくれず、血相を変えたまま鬼瓦先生を呼び付けたのは居昼先生だ。
「どうしましたか?」
「札井達!? なるほど……! お前ら、座標調査の依頼、救出までやったって本当か!?」
「なに!?」
彼に指摘されて初めて、私達は本件についての報告をほとんどしていなかったことに気付いた。しかし説明が難しい。とにかく、多少順番が前後してでも答えなければ。
「あぁ、言うの忘れてた。そうそう、20人くらいかな? 助けました」
「信じられん……」
「あ、鬼瓦先生、それでですね……調査依頼を寄越した機関から電話が入ってまして」
「不明者が生還したとあちらに連絡が入ったため、その事実確認をしたい、という事か……」
唖然とした表情を見せたかと思いきや、鬼瓦先生は想像よりも早く切り換えて事務処理の話に移った。電話の重要度は私には分からないけど、居昼先生の慌て具合を見れば大体察しが付く。
「そうです。報告書よりも先行して、できれば調査に向かった責任者と話したい、と言っています」
「責任者、か……」
教師二人は私達を見てしばらく黙った。1秒でも惜しい状況の筈なのに、彼らは逡巡しているようだ。
「え? 私?」
「いや、言ってねぇ言ってねぇ」
「札井さんは絶対ダメだよねー」
「オイあんたら」
ちょっとやってみたいと思って強引に踊り出てみた私も悪いけど、こんなに激しく否定することないと思う。
私の願いも虚しく、当然と言うべきか、鬼瓦先生は彼から見て一番奥にあるダイビングチェアに視線を向けた。
「うぅん……そうだな、じゃあ井森、頼めるか?」
「わかりました。どうすればいいですか?」
「俺がダイビングチェアに通信を繋ぐ。合図をしたらそのまま話してくれ」
居昼先生が小型の端末を操作する。「席番号はいくつだ?」「23です」という短い会話の後、井森さんのモニターに【通信準備中】という文字が表示された。
そしてそれから数秒後、【通話開始】というボタンが新たに表示される。彼女は何の迷いもなく、そのボタンに軽く触れた。
「お待たせしました。責任者の井森と申します」
『初めまして。デバッガー派遣協会
井森さんは、それはそれは高校1年生とは思えないような受け答えで、次々と質問に答えていった。そして、手柄を立てようと無理をしたのではなく、やむを得ずデリートまで対応することになったということを理解してもらえた。
ちなみに井森さんが村人数名に手をつけたことについては、当然のように伏せられている。
彼女に任せて正解だった。家森さんは適当過ぎて論外だろうし、私なら誤解を招く言い方をしそうだし、志音に至ってはウホウホ言ってばかりで話にならないだろう。
始めはイキった子供がまぐれで生還したと思われていたような雰囲気もあるが、彼女の丁寧な対応でその疑惑も晴れたのだ。電話を切る際、サカタと名乗った男性は何度も私達にお礼を言った。
少しでも対応を誤れば、「今回は良かったものの、次回から勝手な行動は慎むように」と小言を言われていてもおかしくなかったように思う。
その一部始終を見ていた居昼先生はニコニコしている。結果を出したことはもちろん、その後の対応まで卒なくこなす私達に感心しているのだろう。まぁ井森さんだけだけどね、あんな対応できるの。
「いやぁ、にしてもすごいね、本当に。この子達、打ち上げにでも連れてってやったらどうです?」
そう言われて鬼瓦先生は一瞬困ったような顔をしたが、家森さんが嬉しそうな声をあげると、彼の表情も少し晴れた。
「もしかして……行きたいのか?」
「え!? 当たり前じゃない!? 札井さん達は行きたくないのー?」
「肉が食えるのか?」
「あたりまえじゃん! カンカン亭でしょ!?」
「カン!? あそこに行きたいのか!?」
「あらあら、私もご一緒させて頂きますね」
説明しよう。カンカン亭とは、この辺で評判の焼き肉屋さんだが、わりとお高めのお店である。私も何度か行った事はあるが、上カルビ等は注文させてもらったことが無い。もし行けるなら絶対それ頼む。ジュースも飲む。ここぞとばかりに飲食するぞ。
「うーん……お前らが行きたいなら、今回は特別だ。ただし、あまり言いふらすなよ」
「やったー!」
そりゃカンカン亭に連れて行ってもらった、なんて噂が流れたら大変だろう。鬼瓦先生が肉に飢えた悪ガキ共からモテモテになってしまう。
他言無用という条件に同意するように頷いていると、家森さんが思い出したように声を上げた。
「どうした?」
「先生。これ、返すね」
「……あぁ」
手渡されたのはラーフルの呼び出しに使われたカードだ。
生きて自分の手でこれを返す。その約束は果たされた。
先生は涙ぐんでいるようにも見えたけど、恐らくは斜陽が見せた幻だろう。
そういうことにしておこう。
こうして私達は実習以外の初任務を終えることができた。いつも通り飄々とした家森さんと、私達を認めるように見つめる鬼瓦先生。
誰がどう見ても家森さんが主人公って感じの配置。大丈夫、怒ってない。泣いてもいない。三ヶ月前に切った玉ねぎが今更滲みてきただけだ。
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