第119話 なお、いきなり悪口とする

 私達は草を敷いた寝床の上に座っていた。ここはエンジンの陣地なのだという。そう、つまりエン陣地。草を広げればそれだけ広い寝床を確保できると聞いたので、「この集落一帯、全部に草を敷けば?」と提案してみたら、独裁者呼ばわりされてしまった。

 そして、私達は今後の方針について話し合った。エンジンはラーフルを知らないらしい。菜華の行方も気になるが、あいつはほっといても恐らく大丈夫だろう。どんな動物になっているか、気にはなるけど。


「ここにいるの変わった生き物ばっかだよな」

「アーノルドが言ってた。ここは色んな理由で主人を失ったアームズ達の”ツイノスミカ”なんだって。志音達は違うのか?」

「すごいアイルビーバックしそうな名前だね」

「真面目に聞いてやれ」


 しかし、終の住処とはなかなか穏やかでない。主人を失った、ということはつまり、主人が死んでしまった場合等が該当するのだろう。現地の動物達とは意思疎通ができないと思っていたのに、ほぼ全員と言葉を交わせるのも納得だ。

 エンジンがラーフルを知らないと言った時はがっかりしたが、この集落にそういった背景があるのであれば、むしろ好都合だったと言えなくもない。もし何かの手違いでラーフルがここに居たら、それは何らかの事情で鬼瓦先生の呼び出しに応えないようになってしまった、ということになる。


 エンジンは”外で他の生き物に会うことは滅多に無かった”と言っていた。会ったとしても、自分と同じ境遇の元アームズだった、と。もしかすると、このVバーチャルPプライベート空間には、主人を失ったアームズしかいないのでは?

 私達にも、主人を失った時期とか、そういう設定を練る必要があるかもしれない。そして、そこまで考えると、私は一つの疑問に辿りついた。

 何故、エンジンは”ニンゲン”について知らないのだろう。アームズなら、知っていて然るべきだと思うんだけど。尋ねてみると、理由はかなり突飛なものだった。


「オレは、小型調査機の動力源として呼び出されたんだ。呼び出される時は決まって機械の中。主人はオレが生き物であることも知らなかった」


 なにそれめっちゃ可哀想。

 私達はエンジンの告白に言葉を詰まらせた。人間って勝手だね。エンジンは人間の為に精一杯働いたのに、存在すら認知されていないなんて。

 気まずくなって落とした視線の先で、震える小動物を捉える。


「なんだよそれ! お前……!」

「知恵……? どうしたんだ?」

「エンジン、辛かったな」

「そうでもないって。主人のことは、よくわからないままだし」


 断言する。知恵、泣いてる。顔を伏せてるけど、そもそもフェレットって涙流すのか分からないけど、人の姿だったら号泣してる。

 この重苦しい空気を払拭する為、私は思い切って話題を変えた。


「最近、この辺りで変わったことは無かった?」

「そうだ! らーふるってヤツと関わりがあるかは分らないけど、動かない奴らがいるんだ」

「動かないってヤバいだろ!」

「そうなんだ、オレもあんなの見るの初めてで……アーノルドは心配するなって言ってるんだけど」

「さっきから気になってるんだけど、そのアーノルドって何者なの?」

「ここの長だ! なんでも知ってるんだぜ!」


 エンジンは自分のことのように誇らしげに、彼について語った。なんでも、ここにいるアームズ達の中でも最年長だとか。恐らく暇してるだろうから、という理由で、私達は彼の家(というか陣地)にお邪魔することになった。

 エンジンの陣地とは違い、アーノルドの陣地は敷かれた葉っぱの周辺を、大きめの石で囲んであった。なんとなく豪華だ。さすが長。


「あの、初めまして」

「やぁ。私はアーノルド。何もないところだけど、ゆっくりしていってくれ」


 そしてこの柔らかな物腰。

 人格、いや、器の違いを見せつけられているようだ。

 ただ一つだけ、問題があった。

 問題というか、少し気になる……いや、大分気になることが。


 ゴリラなんだけど。

 アーノルドめっちゃゴリラなんだけど。

 なんでラーフルやエンジンみたいな感じじゃないの。


 志音と並べて比べたかったけど、生憎こいつは今だけはライオンの姿をしている。普段なら瓜二つだったのに。

 残念に思いながらも、動かなくなったアームズについて話を伺う。動かない、という随分大雑把な表現だったが、彼の話を聞くと、事態の全容がようやく見えてきた。


「動かないというか、眠っているんだよ」

「それって普通のことですよね」


 人騒がせな。

 私は呆れた顔をしたが、アーノルドの表情は変わらなかった。いや、少し悲しそうな顔を……いや、怒ってるのかも。分かりにくいわ。


「我々アームズは眠らない」

「えっ……?」


 ここで、慌てた様子の志音に耳打ちされた。アームズのフリしてるってのに、そのリアクションはないだろ、と。

 言われてみれば、そうだ。これでは完全に生体アームズを扱ったことの無い人間じゃないか。私はこれ以上余計な発言をしないよう、口を噤んだ。


「呼び出しをされていない時に限り、意識がある者とない者がいるが、それは睡眠とは呼べないだろう。だから、我々が眠るということは良くない兆候だと思う」


 私は何も言えなくなった。彼らが一切眠らないというのも驚きだが、それ以上に、その常識が覆される事態が起こっていることが問題だ。


「詳しく説明しきれる自信が無いから省くけど、まだ主人に仕えている生体アームズの仲間がいるの」

「な、なに……?」

「その子の姿がちょっと前から見えなくなっちゃって……心当たりはないの?」


 アーノルドは驚いたように目を見開くと、少し考えるような素振りを見せて、ぽつりと呟いた。


「……ほこらだ」

「え?」


 私は聞き返した。

 聞こえた気がした、ドラクエ的ワードに胸を躍らせながら。


「ほこらの掃除をずっとしていないんだ」

「よく分からないけど、それってそんなに大事なことなの?」

「あぁ、あのほこらは我々、生体アームズの魂の地盤となる大切なものなんだ」

「じゃあ掃除くらいしろや」


 この名前負けゴリラは何を言ってるんだ。

 そこまで分かってるなら掃除しに行け。むしろ今まで何をしてたの。


「これには深い事情がある。我々はいつ、彼らと同じように眠ってしまうか分からない。現に、私も一度眠りについているのだ。ほこらに向かう途中で症状が悪化して起きなくなっては困る」

「それはそうなんだろうけど、そもそもこういう事態になる前に定期的に様子見に行ってれば良かったとかそういう風に感じることはない?」

「もちろんあった。しかし、最近は手入れも面倒になり、どうせ迷信だろうとスルーしていた」

「アーノルドってば正直過ぎ」


 しかし、変に取り繕われるよりもよっぽど話しやすい。ほこらの様子見は私達で向かうと伝えると、アーノルドは助かると言い、全面的に私達に任せてくれた。


「エンジン、お前も行くんだ。彼女達を導くのだ。詳しい道はキキが知っている」

「わかった! みんな。オレ、準備が出来たら戻ってくるから」


 エンジンはそう言い残して何処かへと駆けて行った。どうやら、キキとやらの居場所に心当たりがあるようだ。


「……さて、ここにはあたしらしかいねぇ」


 真面目な顔をして切り出したのは志音だ。これから何が始まるというのだ。志音は、長を睨みつけながら話した。


「適当な理由をつけてたけど、あたしはどうも違和感がある。エンジンは言ってたぞ。”アーノルドは心配しなくていいと言っていた”、と。なのに、あたしらが調査を申し出るまで、何も対策を打ってなかったんだよな?」

「そうだ、あたしもおかしいと思っていた。場所も分かっていて、エンジンっていう足の速いヤツもいて、なのに今まで一度もほこらに向かわせなかったのかよってな」


 大変だ、これは私も何か言わなければいけない。そういう空気だ。この中で、私一人だけ何も気付いていませんでした、なんて言えない。非常に頂けない。


「もちろん、私だって気付いてたよ。大体、ゴリラがアーノルドと名乗ってるなんて、不自然過ぎるよね?」

「そこはいいだろ」

「唐突なディスはやめてやれ」

「これは……ご主人がつけてくれた……名前……」

「ほら見ろ、アーノルドしゅんとしちまったじゃねーか」

「マジごめん」


 ごめん、アーノルド。

 思っている通り、なんとなく彼に謝罪しながらも、私は考えていた。彼は一体、何がしたいんだ、と。

 しかし、その答えが出ていないのは、私だけではないらしい。志音も知恵も、二人とも釈然としない顔をして、落ち込むアーノルドを励ましていた。


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