第118話 なお、沈んでいるとする
私と知恵は木々の狭間から、小さな集落を観察していた。驚いた事に、ここでは大小様々な生き物が、争うことなく生息している。彼らは木の実等を食べて暮らしているようだ。一人でも肉食獣が混じったら……そう考えると恐ろしさしかないけど。
「なぁ。アイツ、さっきから全然動かないな」
「アイツって広場の真ん中に居るヤツ? 動いてるじゃん。頭抱えたりうずくまったり」
「そうだけど、他のヤツには割り当てられた仕事があるのに、あいつだけそれが無いように見える」
「つまり?」
「あのライオンっぽいヤツ、志音じゃね?」
まっさかそんな。こんなに簡単にアイツが見つかったら苦労しないっつの。志音だったとして、なんであんな風に、己と葛藤するような仕草をしているんだ。
っていうか、私ここに来るまでに言ったじゃん。志音とライオンで韻踏んでるからそうじゃない? って。それ否定したのアンタじゃん。
私と知恵は、あれが志音かどうかでしばらく言い争ったあと、一つの結論を出した。それは、”埒があかないから、どうにかして確かめる”。
すぐにそうならなかったのは、ヤツが見るからに肉食獣っぽい見た目をしているからだ。志音じゃなく、なおかつ言葉が通じなかったら、ガチで命に関わる。
「ここの動物達、志音(仮)以外、みんな見た事ない生き物じゃない?」
「あたしもそれ思った。宙に浮いてるヤツまでいるし」
「とりあえず、あいつが一人になったところに、こっそり話しかけてみよう」
背中に居るはずの知恵に話しかけたが、返事はない。自分の背中を覗くように動いてみても、彼女は見えない。振り落とそうと動いたところで、誰も乗っていない事に気付いた。
そして、視線の先には、とことこと集落に突っ込んでいく小動物がいた。
「あいつ! 何してんの!?」
すぐに追いかけようとしたが、ギリギリで踏み止まった。そうだ、私は恐らく凛々しくて凶暴な面構えをしている、はず。そう、凛々しい、ね。
それに引き換え、知恵は見るからに無害そうである。フェレットって結構気性が荒いって聞いたこともあるけど、可愛いは正義である。きっと自分のルックスを武器に、敵地に乗り込んだのだ。
知恵とライオンが簡単に言葉を交わしていると、物陰から青い狼が現れた。白い仮面、間違いない。
「あいつ、私がさっき会ったヤツだ……」
いや、落ち着こう。私は今、動物の見た目をしている、大丈夫。
なんであいつと志音が一緒にいるかは分からないけど、今にも知恵がいい感じで話をつけて、「夢幻、こいよ!」なんて声をかけてくれるに違いない。その為に一人で特攻したのだろう。
声までは聞こえないけど、かなりいい雰囲気に見える。うずうずしながら伏せていると、知恵達は談笑しながら何処かへ歩いて行ってしまった。
「え!? 私は!?」
誰がそんな高度なボケやれって言った? 私一人でこんなところに居たら絶対怪しまれるじゃん。敵が攻めてきたって思われるじゃん。
どうしたらいい。あそこに特攻するか。あのライオンが志音じゃないとしても、知恵と普通に会話をしていたことを考えれば、そこまで怖いヤツではないはず。青い狼も、私に怯えて逃げた事を考えれば、足が速いだけのただのヘタレだ。
それに何と言っても、言葉が通じている。それはつまり、彼らがそれなりの知能を持ち合わせている、ということだ。いきなり殺し合いになる可能性は低いだろう。
うん、行くしかない。
私は決心を固めるとすっくと立ち上がった。
しかし、意外なことに、岩陰から出てきた知恵達が真直ぐこちらへと向かってきた。
え、何? 遅ればせながら顔合わせって感じ? なんでわざわざ私の見えないところに移動したの? ドッキリ?
混乱しつつも、私は伏せていた顔を上げた。すると、知恵の後ろをついて歩いていたライオンが唸り声をあげて倒れた。
「!? 大丈夫!?」
「夢幻! もう出てきていいぞ!」
知恵の合図を聞いて、恐る恐る近付く。彼女の言う通り、青い狼君は私の顔をまじまじと見つめはしたけど、敵意は感じない。
「えと、初めまして。夢幻です」
「オレはエンジン! そこで倒れてるのは志音だ! 二人は仲間なんだって?」
「マジで志音だったんだ」
そういうことならば倒れている理由についても大方予想がつくが、念のため、近付いて確認してみる。すると、やはり彼女は笑いを押し殺そうと必死だった。
「自分が百獣の王だからって調子乗んなよコラァァ!!!」
「夢幻! 落ち着け!」
「こわっ!? お前ら本当に仲間だったのかよ!」
エンジンが私と志音の間に割って入り、知恵が再び私の背に乗った。エンジンはともかくとして、知恵の行動には全く意味が無いんだけど、本人は止めてるつもりらしい。
「なんで急に一人で出てったの?」
「まどろっこしいからとっとと終わらせたくなったんだよ。みんながいついなくなるかも分からなかったし」
「ワイルド過ぎるでしょうが」
なんだコイツ。たまたま助かったからよかったものの、あんまり考え無しに行動されるのは困る。何かあったら、あとで酷い目に合わされるんだから。誰とは言わないけど、頭のおかしいギタリストに。
「ま、なんとなく大丈夫そうな気がしたんだよ」
「だからって一人で行くことないじゃん……」
「いや……お前、ほら、その顔だろ? だからさ」
「どの顔だよ!」
さっきから人の顔を見て爆笑したり、チベットスナギツネとか”その顔”とか言ったり!
ちょっと失礼過ぎない!?
私の気迫に圧されている知恵を見つめながら、エンジンは嬉しそうに喋る。
「夢幻は、顔が大きいな!」
「大きなお世話じゃ! そして小さなお顔じゃ!」
もう駄目だ、我慢の限界だ。そこでいまだに転がっているクソライ音にも腹が立つが、あいつはなんていうか、いつもあんな感じだから別にいい。
問題は知恵とエンジンである。二人まで私に対して失礼な言動を繰り返すし。なんならこうやって集落の真ん中で話をしていると、会話に参加していない獣達まで、私の顔を凝視している。
そして、たまに笑い声が聞こえる。だから笑うんじゃねぇ。
私は知恵に、物陰に隠れて何を話していたのかを聞いた。
「連れが変な顔したヤツなんだけど、怪しい奴じゃねぇから警戒しないでくれって話したんだ。いきなりお前の顔見たら驚くと思って」
「だから私はどんだけ変な顔してんだよ!」
「よくわからないけど、自分の顔が見たいのか?」
エンジンは不思議そうに言った。頷くと、ついてこいと言って、私達をある場所へと導いた。
辺りはだだっ広い草地と岩場だったのに、その周辺だけは樹が生えていた。砂漠のオアシスを彷彿とさせる場所である。
「ここはオレらの水飲み場だ。これならよく見えるだろ?」
エンジン……あんたってヤツは……!
せめて顔が見れるところがあるって事前に説明して、さらに30分くらい歩かせろ。ねぇ、1分くらいしか歩いてないよね。急に現実と向き合う機会を与えられても人間は受け入れられないんだよ、分かるかな。
「どーせまためんどくせーこと考えてんだろ」
「は? めんどくせーこと? じゃあ志音は自分の受験番号をすぐに確認できるの? 無理でしょ? 心の準備ってもんが」
「したぞ」
「可哀想に。心が死んでいるのね」
「勝手にあたしの心を殺害するな」
志音と知恵に促され、私は恐る恐る水面を覗いた。
「た、大変!」
「どうした!?」
「チベットスナギツネが沈んでる!」
「てめぇだよ!」
嘘だ。っていうか嫌だ。信じたくない。なんで私が。おかしいでしょ。
ライオンはいいじゃん。かっこいいし、強いし。フェレットもいいじゃん。知恵の言う通り、かなり動きにくそうだけど、可愛いし。
チベットスナギツネの利点ってなに? 無いよね?
諸行無常を顔面で表現したい時には役に立つかもしれないけど、そんな瞬間、このダイブ中に訪れる?
「なんつーか、その、ほら、キツネさんだろ? そんな変じゃないよな? 志音もそう思うよな?」
「アンタだって爆笑してたでしょうが」
「あ、あぁ、あたしもいいと思うぞ? タヌキかキツネかで言ったら、キツネ顔だよな?」
「キツネ顔とチベットスナギツネ顔は違うでしょ。雲泥の差でしょ」
フォローされると余計に居たたまれない。っていうか、ほとんどフォローになってないし。私が気まずそうにしている二人をじとーっと睨んでいると、エンジンが明るく言い放った。
「よく分かんないけど、いいじゃん! 面白い顔!」
「食い散らかすぞ貴様ぁ!」
「夢幻! 待て!」
志音が取り押さえようとしてたけど、私が落ち着きを取り戻したのは、エンジンの背中に噛み付いて、毛羽立った体毛に驚いたあとだった。
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