第120話 なお、傷付いてるとする
アーノルドを落ち着けてから、私達は改めて彼の狙いについて考えた。そして、どう足掻いても避けられない一つの可能性に直面する。
「……まさか、わざと眠ろうとしてた、なんて言わないよな」
志音は表情を強張らせながら、アーノルドに問いかける。
「んでだよ……眠るってことは……アームズにとって、死んじまうようなもんじゃねーか……どうして……」
知恵はそう言って志音の背中に移動すると、ぐずぐずと声を震わせた。泣き顔を見られたくないのだろうか。こいつ、自分がフェレットってこと、忘れてるな。
彼女の行動は別として、私も同意見である。わざわざ死ぬような真似をするメリットはなんだ。
「なんのためにそんな危険なことをするんだ」
「そうだよ! メリットないじゃん!」
私達に糾弾されると、アーノルドは力無く笑った。
「メリットか。そういう言い方をあえてするならば、終焉こそが、我々にとってのメリットなのだ」
「なんか急にヤバい宗教団体みたいなこと言い出した」
「ちょっと黙っとけ」
志音は私を制止したけど、私は止まらなかった。人の話を聞かないことに定評のある私が、こんなことを言われて黙っていられるワケがない。
「でもさ、」
「聞け、夢幻よ。我々は、もう疲れた。バーチャルに住む我々に、寿命というものはない。戦いで傷付き、修復不能になり、そのまま二度と呼び出し出来なくなることはある。しかし、それは唐突な死。私は、アームズが天寿を全うする形で、自然に活動を完全に停止するすべを、ずっと探していたのだ」
「活動を完全に停止って……」
「そうでもしなければ、我々は……」
言ってる意味はわかった。これは私達、人間がする自殺とは全く性質が異なる。いや、性質は同じなのか。異なるのは背景だ。
ほっといても百年足らずで死ぬ人間と、何百年でもバーチャル上に存在し続けてしまう彼ら。
永遠ともいえる時を見据え、絶望してしまう気持ちも分かる。先程のアーノルドを見ても一目瞭然だ。彼らの多くは未だに主人を慕っている。
しかし、二度と会うことは叶わないのだ。いくら仲間達で楽しく過ごしているとは言え、虚しさを感じる時もあるだろう。一つの区切りとして、”終わり”を欲することもあるだろう。
「アーノルドの言う通り、人間ってズルいよね。ほっといたら死ねるんだよ」
「お前らは、どう思う。お前らだってアームズだろう」
知恵は言葉を詰まらせながら、それでも声を出そうと足掻く。
「どう思うって……分かんねぇよ。ただ、お前らがここで死んだら、お前らの主人は見下げたゴミ野郎に成り下がるんだぜ」
「なにを! 貴様!」
「だってそうだろ。相棒を生み出して。置き去りにして。寂しい思いさせて。結果的に、自殺のような真似をさせて。そんなの、クズじゃねーか!」
小さな体からは想像もつかない気迫をまとい、知恵は嘆くように吠えた。
「ならば、貴様はどうしたい!」
「それを聞きたいのはあたしの方だ! 死にてーなら、なんでエンジンとあたしらをそこに向かわせるんだよ!」
「それは……貴様らの仲間を、巻き込んだと知ったからだ……まさか、現役の生体アームズにまで影響が及ぶとは思っていなかった……」
「眠りにつくことがアームズとしての幸せだって言うなら、構わずあたしらにも押し付けちまえば良かったろーが!」
いや熱くなってるとこ悪いけど、それは困るから。私はチベットスナギツネ特有の何とも言えない表情で知恵を見つめた。
「できねーんだろ! それは自分が正しい事をしているか、分からないからだ! 自信が無いんだろ! お前だってまだ迷ってんだ!」
アーノルドの表情はみるみる暗くなった。いや、険しくなった。ような気がする。だから分かりにくいわ。
とにかく、ちゃらけた雰囲気ではないことは確かだ。私は知恵に制止をかけた。アームズという立場を装って、これ以上アーノルドに何かを言うのは間違っていると思ったからだ。
「知恵。それ以上言うなら、まずは私達が何者かを告げる必要があると思う」
「……それもそうだな」
勉強はできないけど、聡明な彼女は、私の言いたいことをすぐに理解してくれた。志音も頷いている。
彼らは”人”を知っている。共に生きてきた。そして、決別した。苦い思い出がある者、再会を望む者、生み出した事を恨む者、様々な者が存在するだろう。
しかし、そんな彼らにもたった一つだけ、共通点がある。それは、彼らの命が人間によって与えられたということだ。一方的に生み出され、気が遠くなるような長い時間を享受させられている。
要するに私は、加害者側の生き物であるにも関わらず、彼らと同じ被害者であるかのような顔で、彼らの命について語りたくなかったのだ。
「お前、案外そういうとこちゃんとしてんだな」
「当たり前でしょ。これ以上、人間は彼らを弄んじゃいけない」
アーノルドは草の上に座ったまま、私達の会話に耳を傾けているようだ。
「アーノルド。こんな姿をしてるけど、実は私達は人間なの。敵視してる生き物がいる可能性があったから、今はこんな姿をしてる」
「……夢幻についてはそんな風に感じていたが、まさかそこの二人もとは」
「なんで私だけちょっと疑われてんのかな」
「顔がなぁ」
「誰が人面キツネじゃ!!!」
確かに、この中では圧倒的に人っぽい顔してるけどさ。
これは別に私の元の顔が透けたとかそういうのじゃなくて、本当にこういう顔の生き物なの。元から。分かる?
「方法については分からんが、貴様らが人間だということは信じよう」
「ありがとう、話が早くて助かるよ」
「して、ラーフルとは誰のアームズなのだ?」
「主人はあたしらじゃねぇんだ。その人は今、別ルートでバーチャル空間を探し回ってる」
アーノルドはそれを聞くと、顔も知らぬ鬼瓦先生に同情するように、そうかとだけ呟いた。
彼は今もダイブ中だろうか。きちんと休息を取っているだろうか。最後に見た、彼の悲しそうな横顔が脳裏を過った。
「あの人は、ラーフルを心の底から大事に思ってる。私達の先生なんだけどね、何度も助けられた。だから私達はここにいるの。あの二人を引き離したくない」
「お前らの境遇については理解してる。主人と一緒に生きてるアームズの話は辛いかもしれない、だけど」
知恵は慌ててフォローを入れたが、アーノルドは全て聞き終わる前に吠えた。
「見くびるな! 確かに、トーマスには会いたい。しかし、幸せに生きているアームズの不幸を願うような下衆に成り下がるつもりはない」
「……そうだよな、ごめんな」
「いや。いいんだ。私達の終焉の問題は置いておく。今は眠ってしまった者達を起こそう」
今回、私はぼーっとしていただけだけど、なんかいい感じで話がまとまったようだ。彼の言葉からしばらくして、エンジンがすごいスピードで戻ってきた。時速何キロ出てるんだ、アレ。
「戻ったぞ! 思ったよりも近くだった! 今すぐ出発しよう!」
事情を知らないエンジンは元気にそう言った。私達も、あまりここに長居するつもりはない。すぐに出発すると言ってくれたのは有り難かった。
「だな。菜華は……まっ、アイツはいいだろ」
「ギター触れないストレスで、今頃発狂してそうだよね」
「否定出来ないのがすごいよな」
私達は立ち上がって、ここに居ない変人について好き勝手述べる。アーノルドは何とも言えない表情でこちらを見ていた。うん、この人いつもそういう顔してるんだけどね。っていうかそういう顔しかしてないんだけどね。
「色々引っ掻き回してごめん」
「こちらこそ、巻き込んで悪かった。最後に、一つ聞きたいことがある」
「……どうしたの?」
「アーノルドという名前……変か……?」
「変じゃない変じゃない! ごめんって!」
「夢幻! お前本当に反省しろよ!?」
彼が尊厳を取り戻すのに、30分は掛かったと思う。アーノルドの背筋がびしっと伸びたのを確認して、私達はやっと集落を出発した。
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