第117話 なお、二点ハゲたとする
ふはは。
やった。遂にやった。やってしまった。
幾度とない”げひげひ”を乗り越えて、やっと動物の体を手に入れたのだ。変身した瞬間に、私は勝利を確信した。
まず、虫とかじゃない。ここ大事。良くてカブト虫くらいじゃないかと思ってたから。でも、こうして哺乳類になることができた。種族は分からないが、自分の体を見る限り、多分そうだと思う。げひげひの時とは違い、私は自然に4本の足で立っていたのだ。
そして、冷静になってみると、先程青い狼に見つかった時に変身してしまわなくて良かったと気付いた。忌み嫌っているっぽい人間と、この獣の姿を関連付けられてしまっては困る。
彼の目が離れてから変身を遂げたお陰で、全く別の生物として接することができるのである。粋先生の通信は聞いた。あとは3人の連れを見つけ出して合流、その後ラーフルの捜索を始めるだけだ。
私は自らの姿を映し出すものを求めていた。早くこの神々しい姿を拝みたい。ドラゴンや神の類でない事は残念だが、さぞかし立派な姿なのだろう。これは希望なんかじゃない。何度だって言う、確信だ。
とりあえず大きな足跡を見つけたので、体を馴らすついでに追ってみる。
「でも、凶暴な奴だったらどうしよう……」
足跡に前足を重ねてみる。すると、私の前足はその跡にすっぽりと覆われてしまった。足だけが大きい動物でもなければ、この生き物は私よりも一回り体の大きな獣、ということになるだろう。
そして、さらに足元を凝視すると、もう一種類の足跡を見つけた。これは私と同じくらいの大きさだ。つまり、この足跡の先には複数の生き物がいるということだろう。
なんとなく臭いを嗅いでみる。何にも感じない。なんで? 普通こういうフォルムの生き物って人間より鼻良くない?
私は自分の顔に触れようと前足をあげる。すると、鼻面、所謂マズル部分に腕が乗った。
「えっ」
驚いた。なんだ、この圧倒的なマズルは。さっき遭遇した狼のことを、狼君なんて呼んでいたけど……まさか、私もそうなのか。
言われてみれば、体毛はグレー系で少しケパケパしている。すごく狼っぽい。孤高であり、クールな私のイメージと合致していると言えなくもないけど、もう少し強い動物はいなかったのだろうか。
おすわりをして考え事をしていると、背後から声をかけられた。
「おい。お前、SBSSのメンバーか?」
「知恵!?」
ぎゃっという鳴き声。明らかに獣のそれだが、副音声のように人の声も、同時に頭に響いた。それは耳馴染みのある音。
すぐに分かった。私は彼女の名を呼び、振り返る。しかし、姿は見えない。視線を少し下ろすと、そこにはダイブ前に彼女が予測した通りの、可愛い生物がちょこんと立っていた。これ知ってる、フェレットだ。
「知、恵……?」
「あーっはっはっはっは! はっはっはっは!」
彼女の姿に驚く私を他所に、目の前の小動物は笑い転げていた。なんで笑ってるのか知らないけど、めちゃくちゃに気分が悪い。人の顔を見て笑うって悪いことなんだぞ。
「あー笑った……お前、夢幻か」
「……そうだけど」
「だよなぁ……そんなの、お前くらいしかいないよなぁ……くくっ……」
まだ笑うか。
変身した動物は狼だと思っていたけど、まさか違うのか?
だって、私が狼だったとしたらこんなに爆笑されるワケがない。おそらく漏れ聞こえるは、笑い声ではなく、「ぴったり過ぎて怖い」という感嘆のため息だろう。
「何。私、何になってるの」
「まぁまぁいいじゃねーか。行こうぜ」
長い胴をものともせず、知恵は器用に私に這いよると、そのまま背中に乗ってきた。自然な感じで楽しようとするな。
「降りて」
「んでだよ。そんなに重くねぇだろ」
「そういう問題じゃないの! この現場を菜華が見たらどう思う!? 知恵が夢幻の背中に胸と股をすりつけて……! ってなるでしょ!」
「その発想がキメェ」
私の説得もむなしく、知恵は降りようとはしなかった。まぁ、私が走ったら確実に置き去りになるしね。この生き物が私と同じスピードで走れるとは思えない。
「体には慣れたか?」
「どういうこと?」
「四本足で歩くことも、胴体や首がこんなに長くなったことも……あたしは慣れないことづくめで、しばらく上手く動けなかったんだよ」
「あぁー……知恵は大変そうだよね。私はそこまで苦労しなかったけど」
「そうか、お前の前世ってチベットスナギツネだったのかもな」
チベッ……?
ううん、気のせい。ないない。なんで急に、あのなんとも言えない表情の生き物が出てきたのか分からないけど、きっと今のは私の聞き間違い。
いや、百歩間違って知恵がそう言ってたとしても、それは多分、彼女はいまチベットスナギツネと言いたい気分だった、ということ。
私は雑念を追い払うように全力で走った。背中の上の知恵がぎゃーぎゃー言ってるけど、気にしない。あまりモタモタしていると、この足跡の主がさらに遠ざかってしまう。
「どこ向かってんだよ! 急に走り出すなよ!」
「足跡追ってるの! ほら、見えるでしょ!」
「速過ぎて見えねぇよ! どれだよ!」
「ほらコレ!」
私は立ち止まると、前足で足跡を指す。しかし、背中に乗っていたはずの知恵は消えていた。少し離れたところに、土煙が上がっている。なんだろうか。
「ってぇな! 急に止まったらこうなるに決まってんだろ!」
「何? アンタもしかして振り落とされたの? 勝手に乗ってきて勝手に吹っ飛ぶとか怖いんだけど」
「嫌な言い方すんなよ!」
のしのしと歩み寄ってきて、知恵は足跡を覗き込む。少し考えたあと、これは追わない方がいいんじゃないかと言ってきた。
「なんで? これくらいしかヒントないのに」
「そうだけど……これ、ぜってートラとかライオンの足跡だろ……」
「志音かもよ。ライオンなら、ほら。韻踏んでるし」
「そんな駄洒落で動物決まる訳ねぇだろ」
「そうだよね、だとしたら知恵はいまネコになってる筈だし」
「唐突な下ネタはやめろ!」
だけど、私にはこの足跡を追わないという選択肢はなかった。ラーフルの足のサイズは覚えていないけど、これがラーフルのものだと言われても、私達は否定する根拠を何一つ持ち合わせてはいないのだ。
「……まぁ、確かにな。他に追うものも無いし」
「んじゃ早く背中乗って」
「今度は振り落とすなよ?」
「それはこっちの台詞。今度は振り落とされないでよ?」
「なっ……ちっ、とりあえず毛でも握っとくか」
「それ地味に痛いからやめて」
私の背中の4点だけハゲたら、どうしてくれるつもりだ、コイツ。
どうにかして罰を与えたいけど、下手なことしたら知恵の激ヤバガーディアンの起動ボタンを押すことになる。それだけは避けなければ。そうか、結局ヤツを差し向けることが知恵への一番の復讐になるのか。
有事の際のペナルティが大方決まった頃、向かう先に拓けた土地が見えてみた。私は走りながら知恵に話しかける。
「あれ見て。あそこだけなんか様子が違う」
「何かの巣かもな。慎重に行こうぜ」
騒ぎまくりたいところだけど、ここは知恵の言う通りにした方が得策だ。私は徐々にスピードを落とし、奥の林の方へと回り込んだ。
足を緩めた瞬間、私の背中にブチブチッという感触が走る。痛い。知恵は毛の抜けた箇所を撫でながら「なんでもないなんでもない」って言ってるけど、分かってるからな。あとで、絶対に制裁加えるからな。
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